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コミュニケーションの男女差かそれとも……

何やらお久しぶりです。見てみると1年半ぶりの更新です。
こんな久々に更新して誰か読むのかどうか分かりませんが、まあどっちでもいいでしょう。
博士論文の執筆とかいろいろあって忙しいのは事実です。

最近はこんな本を読みました。



上野千鶴子氏はなんだかんだで面白い、納得できるフェミニズムの論者であると思います。
が、今回はその暇もないので書評はやりません。
とある一節を取り上げさせていただきます。

 男にとって女の最大の役割は、自尊心のお守り役である。どんな女にもモテる秘訣がある。それは男のプライドをけっして傷つけず、何度もくりかえし聞かされる自慢話にも飽きずに耳を傾け、斜め四五度から見上げるようにして、「すごいわね、あなた」と子守歌のように囁きつづけることだ。疑うなら、やってみるといい。第三者にはとうてい「すごい」と思えない男なら、こう付け加えればよい、「あなたのすばらしさがわかるのは、わたしだけよ」ってね。そしてもうひとつ、「あならがわたしのたったひとりの男よ」を付け加えれば完璧だ。
 (上野千鶴子『女ぎらい ニッポンのミソジニー』、朝日文庫、2018、pp. 73-74)


言わんとすることはとてもよく分かります。女性に話を聞いて「すごーい」と言ってもらえば嬉しくないわけはありますまい、それは自分で考えても分かります。


しかし――ふと振り変えると、逆に男性向けの「女性と話す時の注意」といった題目の下に下記のような指南を見ることも多いのです。

女性は「理解」ではなく「共感」を求めます。
女性の話に理屈で答えようとしてはいけません。
女性の話に対してはまずじっと耳を傾け、ただ「うんうん」と共感して見せましょう。

相手を持ち上げて自尊心を維持するのか、それとも共感を示すのかの差はあれど、「大事なのは真面目に内容を聞いて答えることではなく、相手を気分良くさせることだ」という点では共通しています。

この手の話は――その理由をどこに求めるにせよ、つまり生得的と言うにせよ社会系に形成されたものと言うにせよ――「男と女はこんなに違います」、「ですから男性のあなたは女性の気持ちが分かっていないでしょうが」といった前置きから始まりますが、こうして見ると、「相手を気分良くさせてやるのが一番無難なやり方だ」ということに何の男女差があろうかと言いたくなります。

もっと言えば、「理屈で答えようとしてはいけない」のではなく、「できない」のではありますまいか。

内心で「何を言ってるんだコイツは、そんな話どうでもいいわ」と思っていたら、無理に真面目に答えようとしても頓珍漢な応答になるのは目に見えています。
そうであるならば、無理なことはせずにただ相手を気分良くさせるのが最善手でしょう。

そして、世の人の大半の会話がそんなものであることも、おそらく事実です。
だから、それでいいのです。


――ただし!!

上野氏は同書の中でこうも書いています。

〔……〕コミュニケーション・スキルや能力というものはたしかに学習や経験によって身につくが、だからといって、他の資源のように計量したり、蓄積したりできるものではない。そして対人関係というものが相手によって変化するように、万人向けのコミュニケーション・スキルがあるわけではない。
 〔……〕
 だが、地位の序列をともなうような対人関係は定型的なものである。三浦〔展〕自身が指摘するように、今日のようにコミュニケーション力が問われるようになったのは、定型かされない人間関係が(家族や男女のあいだでさえ!)増加したからであろう。
 (同書、pp. 79-80)


文脈からするとこれは「もてない男」に対して「コミュニケーション・スキルを磨け」と言ったことの説明なので、もっぱら標的は男性なのかもしれませんが、しかしそう限定する理由のある話でもないはずです。


実際、上の引用でも氏は女が「モテる秘訣」と書いていました。
「モテる」というのは多数の異性に好まれることではあっても、誰にでもとはいきません(当たり前ですが)。

そもそも、氏は「今の(近代的な家父長制が成立して以降の)社会で男女とはどのような形で規定されているか」を論じているのですから、その限りで一般論の形を取るのは自然なことです。でもそれは万能の「コミュニケーションの秘訣」ではありません。
それに対して、一般的な「コミュニケーションの指南」として上記のような言説が出回ることに、違和感がないと言えば嘘になります。


