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技法的基礎に基づく理想美――『写実画のすごい世界』

実家に帰省中、近所の書店で衝動的に買ってしまったのがこの『写実画のすごい世界』でした。
研究活動で美術から離れた今となっては、図版主体の画集の類をあまり買っても仕方ない、という思いもあるのですが、1冊1900円でフルカラー、印刷の質も高いというのは悪くない買い物でした。

写実画のすごい世界写実画のすごい世界
(2013/05/29)
月刊美術

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写実画のすごい世界2 - キャンバスで輝きを放つ女性たち写実画のすごい世界2 - キャンバスで輝きを放つ女性たち
(2013/12/17)
月刊美術編集部

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このシリーズは現代日本の写実画家たちを取り上げています。
1冊目の『写実画のすごい世界』では戦前生まれを含む年配画家(ただし、概ね現役作家)も登場しますが、続編たる『2』は現在30歳前後の若手作家中心。1冊目と被っているメンバーもいるので、とりあえず読んでみるならまずは1冊目だけでいいかも知れません。

描かれているモチーフは女性像が中心。『2』はサブタイトルも「キャンバスで輝きを放つ女性たち」とあるくらいです。

さて、写真の存在する現代において、写実画を描く意味とは何でしょうか。
生島浩の作品は実にフェルメール風
室内の様子も特に現代的なものを感じず、さて現在に

写実画のすごい世界1

ただ、それでも注目したいのは、確かにモデルが日本人女性(少なくとも東洋人)であることです。
明治期の洋画を見ていると、油絵具を使い、西洋の物語画のスタイルを取り入れて東洋的、日本的な主題を描こうとしているものの、えもいわれぬ違和感を感じるものがあります。
たとえば山本芳翠の《浦島太郎》などをご覧あれ。 → 山本芳翠 浦島太郎

これは一つには、油絵で日本人の顔を描く技法が確立されていなかった、という問題があるのではないでしょうか。
西洋に黒髪のモデルは稀なので、画集の先人の作品を見ても黒髪の描き方が分からない、という声は愛知県芸時代、油画の学生から聞いた覚えがあります(当然、私も苦労しました。まあ描く機会そのものが少なかったのですが)。

他方で原田直次郎《靴屋の親父》のような名品も存在しますが、何が違うのかということが、ちゃんと理解され伝えられてきたのかどうか。 → 原田直次郎 靴屋の親父

その点で、近年(広く見て30~40年くらいでしょうか)の技法的進歩は注目すべきものが確かにあります。

もちろん、人物だけではありません。小野修作品における床の木目の驚くべき描き込み具合をご覧あれ。

写実画のすごい世界2

とは言え、それでも「上手く描けている」だけならば、写真でなく絵を描く意義は何か、という問いは残ります。
ですが、絵においては写真よりも自在に取捨選択ができ、理想化が可能です。
描かれた女性たちにいかに理想美が込められているか、見れば一目瞭然です。

写実画のすごい世界3

さらに、人物を半透明にして背景が透けて見えるようにしたり、

写実画のすごい世界4

コラージュ化したりも可能です。

写実画のすごい世界5

もっとも、鑑賞に供されるのが女性ばかりというのは、性の問題を喚起するかも知れません。
ただ、性的な目的に供される女性の写真ならば、いくらでも安く複製されて出回っているわけです。
一品ものの高級な美術品が、単純にその上位互換であれば、とても買い手のつくものにはならないでしょう。

そう言った上で、人物像以外の作品も少しはあるのも見ておきましょう。
黒の背景とレモンの迫真性、圧倒的です。

写実画のすごい世界6

コラムで興味深かったのは、1冊目『写実画のすごい世界』の方に載っている金子美樹氏の論「サプライズがつなぐ日本写実画の系譜」で、日本写実画の一つの源流を高橋由一に求めていることでしょうか。
そう、記録のために鮭の半身を描く由一の絵と、黒田清輝の流れを汲む「具象画」には確かな違いがあり、現代写実画の迫真性は由一の方に通じるのです。

例によって歌田眞介先生の史観に倣うところ大ですけれど、黒田清輝は、構想を練っての物語画に西洋画の神髄を見ました。しかし、そこで技法的基礎が疎かにされていた節があります。
しっかりした技法に基づいた由一の《鮭》は、写真の存在する今になっても色褪せず、輝きを放っているのです。
技法の向上に基づいた写実画の系譜が育っているとしたら、それは決してただ時代遅れなものではありますまい。むしろ、ようやくここまで来た、のではないでしょうか。


