その観点で見れば筋は通っている、のか

そう言えば、映画『スーパーヒーロー大戦GP 仮面ライダー3号』の続編に当たるWeb配信番組「仮面ライダー4号も、気が付けば配信から1ヶ月半くらい経ってしまいました。

 仮面ライダー4号

内容はタイムループ物
死ぬ度にタイムループする、という設定もさることながら(死ぬのは必ずしも主人公ではありませんが)、このタイムループが敵の仕掛けという点も『All You Need Is Kill』を連想させます。
もっとも『All You ~』だと引き継がれるのは(敵も味方も)記憶だけ、つまり学習できるだけだったのに対し、こちらではタイムループを繰り返すたびにショッカーが戦力的に強くなるというひどい仕様。
映画に比べると、(映画と同じく仮面ライダーファイズ・乾巧と仮面ライダーゼロノス・桜井侑人が登場しているものの)共演作品としてのメタ色が薄いので、「歴史改変」の設定に関する違和感はむしろ少なかった気がします。

なおタイトルの「仮面ライダー4号」は、デザイン的には本来の「4号」であるライダーマンのオマージュ、「飛行機に乗ったライダー」というのが売りのキャラクターですが、ショッカー側の切り札として登場する強敵というだけで、ストーリー上は端役です。

ではこの番組の主役は誰か――というと、それ自体がフェイクというか視聴者を騙す仕掛けを含んでいるのですが、実はファイズ・乾巧だったことに気付きます。
そもそも『555(ファイズ)』本編の最後で巧みが迎えた顛末のことも含め、『555』の後日譚としては筋が通っていて、満足の行く内容でした。

 ~~~

普段と順番が逆転しましたが、『手裏剣戦隊ニンニンジャー』も気が付けば昨日で第12話。
『獣電戦隊キョウリュウジャー』の時には年末の『VS』映画で前年の『特命戦隊ゴーバスターズ』だけでなく、「恐竜」をモチーフとした『恐竜戦隊ジュウレンジャー』『爆竜戦隊アバレンジャー』も加えた共演となったので、もしや今年も「忍者」特集で『忍者戦隊カクレンジャー』『忍風邪戦隊ハリケンジャー』との共演が……と思っていると、何と『VS』映画を待たずして第7話(4月12日放送)でその共演が実現、ニンジャレッド・サスケとハリケンレッド・椎名鷹介がゲスト出演しました。

そして、第10話にして6人目の戦士スターニンジャーことキンジ・タキガワが登場。
アメリカ出身で、妖怪を倒す前に写真を撮ったり足跡の型を取ったりしてコレクションしたがる妖怪ハンター、ニンジャに憧れて「ラストニンジャ」伊賀崎好天(ニンニンジャー5人の祖父)に弟子入りを希望していた……と、トンデモな「ニンジャ」を描く本作のイメージには相応しい感じのキャラクターです。
決め台詞はニンニンジャーの「忍びなれども忍ばない」に対し、「忍びなれどもパーリィナイッ(party night)」。もう何が何だか分かりません。

まあ、「アメリカ出身の忍者」は『カクレンジャー』のニジャブラック・ジライヤという前例がありましたが。演じていたのがケイン・コスギで、むしろケインの片言な日本語を活かすためのキャラ設定だったとか。それに比べると今回のキンジは、日本語が流ちょうな分、上手く胡散臭さが出ていると言うべきでしょうか。

とにかく、好天から「儂の孫たちに勝てれば弟子入りを認める」と言われ、「お命頂戴」と斬りかかってくるキンジ。他方でニンニンジャーの5人も好天から「キンジに勝つこと」を試験として課せられたのですが……しかしもちろん、そんなノリですから、新戦士が完全に敵という(たまにある)展開ではありません。
今回、第12話ではニンニンジャーとスターニンジャーの巨大ロボ同士の合体も早々に披露され、そして意外な早さで敵幹部――「牙鬼軍団の一番槍」蛾眉雷蔵が退場

そんな中、最後に好天が弟子を取りたがらない理由をも明かしました。
かつて弟子を育てるのに失敗したからもう取りたくない、その元弟子というのが現在敵幹部となっている十六夜九衛門だと――

そう言えば、雷蔵が復活した時、「牙鬼幻月様の小姓」と名乗る九衛門に対し、「小姓の名などいちいち覚えてはおらぬわ」と言っていましたっけ。
あれも九衛門が元々400年前の牙鬼軍団にいたわけではない、という伏線だったのですね(多分)。
とすると、やはり年数を数え間違えて今年こそ牙鬼が復活を予言した400年目というわけではなく、むしろ九衛門が幻月の予言とは独立して幻月を復活させようとしている、と見るべきでしょうか。
武人としての死に方を求めた雷蔵を意に反して無理矢理巨大化させて戦わせるなど、いかにも外道らしい振る舞いの九衛門。彼の狙いはどこにあるのでしょうか――

ところで、巨大ロボット・シュリケンジンの造形は非常にユニークです。

手裏剣戦隊ニンニンジャー シュリケン合体 DXシュリケンジン

新品価格
¥5,480から
(2015/5/18 23:05時点)



5体の「オトモ忍」が合体してシュリケンジンとなるのですが、その内1体のシノビマルが人型――と、ここまでは結構前例があります。
ところが、合体すると、シュリケンジンの胴体部分にシノビマルが座った形になり、レバーを動かして操縦していたりもするのです(もちろん、さらに内部ではニンニンジャーの5人が登場して操縦しているのですが)。
この胴体部分に座るオトモ忍を取り替えることでモードチェンジも。
まだまだ斬新な造形の可能性があることはよく分かりました。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

妖怪のヒエラルキー、と言うべきか

そう言えば、『Go! プリンセスプリキュア』の舞台となる私立ノーブル学園では「ごきげんよう」が挨拶になっていますが、この「ごきげんよう」、『華族令嬢たちの大正・昭和』(2015年2月の読書メーターで少し紹介しました)でも触れられている通り、学習院言葉でした。
戦後になると、元「華族令嬢」の子供が迂闊に学習院言葉を使うと変に見られるので苦労した、なんて興味深い話もありました。
そもそも学習院と言えば、元々は華族の子女が通う学校だったわけで。華族制度が廃止された今となっては、皇族御用達という以外、大多数の学生は普通の人(多分)ですが……

まあ学習院言葉というのも、江戸時代までとは身分制度も言葉も大きく変わる中で生まれた(公家、大名、その他勲功によって認められた者など、それまでは異なる身分で異なる言葉を喋っていた人たちが「華族」としてまとめられたわけですから)、一時代の産物だったということでしょうか。