おだてたり共感して見せたりする相槌を打って、それで満足してくれる人間ばかりだとは限りません。
「こういう時にはこうするんだよ」という、定型的で万能の処方箋を求めること自体がコミュニケーションに対する捉え方の貧しさではないかと思うのは、私のようなコミュニケーション下手の杞憂であればいいのですが。

ただ一つ言いたいのは、人の話に相槌だけ打って聞き流す癖を付けていて、肝心なことを聞き逃しても私は知らないぞ、と。


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2017年2月の読書メーター

2月の末と言えば国公立大学の入試。大学の先生方が入試業務で忙しいことは学内の猫だって知っています。
しかし事務はこの年度末に始まった仕事であっても構わず規定の日付までに書類を出せとかなんとか……書式が送られてきたかと思うとすぐ出さねばならない四次元締め切りを体験しました。
この場合、まったく必要性を感じない書類というわけではないので、まだ許せますが。

 ~~~

さて、先月の読書メーターまとめです。
14冊2000ページでした。

読書メーター2017年2月

ページ数のキリがいいのはたまたま、数え方にちょっと問題があるケースもあります。
明らかに途中からペースダウン。他のことに色々かかずらわってたせいでしょう。学会シーズンはおそらくあまり関係ありません。
以下、読んだ本の抜粋です。


【小説】



死んで異世界に転生するにあたり「強くて可愛い身体になりたい」と願った少女はシャチの魔物に転生していた…その巨体とパワーで敵を叩き潰し、人化して美少女になり彼氏ゲットを目指してオル子の旅が始まる。仲間も魔物だけど人型(しかも美少女揃い)だというのに主人公は徹頭徹尾シャチ、しかもシャチなのに陸生。ネタとしては人外に転生する系も増えてきたのでこの位では驚かない。まあおバカなオル子の軽妙で妄想全開の一人称により軽く楽しく読めたのは事実。オチも言わずもがなの感あり。ミュラの正体とかは今後回収のネタ?


作者のにゃお氏にとって、角川スニーカー文庫からは『じっと見つめる君は堕天使』に次ぐ2冊目の刊行作品です。
そしてこれも「小説家になろう」掲載作品。新人賞応募作品もその後の作品も「なろう」で、というのは一貫した方針か何かでしょうか。

ちょっと話題を呼んだ『蜘蛛ですが、なにか?』のような例もあり、モンスターをはじめとする人外に転成する異世界転生ものもずいぶん増えてきました。はては自販機までありました。だからそれだけではさほど驚きません。(↓)
シャチなのに陸上専門とかふざけた要素は多々ありますが、やはり真の問題は、そういう一見すると出オチっぽいネタを出オチに終わらせずそこまで突き詰めるかです。





ところで、すっかりゲーム的にステータスを表示するシステムは便利なものとして定着した感があります。
世の中にはたとえば冒険者ギルドに行くと自動でステータスを読み取って登録証を作ってくれたりする設定の作品もあるんですが、モンスターの世界にはそういうシステムもなかろう……ということなのかどうなのか、謎の「天の声(?)」が主人公の頭の中に聞こえて「レベルアップしました」とか「スキル習得しました」「ポイント振りますか?」みたいになってるのが目立ちますね。『蜘蛛ですが』も本作もそうです。




青空文庫にて。哲学者の金井湛は世間が文学における性欲描写を真に迫っていると称えるのを見て、自分が性に関して冷淡ではないかと疑念を抱き、自分の性遍歴を書いてみようと思い立つ。幼少時の経験や性への好奇心、学校の寄宿舎での経験、吉原体験…虚実の境は必ずしも定かでないが、自伝的空気を漂わせた一遍。一部を除いて外国語の用語や人名が原語表記で色々出てくるので、理解には相応の知識を要する。当時の風俗を伝えるものとしては描写も優れており一級品。主人公の性に対して冷めた視線がまた客観性を感じさせるのもあるか。


多分、外来語のカタカナ表記は「シェルフ」「ノオトブック」「ペン」「インキ」くらいだったように思います。
好奇心を Neugierde と書くとか。当時まだ訳語が定着していなかった可能性もあるので、要調査です。


【漫画】



