番組感想+「日常」はいかなる意味で日常か

先日落としたのは定期入れでして、といっても定期券は使っていないので金目のものは若干額のバスカードのみでした。
身分証は他人が持っていても仕方ないですし、それどころか何よりも確実に持ち主の分かるものです。

して、大学からその件で連絡があったので、出向いてみると……警察署に届いているので来るようにとの伝言でした。
学内で落として教務に届いているのかとも思いましたが、なかなか面倒です。
その代わり、1コマ休講があったので、その時間を使って署に行くことができましたが。
まあとにかく、見付かって何よりです。日本はやはり治安がいいですね。

 〜〜〜

さて先の日曜日の『仮面ライダーフォーゼ』ですが……アバンタイトルでいきなり新たなホロスコープス、カプリコーン・ゾディアーツ(山羊座)が登場。彼が仮面ライダー部の一人で学園一の情報通・JK(ジェイク)の旧友であったことから、彼を巡る事件となるのですが…
とにかく校長が他人の星の定めが見える「ラプラスの瞳」に覚醒したお陰で、スイッチをあちこちに配って試行錯誤しなくても最短でホロスコープスを発見できるようになったようですが…それはつまり、残る幹部は最速で登場しては消えていく可能性が高いということで…
実際、残る話数が十数回しかないことを考えると、大ボスの我望(射手座)を別枠にしても一人2話ずつで消化されていくというのは妥当なところでしょうか。
他方、レオ・ゾディアーツの立神は新米のカプリコーンを鍛えにかかりますが……「我望様も驚かれる」ほどのことを見出す見込みがあるようで。

 〜〜〜

アニメ『這いよれ!ニャル子さん』第6話――
振り返ると、原作4巻は6巻と並んで、クライマックスにこれといった敵とのバトルがない(あっても派手さは控え目な)話でした。
それが今までで最多の3話を費やしたとなると、なおさら「結局こんなオチか」という脱力感が際立ちます。
そもそも、このアニメのオープニング映像からして、学校を中心にした日常風景に始まり、サビの部分でバトルになるのは明らかに(最近の作品を例に挙げるなら)プリキュアのようなヒーローアニメを念頭に置いている感じなのですが、さてオープニングのようなバトルを本編で見たのは第2話までのような…

もちろん「しょうもない真相というがっかりオチ」も毎巻恒例の重要な要素ですが、原作のネタの濃さに慣れていると、作品の実質であるネタが減っている分、なおさら足りなく感じるという面はあります。
もっとも、アニメから入った視聴者にはこれでも「ネタが多すぎ」「それでついていくのが大変」という意見を少なからず見るので、この辺が適当なところなのかも知れませんが。

ところで、真尋の母・頼子の「さあ、振り切るよ」「絶望があなた達の、ゴールね」、忠実に再現しましたね(いずれも仮面ライダーアクセルの台詞)。
こうなると、原作では初登場時の台詞「さあ、あなたの罪を数えなさい」(もちろん仮面ライダーWの台詞)がなかったのがなおさら残念に。

予想通り4巻分エピソードはAパートで終わり、後半は海に行くことに(水着回)。
原作7巻のプール回の改変かと思ったのですが、予告を見ると次回もまだ海編が続くようで。
今まではサブタイトルも原作の章タイトルそのままだったのですが、次回の「青い珊瑚礁」はオリジナル。
プランがよく分からなくなってきました。

オープニングでは真尋のクラスメートの一人・暮井珠緒(くれい たまお)が邪神勢に劣らず目立っているので、彼女が(ある意味で)メインを張る原作3巻を終盤でやるのではないかというのが大方に予想されているところですが、他にも折角だから見てみたいエピソードはあったような…

 〜〜〜

日頃使っている日本語でも、実は外国語に翻訳困難な言葉というものは多数あります。
そんな機会があるかどうかはさておき、外国人に説明できるか、というのはたまに考えます。
たとえば、オタク文化において「日常系コンテンツ」と言う時の「日常」はどう英訳すべきでしょうか。

※ 念のため……一般に「日常系」と言えば、戦ったり冒険したり魔法や超科学が登場したりしないで、主要登場人物がたとえば部室で駄弁ったりしつつ過ごすタイプの作品を指します。
『らき☆すた』『けいおん!』辺りをこの分野の代表作として、この両作品のアニメ(それぞれ'07年と'09年)を「日常系ブーム」の始まりとする言説はよく見かけますが、しかしどうもライトノベルでは「男性キャラ抜き・美少女のみ」の日常系は主流にはならないようで、この辺はやはりメディア形態の違いが影響していることが予想されます。

「日常の、日常的な」という形容詞なら daily でしょう。
しかし名詞化すると dailiness ? そんな単語はランダムハウス英語辞典でも daily の項の最後に派生語として載っているだけで、説明はありません。
ドイツ語にして Alltäglichkeit (日常性)と言えばハイデガーの『存在と時間』ではキータームの一つですが、何か違うと思わざるを得ません。
もっともドイツ語の場合、Alltag には「日常生活」の意味があるので、それでいいのかも知れませんが