 ~~~

『手裏剣戦隊ニンニンジャー』、とりあえず『烈車戦隊トッキュウジャーvsキョウリュウジャー THE MOVIE』で先行登場した時にシロニンジャーがアカニンジャーを「お兄ちゃん」と呼んでいたので、二人が兄妹であることは分かっていました。
5人全員が兄弟姉妹というのはいくつか先例がありましたが(『地球戦隊ファイブマン』『魔法戦隊マジレンジャー』)、中で二人だけがきょうだいというのはあったでしょうか……追加メンバーなら『炎神戦隊ゴーオンジャー』のゴーオンウィングスという例がありましたが……
――等と思いながら観てみると、残りの三人も従兄弟という設定でした。

戦国時代、牙鬼幻月(きばおに げんげつ)天下統一を目指した史上最悪の武将がいたが、伊賀崎家を初めとする忍者たちによって倒された。しかし牙鬼幻月は444年後に蘇るという予言を残していた。
それから444年が経ち、実際に妖怪となって蘇った幻月を倒して封印したのが伊賀崎好天(いがさき よしたか)ラストニンジャと呼ばれる人物で、ニンニンジャーの5人は全員がその孫――という設定です(親世代に関しては今のところ、伊賀崎天晴(いがさき たかはる)=アカニンジャーと風花(ふうか)=シロニンジャー兄妹の父・旋風(つむじ)だけが登場)。
どうも計算を間違っていて、今年こそ444年目――かも知れない、などと頼りないことを言う旋風。
まあ、年数はどうあれ、幻鬼の部下の残党が現に現れ、幻月の封印を破壊してしまいます。

しかし、「ラストニンジャ」好天は伊賀崎家に遺影があって、完全に死者として扱われていたのが、第1話の最後で「勝手に殺すな」と堂々と生きて登場しました。
いや、予告で「親子三代の戦い」というフレーズと共に姿を見せていたので予想はできましたが……むしろ何で死んだことになっていたのかが謎です。