雑誌で見覚えのあるエピソードが一部。『コミックビーム』不定期掲載の連作に『ファミ通』の「読もう!コミックビーム」4コマを合わせたもの。いずれも日記漫画で、漫画喫茶暮らしから伊豆の別荘へと移動する生活を描く。独特の人との出会いや別荘での野生動物との戦いの日々だが、しばしば妄想や動物ばかりの夢エピソードが入るシュールなテイスト。それも枯淡の味わいで上手く統一されているかと。時期的には『日々我人間』と同時期だが、頁数の分そうやってネタに広がりがあるのがこっちの特色になっている。しかし漫画の中の姉は変わらないな。





今回は標高の低い千葉県で石切場のあった鋸山、地元の朝日山と低山を経て、箱根の大涌谷、群馬の浅間山、そして箱根リベンジで金時山から箱根湯本まで縦走。受験生のかえでは来なくなったが川に行き(水着回)大岩でボルタリングする場面も。グッズでは時計のエピソードあり。個人的には明るいと液晶が見え辛いんでデジタルは苦手だが…。カメラに凝りすぎて本末転倒のほのかとか、本格的な高山への挑戦は控えて山の色んな楽しみ方を描いてるのがポイントかな。火山情報への注意に触れつつ、火山の恩恵たる温泉をセットで描いてるのも良かった。





植物に虫こぶ(ゴール)を作る昆虫達。その分布、生活史、生態学的な働き…著者の研究人生を語るこのシリーズの中でも本書は特にその面が強く、高校の生物部に始まる生物研究の半生を追った形になっていて、一連の研究を体系的に解説したものではない。と言うか虫こぶ形成に関わるホルモンの詳しい働きは結局未解明とか、まだまだ謎が多い模様。他方で海外生活を含む体験談や教育についての経験も面白く読めた。口絵を見て、自分がいつぞや見た葉の膨らみもやはり虫こぶだったのか? と思い返す。今度見たら確かめてみたい。





持続、生の跳躍といったベルクソン哲学の主要な議論は科学とのいかなる対決に基づいているのか。内在としての持続や生を捉える哲学にとって、外的認識たる科学はどう寄与するのか。ベルクソン哲学を単なる「内在の哲学」としての読むことを退け、超越においてこそ内在の平面が構築される哲学として理解する。科学との協働というベルクソン哲学の方法論に関する研究としては同意するところ大。ただベルクソンの同時代だけでなく現代科学への言及もあるものの、タイトルの割には科学への言及は断片的な印象も。




読んだ本の詳細は追記にて。

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まさかのカリフ啓蒙小説&漫画――『俺の妹がカリフなわけがない!』

まずは何も言わずにこの画像をご覧になっていただきたいと思います。

俺の妹がカリフなわけがない!

各方面で活躍し、色々と話題にもなったイスラーム法学者・中田考(なかた こう)氏による同人誌『俺の妹がカリフなわけがない!』です。
2015年末から始まって年2回の刊行なので、2巻まで+スピンオフで計3巻、第1巻発行時には同時に解説本も出しています。
この調子だと今年の夏コミで4冊目が出るのではないでしょうか。

自作品の通販サイト「BOOTH」で販売もしています。

 俺の妹がカリフなわけがない! - マクタバハサン - BOOTH

ちなみに中田氏がBOOTHで販売しているのは他にも自分をキャラ化したグッズ等があり、昨年の学会でお会いした中田氏ご本人もそれをプリントしたTシャツを着ていました。
こういう感じ↓です。

中田考

中田氏はムスリムとして「カリフ制再興」を唱えており、それを日本の若者に普及するために書き始めたのがこの作品とのこと。
中田氏が twitter 連載で執筆した小説を氏の知り合いの同人作家・天川マナル氏がコミカライズしたものがこの同人誌になります(解説本と2巻以降には原作小説も収録しています。なお twitter の当該アカウントは現在非公開の模様)。

※ ご本人はカリフ「ラノベ」だと主張していますが、ジャンルの規定において刊行形態を重視する場合、twitter で書かれたものを「ラノベ」と呼べるかどうかは疑問なので、ひとまず当ブログではその呼称は採用しません。

なお、絵のクオリティはこんなもの。それほど高くはありません。小説としてのクオリティについては後述しますが、まあ素人作品ですし、その辺の出来に期待するものではないでしょう。