結局、「日常系コンテンツ」という場合の「日常」であれば、daily life / vie quotidienne (日常生活)が内容的には一番合っているのかと思います。

そんな中でこの、その名も『日常』というこの漫画。

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日常 タイトルロゴ
 (7巻表紙より)

英語タイトルロゴが入りそうなところで「Nichijou」とローマ字表記です。
もっとも――アニメ化された上NHKでも放送されたので、ご覧になった方も多いでしょうが――この作品はまったく日常ではないシュール系ギャグなので(何しろ、最初のページでいきなり背中にネジのあるロボ女子高生が登場します)、これは普通の“日常”ではないという独自の主張なのかも知れません。
しかし、何だか妙に的確な表記のような気もしてしまうのです。

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物が落ちる原因はポケットの構造か…?

あの持ち物を落としたとすると……落とした場所が学内なら事務、学外なら警察を当たるべきでしょうか。
誰も拾っていないとすれば、通ったところと出席した教室を順次見ていっても大した範囲にはならないはず……
着服して得するようなものでもありませんしねえ。

 〜〜〜

経験的事実として言えることですが、「先生」として尊敬される人は多くの場合、自らの先生を尊敬しています(むろん、その「先生」は学校教育の先生とは限りません)。

「俺は自力で勉強して○○大学に入った。大学は大した教育をしてくれなかった。だから○○大学は大したものじゃない。俺自身だけが偉い」

↑こういう人間が尊敬されないことは明らかです。

色々理由はありますが、今日はこれだけにしておきます。

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困難な他者論、ふたたび

過去2回の記事は立て続けに「他者なき生の孤独」という問題を扱ったことになりますが、さてどれほどアプローチできたかは何とも心もとありません。
一つ注記しておくとすれば、これは必ずしも「他者をないがしろにしてはならない」という倫理的な命令の話ではないということです。
そのような命令はそもそも、「他者」が何らかの形で(※)「リアルなもの」として存在していなければ意味をなさないのではないか、と思われるからです。
その意味でこれは、命令以前にまず、そのような倫理的命令を可能にする条件の話です。

※ 「何らかの形で」という微妙な言い方をするのは、「他者」がいかなる意味、いかなる形で「存在」しているのかということこそ、他者論の大問題だからです。中には「リアル」だとか「存在」だとかいう表現そのものを好まない立場もあります。
もっとも、そのような立場が主張するのは多くの場合あくまで、「他者」の存在の仕方は「客観的な」存在や「もの」とは違う、ということなのですが。

これは、以前の『紫色のクオリア』についてもある程度は言えることです。
『紫色のクオリア』には確かに、以下のような記述があります。

(……)あたしの邪魔をしていたものなど存在せず、むしろ、これまであたしがしてきたことこそゆかりへのただの押しつけで――
 ゆかりの運命は、だれでもない、ゆかり本人だけのもの。
 それを他人が変更しようとするのは、傲慢な冒瀆でしかない。
 でもそれこそが、あたしのしようとしていたことで――
 ああ、そうか、と、あらためて、いまさらながら、思う。
 ――あたしが間違えていたのは、そこだったのか。
 あたしは自分の思いを、押しつけていただけだったのか。
 ゆかりのためだといいながら、そのくせゆかりの気持ちを無視して、ゆかりのため、というのを言い訳にして――
 あたしはあたし自分が向き合うべき、自分の運命から逃げていた。
 ゆかりを助けられない、という現実から。
 自分という、あまりに無力な現実から――
 (うえお久光『紫色のクオリア』、アスキー・メディアワークス、2009、pp.285-286)


ここから「他者を尊重すべし」という説教を引き出すことは難しくありません。
しかし、この作品で描かれていたのは、教訓以前にまず、自分が決して到達できない他者の存在という端的な現実――それは裏返せば、他者に対する自分の無力、「自分という、あまりに無力な現実」でもあります――だったのではないでしょうか(これは「他者のためにできることがない」という、倫理的にはネガティヴな意味にも転じ得るでしょう)。
さらに言えば、「他者を尊重する」ことと、その「気持ち」を汲むこととの間には、すでに微妙な開きがある可能性があります。

絶対的な他者の存在を描いた『紫色のクオリア』と、周りが全て「リセット可能」となる他者の不在を描いた『All You Need Is Kill』はむろん、対照的ですが、他者があまりにも自分にとって「遠い」がゆえに無きに等しくなる可能性はないのかと考えてみると、両者は紙一重とも考えられます(実際、両作品ともループ物です)。

さて、他者なき生――誰かと一緒にいても、他人が限りなく遠く感じられる孤独の感情がどれほど切実なものかと言えば、もちろん疑問の余地はあります。ある程度は真に迫った事実だとしても、フィクションはそこを誇張するものです。あまり心配するのは杞憂かも知れません。
しかし、現実がどれだけ危機的かは別問題としまして……孤独からいかにして他者に、そして共同性に至るか、道遠し

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プロフィール

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
4月より京都大学大学院に進学。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

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