さて、『ニンニンジャー』においては、幻月を封印していた48の手裏剣が四散し、それが道具などに取り憑いて妖怪になります。たとえば「カマイタチ」はチェーンソーの妖怪でした。
そして妖怪が暴れて人間を脅かし、人間たちの「恐れ」を集めることで幻月を復活させられる、という設定。
ただ、そうして生まれる「妖怪」とは別に、幹部として牙鬼軍団の家臣たちがいます。幻月の封印を破壊し、恐れを集めたり倒された妖怪を巨大化させたりしているのは幻月の小姓・十六夜久衛門(いざよい きゅうえもん)ですし、前回のラストでは集めた恐れによりまず牙鬼軍団の一番槍・蛾眉雷蔵(がび らいぞう)が復活して、今回その力を見せました。

一応、作中用語としての「妖怪」は封印の手裏剣により道具が変化して生まれるものを指していますが、他方で「幻月が妖怪として復活した」といった用法もあるので、それを含めるならば幹部たちも「妖怪」です。彼らは(戦国武将とその家臣なのですから)元人間と考えられます。
つまり物の変化した妖怪と人間の成った妖怪がいて、元人間の方が上位であると。そう考えると、割と分かりやすい設定ですし、器物の化けた「付喪神」と人間の化生したもの(幽霊を含む)は代表的な妖怪ですから、伝統にも沿っています。
もっとも、この設定だと道具以外を起源とする天然ものの妖怪はいないことになりますが、まあいいでしょう。作品独自の設定ですし。

気になることがあるとしたら、幻月が妖怪として出現したのは割と最近のこと(せいぜい数十年前)であるわけで、古典伝承としての「妖怪」との関係はどうなるのかということですが……この辺、妖怪との戦いが古くからあったという『忍者戦隊カクレンジャー』等と違うところです。

アオニンジャーの加藤・クラウド・八雲イギリスの魔法学校に留学していたとか、その他にも面白い設定は多数。
ただ、キャラ的に印象的なのはモモニンジャー・百地霞(ももち かすみ)でしょうか。19歳の女子大生ですが、忍術など時代遅れと侮る八雲を「忍者としては天晴君に勝てないから?」と挑発してやる気ににさせるなど、毒舌で人を動かす術に長けています。
早速八雲から「霞姉がいなかったら……」とその存在感を認められる人物に。
こういうお姉さんタイプの女性メンバーは久し振りな気がします。
白とピンクが共存しているという、比較的珍しい配色を採用したことが性格の割り振りにも影響している気がしないでもありません。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

そしてアダムとイヴは荒野へ旅立つ

『仮面ライダー鎧武』、いよいよクライマックスです。
第43話で光実に刺されて倒れた紘汰ですが、生きていました。しかも知恵の実の力を得ていることにより、驚くべき回復力を見せます。
ただダメージが残っているためか、戒斗との戦いは劣勢。
湊耀子に加え、「チームバロン」のリーダーを引き継いだザック(仮面ライダーナックル)も戒斗の側につき、紘汰と凰蓮(仮面ライダーブラーボ)、城之内(仮面ライダーグリドン)と3vs3の戦いを繰り広げますが、敗れます。

そして戒斗は、大量のインベスを召還し、軍隊を結成して沢芽市の外へと打って出ようとするのでした。
「世界を滅ぼす」とい言ったって、画面内で描ける破壊活動には限りがあります。しかも副主人公と言っていい存在である戒斗にどこまで具体的な悪事をさせられるのか、という問題もありますし……しかし、街を埋め尽くすほどの「軍団の結成」は、具体的な脅威を感じさせるに十分な描写ではありました。

他方で、時間を遡航した舞は「あり得たかも知れない可能性の世界」に迷い込んでいました。
その世界で展開されるのは、インベスの軍勢を率いて馬に乗り、荒野(採石場)で戦うアーマードライダーズという、第1話冒頭で展開された光景……あの場面をこういう形で回収してきますか。
誰が勝つか、歴史が決まれば舞も元の世界に戻れるとのことですが……