俺の妹がカリフなわけがない! 本編

内容としましては、天馬愛紗(てんま アイシャ)という女子高生が突然「カリフ」を称して生徒会長に立候補、愛紗の双子の兄である垂葉(タルハ)は振り回される……というもの。その中でイスラームとカリフについても解説されます。

この設定はどう見てもちょっと……いやかなり無理があるように見えるのですが、読んでみるとこの設定を可能にするためのある種の筋は通していることが分かりました。
まず、天馬家は預言者ムハンマドの遠い子孫で、中国のムスリムがムハンマドにちなんだ「馬」姓が多いのですが、それが日本に渡ってきたという設定。
垂葉と愛紗の祖父はそれを信じていたのですが、その息子(つまり垂葉と愛紗の父)は信じていません。しかし愛紗はその伝説を信じ、「東方から義なるカリフが現れる」という伝承を実現しようとしている、というのです。

この設定はどうも日ユ同祖論のもじりに見えます。
日本人の祖先はユダヤ人だとか、秦(はた)=羽田氏の祖先はイスラエルの王ダヴィデだとかいう説があるのです(専門家はまず支持しませんが)。京極夏彦氏の『絡新婦の理』にも、自らをユダヤ人の末裔と信じて古代ユダヤ教の神殿を日本に造ろうとした人の話が出てきます(『絡新婦』の場合、最大の問題は戦前に日ユ同祖論があったかどうかですが、まあフィクションですので「実はあった」と一言言えば済むことです)。

『俺の妹がカリフなわけがない!』の場合、原作小説では垂葉たちの父・夢眠(ムゥミン)が、天馬の先祖について記録が残っているのは明治以降だけだと明言し、すべては夢眠の祖父・真人の妄想だと断言しています(まあアラビア語教師の白岩先生は「夢眠は何も分かっていない」と言っていますが、少なくとも実証的証拠に関する限りでは夢眠の言う通りなのでしょう)。
つまり、天馬家が本当にムハンマドの子孫であるかどうかはさしたる問題ではなく、「愛紗がそれを信じて実行した」という事実のみがあれば話は成り立つのです(もちろん、現代の女子高生がそれを信じて実行する時点でやや無理はありますが)。

それから、カリフは男性でなければならないのに、なぜ女である愛紗がカリフを称せるのかという点について。
これに対してはアラビア語のハリーファ(これが英語に転じたのがカリフ)は女性形だと愛紗が答えています。

多少なりとも語学に覚えのある人には言うまでもないことですが、語形は女性名詞の形に当てはまっても例外的に男性名詞として扱われる名詞とか、そういう類はままあるものです。ハリーファもその一つだということに過ぎません。
でも、そういうことは承知の上で最低限の筋を通しているのには笑うやら感心するやらです。

イスラーム関係を離れて気になるのは、垂葉たちの通う君府学院の設定でしょうか。この学院はプラチナ、シルバー、ブロンズに生徒が階層分けされ、待遇に著しい差別が存在するという設定です。
これはどう考えても『暗殺教室』の影響です。漫画版1巻巻末のインタビューで中田氏本人が『暗殺教室』を一押し作品に挙げているので間違いないでしょう。
と同時に、これは競争を煽るグローバリズムとその下での格差社会の象徴であって、それを妥当するべく「イスラームの下での民族と宗教の自治」を唱えるカリフ愛紗が立ち上がる……という意図なのも理解できます。

ただし『暗殺教室』の場合、一部の生徒をE組として冷遇し、けっして優等生クラスのA組を特別厚遇するわけではない、という点に意味がありました。その点、君府学院の3階層の人口比について明確な記述はありませんが、たぶん最上位のプラチナクラスは少人数でしょう。
このシステムが教育上成功するかどうかは疑問です。

どうせあり得ない話なんだから……と思うかもしれませんが、個人がとんでもないことを始める可能性はあります。それは「あり得ること」として認められます。しかしたとえば日本人の大多数がいっせいにムスリムに改宗するとか、そういうことはまずあり得ないでしょう。
個人レベルでの「ありそうにない設定」と集団レベルでのそれは説得力(のなさ)がまるで違うのです。

この点に関して興味深いことに、漫画版でははっきりとブロンズの生徒たちがプラチナの連中に反感を持っている様子が描かれています。そして原作小説だとほぼ説明なしに愛紗が生徒会長に当選してしまうのに対し、漫画版では垂葉が応援演説をして、愛紗が自由と平等を掲げていることを訴え、人数的には多数派であるブロンズの生徒たちを味方につける展開が描かれます。