そんな舞の実態を知ると、戒斗はなおのこと、舞を呼び戻すためにも紘汰と決着を付けようとします。

さて、戒斗の側についたザックですが、本当は戒斗を止めようとしてのことで、凰蓮と連絡を取って、凰蓮手製の爆弾で戒斗を殺そうとします。
しかし直前で気が付いた湊耀子により阻止され、そして爆発の直撃を受けた上にビル屋上から落下した耀子はあっさりと退場してしまいます。
最期に「もし私が『始まりの女』だったら、私を選んでくれた…?」と聞く耀子に対し、「知恵の実は知恵の実、耀子は耀子だ」と答えて看取る戒斗。直前、完全にこの世界に帰ってきてはいないものの語りかけてきた舞が「戒斗は私と知恵の実、どっちを取るの?」と訊いた時には、「区別する必要も選ぶ必要もない。両方手に入れる」と答えていたのに……
結局最後まで戒斗の「特別」になれなかった耀子の悲しさが印象に残ります。

そしてザックも、戒斗に敗れ倒れます。

そして、ついに自分の身の変化を姉に明かし、ヘルヘイムの果実を食べる紘汰。今や、彼はヘルヘイムの果実を食べても平気なばかりか、唯一口にできる食べ物がそれになっていたのです。
ちょうどその頃、沢芽市の外からやってくる救出のヘリ。念のため「この中に身体から植物が生えてきたり、実を食べてしまった者はいないか」と訊く自衛隊員の言葉は、すでに紘汰がこのヘリに乗って街を脱出できる者たちの中にいないことをはっきりと物語っています。
姉をヘリに乗らせ、一人戦いに赴く紘汰。

そして紘汰も大量のインベスを召還し、ついに軍団を率いる将同士として、戒斗と対決することになります。
「武将」というモチーフと、しかもインベス軍団を率いていたイメージ映像が、こうして最後の対決でついに実現されるのは、何とも感無量なものがあります。

そしていよいよ第46話(9月21日放送)では、二人の決戦となりました。
初期のものから次々とフォームを変えて戦いを繰り広げる二人、その姿は、舞が「可能性の世界」で見ている二人の戦いとも重なります。
そしてついに、戒斗を下して勝者となった紘汰は、舞から知恵の実を受け取り、その神にも等しい力を手にします。
けれども、紘汰はサガラの促すように世界を滅ぼそうとするのではなく、舞と、そして地球に進出したヘルヘイムの植物とインベスたちを引き連れて、新たな世界――どこか遠い、あるいは平行宇宙の惑星――へと旅立つことを選びました。
それがどんなに困難な道であろうとも。

かくして男と女は楽園を捨て荒野へと旅立つ――ただしそれは、決して罪を犯した結果としての追放ではなく、楽園を守るため自ら立ち去った英雄の結末なのです。
神なき禁断の果実の神話に相応しい幕引きでした。

ヘルヘイムの脅威が去った世界にて――沢芽市にはふたたび人が戻り、ビートライダーズ各チームの少年少女が揃ってダンスをする姿も見られるようになっていました。
ザックも――まだ怪我で舞台にこそ上がれないものの――生きています。
終盤の戦いでほとんどロックシードとドライバーも破壊されているので、インベスもライダーも存在しない世界が訪れたわけです。

しかし光実は、どこの仲間にも入れないまま……
そんな光実が通う先は、病院で意識不明のままの兄・貴虎のもと……。
海に落下というのは生存の可能性を感じさせる散り方ではありましたが、今回はさすがに救出者も見当たらず厳しいかとも思っていたのですが、どうやら沖を航行していた船に助けられたようで……
そして、最後に貴虎が目覚めて光実に声をかけるシーンは、確かに救いをもたらしてくれるものでした。凰蓮の言う通り、道を過ち迷った「悪い子」には、受け入れ、叱責し、導いてくれる「大人」こそ、必要なものでしょうから。

――という終幕でしたが、どうやらあと1回、エピローグが残っている模様。
最後は敵の残党の類が出現、光実が戦って紘汰が戻ってくるというパターンでしょうか。楽しみに待ちましょう。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

「悪い子」の末路

唐突ですが――

 「ブラック企業」は、人種差別用語である

このような記事を見ると、月並みな言い方ながら「何でもアメリカに合わせればいいのか」と思わずにはいられません。
要するにこの記者(高橋浩祐氏、「色で価値を判断する」のは「人種差別」に繋がると主張しているのです。
しかし――

 人種のるつぼ、米国ではこうした偏見をなくすために、長年、Black(黒人)という表現よりも、Afro-American(アフリカ系アメリカ人)という表現がpolitically correct(公正で道徳的に正しい)とみなされて使われている。もちろん、米国の有名なラッパー、ジェイ・Z(妻は歌手ビヨンセ)のように、自らをBlackと呼ぶ人々も少なくない。しかし、米国では既にAfro-Americanという表現のほうが公の場では、より一般的になっている。


「Afro-American(アフリカ系アメリカ人)」という表現がアメリカでしか使えない、いやそれどころかアメリカ内部でさえ、非アフリカ系の有色人種に関しては使えない、適用範囲の狭い表現であることは明らかです。
要するに彼は、ほとんどアメリカの話しかしておらず、アメリカのみを基準にしています。

もちろん、アメリカで「Black」が差別的な意味を持つようになったことにはそれなりの歴史的事情があるので、アメリカ人を相手に言葉を発するならばそれは鑑みねばなりません。
しかし、それはアメリカには固有の人種差別の歴史があるからです。
もちろん他の西洋諸国にも人種差別の問題はありましたが、アメリカと同じようにいろ表現がタブーになっているかというと、そんなことはありません。

高橋氏は「人種のるつぼ、米国では」と書くことで、複数人種が共存する社会ではどこでも色と価値判断を結びつけた表現をすることがタブーとなるかのように見せかけていますが、それは間違いであって、実際にはアメリカ固有のローカルな事情なのです。

そもそも、「黒」がマイナスイメージになるのは、本当に――高橋氏が映画『マルコムX』を引用して言うように――白人優位社会の賜なのでしょうか。
薬師院仁志氏は、アラビア語で「顔を黒くする」というのは侮辱することを指すと指摘していました(『英語を学ぶとバカになる』)。元々アラブ人の肌が褐色であっても、です。

日本語でもそうです。
欧米の人種差別の歴史とは関係なしに「暗黒面」や「腹黒」はマイナスイメージですが、「真っ黒に日に焼けた」は必ずしもマイナスイメージではありませんし、「艶やかな黒髪」は褒め言葉にもなります。黒がプラスマイナス両方のイメージに繋がっていて、日本人ならばそれを普通に受け入れています。マイナスの用法から全ての黒を悪だと考えるようになったりはしません。

そもそも、高橋氏自身も分かっているように、人種差別というのは「白人」による「有色人種」全般に対する差別です。

 しかし、日本で暮らす「有色人種」の外国人は増え続けている。日本人の圧倒的多数も「黄色」という有色人種である。


では、マイナスイメージで「ブラック」という言葉を使うことにより、「圧倒的多数」の日本人は有色人種である自分たちを差別するようになるのでしょうか。どう考えても、おかしな話です。

要するに、色が黒いという客観的事実を言うことが差別になり、色と価値判断を結びつけた慣用表現すら問題視するのはアメリカ英語固有の事情なのですが、高橋氏はアメリカの歴史的文脈に合わせて日本語の思考習慣を変えろ、と言うのです。
じゃあ「美白」も駄目ですか。

ああそうそう、アメリカ以外の例も一つありました。

 スリランカ人の義理の弟は以前、道端で、通りすがりの中年男性からいきなり「黒んぼ!」と言われ、しばらく落ち込んでいた時期があった。


これも無茶苦茶です。
単に「黒い」と言うのと「黒んぼ」と言うのでは日本語のニュアンスが全く異なります。
日本語のネイティブスピーカーでそれが分からないはずがない、と思うのですが、いかがでしょうか。

つまるところ、氏はアメリカ人に、いやWASP(White Anglo-Saxon Protestant = アングロサクソン系白人新教徒、白人中流階級のこと)になったつもりで語っているのでしょう。
アメリカ人の視点で、上から目線で「日本のメディアは配慮が足りませんね」と。
上になどいないというのに!


鈴木その子のやせる本格レシピ―美白とスリムのトキノの調理法、教えます (主婦の友生活シリーズ)鈴木その子のやせる本格レシピ―美白とスリムのトキノの調理法、教えます (主婦の友生活シリーズ)
(2000/07)
鈴木 その子