これにより原作だとそもそもカメラ以上の存在意義に乏しい垂葉にも活躍が与えられる、効果的な改変でした。

その上で欲を言うなら、むしろブロンズの生徒たちには「悪目立ちしたくないから、上位クラスになんか上がりたくない」というムードが蔓延し、むしろ勉学意欲を削いでいる――くらいの設定で良かった気がします。
もちろんだとすると、君府学院が現制度になってから実績は上がっていないはずですが、そこは小学校・中学校入試で優秀な生徒を選んでいる私立学校ですからどう転んでもある程度は難関大学での進学者も出ているでしょう。学校側は都合のいい数字だけ掲げて現制度が効果を上げているように見せかけている、世間と保護者は簡単に騙される――という設定にすればいい。
もし私が作者ならそれくらいはやります。


そういうわけで、細部に疑問はいろいろとありますが、ちょっと無理のあるように思える基本設定にもそれなりの筋は通しています。
やはり素人作品なので上手くはありませんが、漫画版が展開と魅せ方について独自に工夫しているのも分かります。
他方で、専門的な知識や設定をある程度細かく語っているのが原作の方ですね。それは原作者が学者だからというだけでなく、文字媒体という性格もあるでしょう。
解説本には天川マナル氏による漫画版制作の裏話もあり。

俺の妹がカリフなわけがない!解説本
 (『俺の妹がカリフなわけがない! 解説本』、p. 6。クリックで画像拡大されます)

ただし、この点に関しても私の意見は少し違います。
確かにライトノベルではレアですが、衒学小説というものは存在します。専門的な知識を語るのはアリなんじゃないでしょうか。
それにここで引用されている箇所は白岩先生によるアラビア語の授業場面で、内容的にも論文というほど高度ではない、いかにも語学の初級授業という感じです。
むしろ問題があるとしたら、こういう授業場面を丁寧に書いてしまうことではないでしょうか。知識を期待している読者も、文法解説では退屈してしまうでしょう。

それからその前、2コマ目で引用されている場面は、主人公の垂葉と幼馴染みの越誉(こしよ)メクの会話なのですね。会話が多少なりとも面白いのはもっぱら彼女の登場する場面です。
それに対して、垂葉はブロンズクラス、愛紗はプラチナクラスで、下位ランクの生徒は上位ランクの施設に許可無く入ることはできず、寮も別なので、会いに行くのも難しいという設定。兄妹なのに絡みが少なすぎるのが一つの難点でしょうね。


――とまあ、やっぱり細部に気になるところは多いのですが、若者を啓蒙するべくこんなことにも精を出している中田氏の活動は興味深いものがあります。
その反面、「お前たちは知らないだろうがイスラームの考えではこうだ」という「啓蒙」の姿勢について、学者としてはそれは違うだろうと異議を唱える向きもありますが、それはまた別の話としておきます。


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2017年1月の読書メーター

ついに今年の3月限りで私も京都大学大学院文学研究科を満期退学することになります(手続きに問題がなければ)。
と言っても、これからOD(オーバードクター)の期間で博士論文を仕上げねばなりませんし、退学後の当て(就職)が決まっているわけでもないんですが。

本ブログは読書メーターまとめ以外にも更新したいのですが、他のことに手を取られている状態です。
ちょっとどうなるかか分かりません。

ひとまず先月の読書メーターまとめです。
24冊5649ページでした。

読書メーター2017年1月

冊数は稼ぎましたが100ページ未満の薄い本や漫画が多いので実質多くはありません。
洋書は3冊読了してますが、内2冊は100ページ未満ですし。
以下は抜粋です。

【ライトノベル】



黒ギャルの東条あにすは異世界に転生した。ダークエルフと勘違いされて敵視されることもあるものの、モンスターや魔法の力たるマナとも仲良くなれるスキルで活躍する。彼女が出会った冒険者の少年ケンゴは「女難」のスキルを持つ故に女を避けようとしており…この設定なら転生より転移で良かったんじゃないかとか、ちょっと耳が尖りすぎてませんか(これはイラストの問題か)とか気になることはあるが、まあタフな主人公のお陰で軽く読めた。ラッキースケベをスキル扱いにして、それによる本人の苦悩に焦点を当てるという発想も悪くはないか。


正直なところ、

・生前の年齢、姿のままで異世界に突如送られる
・しかも本人は(元の世界で自分は死んだのだということを把握しつつ)「元の世界に戻る」ことを考えている。

この設定だと「死んで転生」だという意味を感じない、異世界転移(あるいは召喚)の方が相応しい気がします。そういう部分が一番気になる読者の方もアレですが。
「異世界転移」と「異世界召喚」は「小説家になろう」では独自ジャンルとして別枠になり、その区別にうるさかったりするので、そこに無頓着な作者はこの分野のプロパーじゃないな、と感じたり。それはどうでもいいんですが。


【漫画】



23世紀ものかと思ったら魔法ものの方の未来、火星植民地で日常的に魔法を使ってる世界だった。風林火山ネグリッシュ(眼鏡っ娘)は幼少時こそ祖父のステッキで魔法を使いこなし天才と呼ばれたものの、今は上手く行かない日々。そこに巨大魚や人魚が現れ、魔法を巡る異変が火星では貴重な入道雲に繋いで1巻で締め、ネタは割と良かった。人魚姫の件で百合要素ありかと思いきや、メインキャラ4人の誰と誰がくっつくという方には進まず、男女ベタベタする垣根が低いのは作者の描く未来もの共通かな。コマ外の描き込みネタは懐かしくて良かった。





 (前巻は2016年1月の読書メーターにて。ただし抜粋には入れていません)

今回は何と言ってもかつてハクメイがいたキャラバンの回。会うこともできず遠目に見て無事を伝えるだけ、しかもそれだけで道中は波乱万丈。でも過去の掘り下げも進むし良かった。釣りをして祭「樹鎮の夕べ」では悪魔役を演じ、仕事で廃屋を解体し…コンジュの隣人とかナライ会長の夫婦エピソードとか、サブキャラのエピソードも広がってる感じ。後、虫も隣人としていたけど虫メインの話は初めてのような。寸法の違いによる家具の扱いとか難しい。図書館ではハクメイの本を見出す意外な能力が。どれが一番と選べないくらい素晴らしかった。


ちょうど1年ぶりの新巻です。冒頭のエピソードは4巻最後のエピソードの続きでした。


【スポーツ】



2016年のシーズン、クライマックスシリーズ、日本シリーズの回顧。自分の過去の著書での言葉を振り返って考えの変わらないこと、進展したこと。そして選手かコーチ達への評価。なぜ大逆転優勝できたかではなく、なぜ11.5ゲーム差も離されてしまったかから考えること、短期決戦で打つべき手…著者の監督としての考え方が明晰に語られている。特にポストシーズンは全試合を裏舞台も含めて解説しており、リアル二刀流、1番ピッチャー大谷、中田翔への代打等の采配についても明瞭な説明あり。栗山野球の理解と'16年のまとめに相応しい。



【生物】



孤島の固有種である鳥を研究してきた鳥類学者、島について語る。島とは何かから始まり、特に大陸と繋がったことのない海洋島に着目する。海を越えて島に到着できるのはどんな生物が、どのようにしてなのか。その制約により生じる生物相の偏りと、その結果生じる固有種、そしてその脆さ。生物の移動と進化、その様々な具体例に生物多様性の維持と、かなり幅広いトピックに関わる一冊。最後の方まで読むと、この問題に公衆の感心を掻き立てるという本書の実践的意味も見えてくる。妖怪を例に挙げたり、毎頁冗談を飛ばすユーモアも健在で楽しかった。


以前に取り上げた『鳥類学者、無謀にも恐竜を語る』の著者による第二著。今回の話題はではなくです。まあ著者の専門が小笠原諸島の固有種であるメグロということで、著者の背ノンに深く関わる話題のようですが。
相変わらずジョークに溢れていて、しかし面白く分かりやすい科学書です。


【科学史・哲学】



19世紀の心理学・天文学における測定の誤差の問題から「十分の一秒」が重要なトピックとなった顛末、それを巡る議論の数々。それは、測定技術の進歩は何を捉え、何を逃すのかという深い認識論的問題にまで通じる。歴史のスタンダードな説明に挑み、過去のものと思われている問題が今にも通じていることを示す著者の手腕と知識の浩瀚さは見事の一言。登場人物の多くはマイナーな科学者だが、終盤にはベルクソンとアインシュタインの論争をもこの問題の中に位置付けており、同じ論争を主題とした次著に繋がるものも見て取れる。興味深い一冊。