商品詳細を見る

 ~~~

さて話は変わって、先日の『仮面ライダー鎧武』ですが……
装着者の生命力を吸い取るヨモツヘグリロックシードを使って紘太に挑む光実。
しかし紘太は、光実の剣に刺されて致命傷を負いながら、それと引き替えにヨモツヘグリロックシードを奪い取り、破壊します。……光実を助けるために。
「一番苦しんでるのはあいつ〔光実〕自身のはず」、だから助けよう――彼は最後までその思いに忠実でした。
それを前にして、ようやく自らの過ちの大きさに気付く光実。

しかも追い打ちをかけるように、凌馬が舞から知恵の実を摘出する手術を行っていた病院に戻ってみると、そこには冷たくなった舞の姿が。
凌馬はいつものおどけた調子を崩さずに言います――「いやぁ大変だったよ。なにしろ果実が完全に舞君の心臓と一体化していたからね」

凌馬に戦いを仕掛ける光実ですが、開発者として凌馬はゲネシスドライバーにブレーカーを仕込んでおり、いつでも機能停止させることができるのでした。
「貴虎から聞いてなかったかなぁ? なぜ悪い子になっちゃいけないのか。嘘吐き、卑怯者、そういう悪い子供ほど、一番悪い大人に利用されやすいからさ」――笑いながらそう言い、光実を叩きのめす凌馬。

正直者、真面目な人間が悪党に利用されるのは、確かに世の常です。
しかし他方で、百戦錬磨の悪党は、相手も悪党で互いに騙し合うことを前提としており、悪人を利用するのが得意です。
かくして、人を騙して上手く立ち回る狡知に長けた子供は、まさにそれゆえに誠実な者に信用されず、さらなる悪人に利用されて痛恨の目を見る――なるほど、相応しく納得できる末路ではありました。

ところが、舞の心臓ごと摘出されたはずの知恵の実ですが、そこにはまだ舞の精神が宿っていました。
その果実は黄金に輝き出すと、自ら活動して姿を消します。
舞が目指すのは、過去にタイムスリップして紘太たちに警告すること――つまり、舞そっくりな謎の少女は、未来から来た舞本人だったのです。

しかしサガラは言います――「時の強制力に逆らうんだからな、思い通りの言葉を喋ることもままならないはずだ」
実際その通り、過去に戻った舞は謎めいた警告を発するだけで、具体的な危険を伝えることはできませんでした。
それどころかサガラの曰く、普通は誰が知恵の実を手にするのか、見極めるのは難しい。しかし今回は簡単だった、何しろ未来から直接の干渉があったのだから、と――「お前が教えてくれたんだよ、誰がこのレースの本命なのか」
舞の警告の企てがかえって紘太たちが知恵の実を手にする「本命」だと本命を教え、サガラを紘太たちに干渉させ、戦いへの決定的な深入りを招いたという、皮肉な事態です。

話によってはここで過去の改変やタイムループもありそうな展開ですが、今回はあくまで運命は変わりません。

その後、戒斗も凌馬に挑みますが、やはりドライバーを機能停止させられては敵いません。
旧式の戦極ドライバーにはブレーカーは仕込まれていないのですが、旧式ドライバーでは差がありすぎます。
唯一、旧式ドライバーのまま特殊なロックシードで強くなっていた紘太こそ凌馬にとって最大の障害であり、それを光実に始末させた、というわけです。

凌馬に追い詰められ、おまけにフェムシンムに受けた腕の傷がすでに手遅れだと指摘された戒斗。
しかしそこで戒斗は最後の賭に出ます。「俺の身体にはすでにヘルヘイムの毒が回っている。毒に慣れたこの状態で、この〔ヘルヘイムの〕果実を口にしたらどうなるかな」
結果、見事に戒斗は人間としての意識を保ったまま、フェムシンムにも似た怪物となり、凌馬を圧倒します。

かくして紘太は死亡したまま、最大の悪人であった凌馬もこんな形であっさりと最期を遂げ、そして戒斗がラスボスと化して世界を破壊しようとしている、という状態でいよいよ物語は締めに向かいます。
『仮面ライダー龍騎』の場合、主人公は最終回の1話前で死にましたが……
でも今作の場合、ここで紘太が復活し、ライバルたる戒斗との決着で締めるというのが、結末に相応しいのでしょうか(ただ、ライバルが文字通りのラスボスになるとしたら、それはヒーロー物としては結構珍しい気はします)。
そして「最初の女」としての決断を迫られる舞、一応まだ生きている光実、戒斗の道を最後まで見守ると決意した耀子ら、それぞれの運命は?

結末が楽しみです。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

神なき禁断の果実の神話

ローカルなTV番組事情のせいか、京都で昨日(24日)放送された『仮面ライダー鎧武』と『ハピネスチャージプリキュア』は一週前(17日)の放送分でした。私は愛知の実家で先週に観たものをまた観るという妙な体験をしました(さすがに前半で気付きますが)。
そして、24日放送分は今日(25日月曜日)の午前10時から放送されました。

そんな中で、最近の『鎧武』の展開を振り返ってみます。

ロシュオが威厳と品格を持ち、「人間が救うに値するかどうか確かめる」と言うような存在だと知った光実は、舞をロシュオの元に託します。「彼女こそ救うに値する人間だ。あなたが彼女を切り捨てるなら仕方ない」と言って。
「紘汰たちが必ず自分を助けに来る。私は仲間を信じてる」という舞に対し、ロシュオは「あの光実というのもお前の仲間ではないのか」と問います。光実が「仲間」だと肯定する舞。
「お前の言うことは矛盾だらけだ」――「一度裏切られたことは、信じない理由にはならないよ」
そして舞は問い返します――「あなたは、一度裏切られたら信じるのをやめるの?」 「当然だ」とロシュオが言った時の舞の言葉は――「だからこのお城は、こんなに空っぽなんだね」

たとえば少年漫画において、「仲間の裏切り」は時にタブー視されるくらい、大変扱いの難しい題材です。
一方で仲間との絆の大切さを描きつつ、他方で仲間の裏切りを描いたのでは、筋が通らないからです。

しかし考えてみると、たとえば「仲間が助けに来る」ことを「客観的に判断してそうだと分かっている」のならば、「信じる」という動詞は使いません(往々にして「客観的に分かっている」レベルで仲間が都合のいい存在になってしまうことがあるのが、話作りの難しいところですが)。
本来、「信じる」ことは「疑う」ことと一体です。裏切られても、確かでなくても信じることにこそ、重みがあります。

さて、ユグドラシルタワーに乗り込んだ紘汰は、レデュエにより幻覚を見せられます。自分がインベス化し、人々に迫害されるビジョンを。
知恵の実の力を使えばそうなるし、紘汰の身体はすでにそうなり始めている。それでも人類を守るのか――と問いかけられます。

舞のもとにもDJサガラが現れて語ります。ヘルヘイムが一つの世界を浸食するごとに一つ実る知恵の実は、森を支配する王を生み出すためのもの。
もし森を退けて人類を守れば、残った王は行き場を無くす、というのです。
その強大すぎる力は必ずや恐怖と迫害の対象となるだろう、と。

もちろん、ここまで来れば主人公の採る選択は一つ、待っているのは人類の敵となる運命だろうと、人を守るために戦い続けます。

さて、ロシュオはかつて、知恵の実の力を手にして同胞のフェムシンムたちを森の侵食から救いながら、結局フェムシンムたちは力に溺れて互いに殺し合い、ほとんどが滅びてしまったという過去を持っています。
だからロシュオは、そんな愚かな種族を救おうとした己を自嘲し、亡き妃も「悔やんでいることだろう。このような愚かな男に知恵の実を託したことを」と言います。
けれども舞は言います。「それは違うよ。それでも皆を助けようとしたあなただからこそ、奥さんは力を託したんでしょう?」
それを聞いたロシュオは、「知恵の実はお前に託す」と言って舞の体内に知恵の実を送り込むと、舞を地球に送り帰してしまいます。

戒斗は光実と対決。
かつて光実が紘汰を後ろから撃った時には「俺の敵は、強者を後ろから撃つ、お前のような奴だ!」と行っていた戒斗ですが、今や「お前はもう強者でも弱者でもない。ただのバカだ」と言い放ちます。
「オーバーロードに利用されているのが分からないのか」と言われても、「奴らを利用しているのは僕の方だ」と言い続ける光実ですが……しかし足止めのライダーたちに逃げられたところで、光実にレデュエが言い放ちます。
「あの女をロシュオに預けることで、私の裏を掻いたつもりか? お前、意外と間抜けだねえ。考えててもみなよ、ロシュオが本当にあの女を気に入ったのなら、お前みたいな危ない奴のところに置いておくと思うかい?」

娯楽で人間を殺し、さらにロシュオの妃を蘇らせるための生贄として人間を攫うレデュエに対し、光実は自分の選んだ人間は助けて貰うよう取引をしていました。しかし、相手がいつまでも約束を守っているとは、当然思っていません。