2016年6月の読書メーターで取り上げた『The Physicist & the Philosopher』の著者 Jimena Canales の最初の著作(『The Physicist & the Philosopher』)が第二著に当たります)。まず「10分の1秒」という目の付け所にすでに独自性を感じます。両書でした。




現代は物質資源の消費量が減少し、情報技術やナノテクノロジーに移行している「脱物質化」の時代というのは本当か。事実、持続可能な発展のための命令、技術発展の動員という各面から「脱物質化」論を検討、その一面性を指摘する。さらには現代の新技術において一般的な「物質」ではなくそれぞれの特性の持った「素材」が重要になっているとの論を展開。技術による考え方の根本的な変化、その意義と危険性というオーソドックスな主題を扱った小著だが、さすがは優れた科学史家の手によるもの、切り口鋭く明晰。最後には質疑応答も収録。


上記の Canales が第二著『The Physicist & the Philosopher』で教えを受けた人として名を挙げていた一人がこちらの著者、Bernadette Bensaude-Vincent でした。
とりあえず薄くて手軽なものから読んでみましたが、なるほど「技術の革新による思想の変化」(遡れば)という着眼点からして通じるものがあります。そして間違いなく優れた考察を展開しています。


読んだの本の詳細は追記にて。

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2016年12月の読書メーター

だいぶ遅くなりましたが、先月の読書メーターまとめです。

読書メーター2016年12月

29冊6343ページでした。
数は増えたように見えますが、実際には再読を含む漫画で頁数を稼いだだけです。
洋書を2冊読了してますが、これも薄いですしね……

以下は抜粋です。

【小説】



女子大生・早乙女翠のもとに、異世界から「聖女」を求めてきたという王子アルフォンスが現れる。彼に家事を任せつつ、同居させることになる翠。そんな中、新作ゲームがアルフォンスのことを描いていると知り、魔王の攻略法を求めてプレイを始めるが…ゲームの世界への召喚のその後にして逆パターン。奇跡の理由や異世界人がこの世界で生きる方法には説明が必要でも、ゲームの世界の存在は説明不要なのが今の文脈か。姉を亡くした上長い失恋の内にあった翠と孤独な王子アルフォンスの結構重い恋愛物でありつつ、単巻で綺麗に完結してて良かった。


アリアンローズの新刊、つまり「小説家になろう」発作品です。
ただし本作は元々WEB版だと、中編「聖女の、その後」の続編という形で発表された作品で、「その後」の主人公である異世界召喚された女性の、残された妹が主人公の物語です。もちろん、ほぼ物語としては独立しており単発でも読めるのですが、姉の聖女の方の辿った運命を知っているかどうかで(死体になって帰ってきたという事情により、本作の主人公は姉が悲劇的な最期を遂げたと信じています)印象の違ってくる部分はあるでしょう。まあこの単行本も最後まで読めば番外編で、姉のその後の真相を描いてはいますが。

なお、

・ゲームの世界への召喚
・異世界召喚の後日譚

はもう珍しくもないネタですが、本作はその合わせ技として「異世界召喚の後日譚として今度は召喚先の世界の人間がこちらにやって来て、さらにこの世界で自分たちのことを描いたゲームに出会う(こちらの世界の人間である主人公から見ると、やって来た相手の世界がゲームの世界だったと判明)」というかなり凝ったパターンです。そして「ゲームの世界」が現実に存在していて行き来までできることはすでにこの分野の定番なので、なぜかの説明は必要ない、ということなのでしょうか。
ただ、本筋にはあまり関係ないことですが、このゲームの設定で「脱出不可能なラストダンジョン内でセーブできる」というシステムは、準備不足で突入したまま内部でセーブしてしまうと詰みかねないので、拙いんじゃないでしょうか。ラスダン内には戦闘不能になった仲間の蘇生手段もない辺り、悪名高いPS版DQ7のハーメリア編より凶悪です。

なろう系作品では比較的珍しく単巻完結の本作ですが、同作者には他にも「聖女シリーズ」があり。それも単行本化される可能性はあるのでしょうか。


【社会・心理】



「やさしい人」が人気だが、その実相手に嫌われたくない、面倒を避けたいといった理由からくる表面的なやさしさが氾濫している。だが、相手のためを思ってあえて厳しいことを言うというやさしさもあるはずだ…教師、上司、恋人や友達、親といった様々な場面での、表面的なやさしさの実例が大半。こうした社会の変容の背景に「タテマエの崩壊」があることと、個中心の西洋文化とは異なる日本固有の「間柄の文化」に関する分析が少々。まあ分かりやすいのは確か。


まあ内容的にはごくまとも、言い換えれば普通。でもこういうことを思い出させるのも定期的に必要な仕事なのでしょう。


【文化財学】



かつては金融アナリストとして働き、現在は文化財修復会社の社長を務めているイギリス人による提言。日本の医療・年金制度を維持するには観光立国が不可欠だが、それには日本の文化財はあまりにも不親切であり、行政の指定にも偏りが大きく、また現場関係者にもその気がない。だがこのまま営業努力を怠れば日本の伝統文化は消滅する…大変に明晰で、伝統文化も経済の問題を避けて通れないという論点はよく分かるし、文化財と職人の世界の非常識と悪しき習慣に関する指摘も興味深い。だが改革への壁は高そうだ…。


「料金が安いということは、その分サービスしなくていい」という旨の指摘は卓見です。


【自然科学】



量子力学が明らかにする素粒子の常識に反した振る舞いについて、スピンの基本的性格、EPR論文の唱えたパラドックス、ベルの定理(局所性もしくは実在性への問い質し)、コッヘン-スペンカーの定理(状況依存性)、自由意志定理(非決定論)を順次解説。あまり数式を使わず、場合によっては科学部記者あかりとヒロシの架空の対話を使っての説明の分かりやすさもさることながら、「自由意志定理」という近年の研究の紹介というだけでも価値あり。コンパクトで手頃な入門書。




 (私が読んだのは↑ですが、別の版↓もありました)


神を介入させず自然現象を法則により説明すること、説明のための概念的存在の導入、師タレスへの批判…といった古代ギリシアの哲学者アナクシマンドロスの思想に科学的思考の原点を見る。不確実さの自覚と転覆の力を科学の特徴とするのと合わせて、物理学者ロヴェッリの科学論と言える一冊。そんな「革命」を可能にしたミレトスの歴史・社会・文化の解説もあり、世界中のあらゆる言語による古典の引用も豊富。最後は神なしの世界像という問題から宗教と社会という話題にも及ぶ。著者の教養、そしてイタリア人の古典への造詣には圧倒される。


哲学書でもイタリア人の書いたものはギリシア語を引用する率が高い気がします。古代ギリシア哲学研究でも今やイタリアではかなり優れた研究がなされているようですし。
著者のロヴェッリは物理学者で(同著者の本は1冊、先月に取り上げました)、本書もロヴェッリ独自の科学論という面が強いのですが、その教養のカバー範囲の広さには驚くばかりです。もちろんアナクシマンドロスのギリシア語も引用していますし、その他にも各国語の引用が豊富です。


【哲学】



セネガルの詩人にして初代大統領にもなったレオポール・セダール・サンゴールと、インドの詩人にしてパキスタン独立を唱えたムハンマド・イクバール。植民地支配から独立を勝ち取った2つの国の「建国の父」のネグリチュード(黒人性)やイスラムを掲げた思想に、ベルクソンの生命論や時間の哲学はどう影響していたのか。当の2人を知らない人にはやや取っ付きにくい本かも。ただ最終章はイスラム思想の紹介もあり、『二源泉』と同時期に親近性のある思想を展開した人物がいたという点も含めて、結構興味深かった。



読んだ本の詳細は追記にて。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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