だから舞だけは守るためにロシュオのもとに……という意図だったのですが……

狡猾で悪辣なレデュエとの化かし合いで裏切られたのならば、光実は「もっと上手くやるべきだった」と思うだけで、決して「人を騙して上手く立ち回ろうとしてきたこと」そのものを悔やみはしなかったでしょう。
しかし、人を騙してきたことのツケは、お互いに騙し合う気などさらさらない相手に信用されないという形で、払わされることになりました。この顛末は見事というべきでしょう。
もちろん光実は、「反省する」にはあまりにも、もう戻れないところまで来ているのですが……

森に一人残ったロシュオは圧倒的な力で紘汰と戒斗を迎え撃ちますが、勝負が決まった瞬間、レデュエに背後から撃たれることになります。
勝ち誇るレデュエ。しかし「知恵の実」はすでに舞に託された後……
その後、一度破壊されたカチドキロックシードを復元するなどさらに知恵の実(の一部)の力を発揮した紘汰によりレデュエも倒され、かくしてフェムシンムは一人残らず滅びることになりました。

知恵の実の力を手に入れて一つの世界を滅ぼす森を掌握し、同時に絶望をも味わい、その上で二つ目の知恵の実をも手中にしていたロシュオの次なる役割は何といっても、将来を担う者(地球人)を「信じて」託すことであり、それを果たしたところで、役目を終えたということなのでしょう。
17日放送分はここまでした。

そして今回ですが……チーム鎧武の拠点に戻った舞は、知恵の実を体内に宿した影響で倒れます。
しかし、事態をいち早く察していた光実と戦極凌馬により身柄を確保されます。
このままでは知恵の実の影響で、舞も人間をやめることになる、という凌馬。そこに現れたサガラによれば、そうして舞は「最初の女」になるのだと。
お前は何者なのか、と問われたサガラは答えます――「ある時にはただ蛇と呼ばれた。お前たちが与えてくれた名を名乗るのもいいな――ヘルヘイム、と」
彼はヘルヘイムという森の意志そのものであり、その目的は森の侵食という滅びを通して、生物を進化させること。滅びも新たな創造のための一段階に過ぎない、という彼にとって、人間的な善悪を問うことは無意味なのでしょう。

蛇はまずイヴを誘惑し、イヴがアダムを誘ったという神話の通りに、禁断の果実は蛇から女へ、そして男に手渡されます。
ただこの場合、誘惑者たる蛇が同時に果実を実らせる森そのものである、というのが味噌です。果実の管理者にしてそれを食べることを人間に対して禁ずる神はどこにもいません。
ただ、それはポジティブな意味をも持ち得るはずです。この世界において禁断の果実を食することは、「神の戒めに背く」という意味での「罪」ではないのですから。

他方、戒斗はこの期に及んでも、滅びを歓迎します。森に勝てぬ弱者は滅びればいい、と。
幼い頃に生まれ育った街が奪われるのを見てきた彼には、「自分の居場所は新しい世界にしかない」という思いがあるようです。
しかし、彼もフェムシンムに受けた傷(緑色に変色しています)が悪化し、先の命は危うい模様。
そして湊耀子は、「正気なの!?」と問い質しつつ、戒斗の行く末を見守るつもりのようです。

凌馬は、舞の身体から知恵の実を摘出する算段はある模様。
「ただし、障害になるのが葛葉紘汰だ」と彼は光実に言います。「彼は知恵の実の力を手にして人類を救うことを願っている。つまり舞君が『最初の女』になることを望むだろう」
そう聞いた光実は「舞を救う」ため、装着者の生命力を吸い取る危険なロックシード、ヨモツヘグリロックシードを凌馬から受け取り、命がけで紘汰との戦いに臨みます。

野望破れて、最後に大切な女性を守るために命を懸ける……とこれだけ言うと改心したように見えますが、何のことはない、捨て鉢になった分今までよりも安易に悪党に利用されるようになっただけです。
元々はっきりした目標のないまま、「上手く立ち回る」ことが自己目的化していた人物にあって、それが破綻した時の末路とはこういうものなのでしょうか。
なんかもう、光実に関しては救いがあるとしたら死に際くらいのものになりそうですが……

次回はそろそろ、「最初の女」となる舞の方が決断を迫られそうな様子でもあり。クライマックスで、非常に楽しみです。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告