写実絵画の魅力 世界初写実絵画専門美術館「ホキ美術館」に見る写実絵画の魅力 世界初写実絵画専門美術館「ホキ美術館」に見る
(2013/11/12)
ホキ美術館

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未知の領域:現代アート修復

時間も体力も不足しているので、とある調べ事の断片的な成果でも書き写しておくことにします。

 驚かせるようなイデオロギーと新種の材料・技法を持った現代アートは多くの無知と無理解にぶつかる。そこから一部には真面目で、一部には意地の悪い問いが生じる――この現代アートはすでにして(そしてそもそも)修復できるのか、という問いである。
 これに対しては、誰もゴシックの板絵やバロックのパステル画――いずれも高度に傷みやすく、特殊な困難のもとでしか修復できない対象である――を、その傷つきやすさゆえに長持ちしないだろうというだけの理由でより低く見積もることはない、と言うべきである。
 (Heinz Althöfer, Moderne Kunst Handbuch der Konservierung, Pädagogischer Verlag, Düsseldorf, 1980)



現代アート修復の手引き

しかし、では現代アートの保存修復とはいかに考え、いかに取り組むべきものか。
この Althöfer 氏は初めてこの問題について主張した人らしく、管見に入った限りでは、この分野の資料というのは英語ですら全然見付かりません(誰か知っている方がいたらご教示願います)。

本書『現代アート保存修復の手引き』はこれにかかわる歴史や考え方などをまとまった形で紹介し、本の後半では作品写真付きで様々な事例も紹介しています。

現代アート修復の手引き(食品)

この写真、食べ物のパンじゃありませんか……?
左ページの文章量を見てもまだまだ断片的な話に留まっているのはお察しいただけるかと思いますが。

 これまで現代アートは、留保を伴ってはいても守られ保存されるべき物質的実現としても理解されてきた。現代アートは一方では非常に完璧であり、非常に技術的で物質に執心している。現代アートは他方で実験であり、非物質的に単なる観念に還元されてもいる。そうしたアートは現実化によって滅び去る、より広い意味でのユートピアである。
 修復に鑑みて現代アートが把握可能であるというのはもはや無理な相談である。現代アートはたえず繰り返して、そのつどの事例のみが措置を決定するという修復の原則を教えている。
 最新の現象(もはや実現ではない)にあっては、現代アートはつかの間の物質化という領域に踏み込んでいる。ミランダ・セルの食べるアート(eat art)のようなものがその事例である。美術館は冷蔵庫の機能を果たす羽目に陥っており、これらの作品のどれが今後の20~50年を耐え抜くだろうかということが問われ続けている。保存修復という点から見れば、より長い時間・空間に渡る保護可能性についてはまったく新しい局面が生じているのである。
 (Ibid., p.438)

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日本洋画の父

京都大学文学部の場合、学部生は3回生から各専修に所属する、という形になっているようです。
1回生はもっぱら教養課程で、2回生は各専修分野(哲学であるとか西洋史学であるとかフランス文学であるとか)の入門的講義を受講して、どの専修に進むかを決めます。
そして、3回生からの授業はもっぱら大学院と合同で、もっと言うと内容的に大学院生対象なのですね。驚くべきことに。
間は自学自習で埋める、これが伝統です。

この授業は「特殊講義」「演習」に分けられ、前者は先生の講義を聞く授業、後者は文献購読(多くの場合外国語)です。
しかも、「特殊講義」は先生が現在研究中のテーマを話すというもの。これ、文学部全体に共通する古くからの伝統らしいですね。もちろん、その分野の専門知識のない学生を対象として基本的な説明に時間を割きはしますが、先生の方も大変ではないかと思いますが……
その辺の雰囲気もようやく分かってきたところです。

 ~~~

何度か繰り返してきた話になりますが、油画修復の大家であり、私どもが3年生の頃まで愛知県芸油画専攻の客員教授を務めていた歌田眞介先生は、日本洋画の抱える問題――何よりもまず、技法的な基礎をおろそかにしてきたこと――を黒田清輝に遡るものと見ていました。これはかなりの部分、東京藝大油画科が「自分たちにろくな教育をしてくれなかった」という思いがあればこそ、開祖たる黒田が標的となっていたのではないかと思われますが……
対して、高橋由一に関しては(昔はあまり良いと思っていなかった、とも言いつつ)かなりの評価を下し、由一の研究プロジェクトにも深く関わっていました。

由一の代表作で、美術の教科書でもお馴染みの《鮭》などは、技法的にもきわめて優れたものであると。

高橋由一《鮭》
 高橋由一《鮭》

他方で、こんな縦長の絵は本来の西洋絵画にはありません。
柱にかけるためにこの形にしたという説もありますが、その発想自体が西洋絵画にはないものです。
(もっとも、東京藝大所蔵の最も有名なバージョンは120cmもあるとのことなので、柱にかけるには大きいようにも思われます。このサイズはむしろ掛け軸に近いでしょう)
つい最近中公新書で刊行された由一のモノグラフも、まずはこれらの点から始めています。

 最近、「写真みたいに」描かれたリアルな絵が流行っている。《鮭》はその元祖ということになる。しかし、由一の油絵の特徴は、「写真みたいに」というよりも「触ってみたくなる」迫真性を感じるところにある。どこが違うかというと、写真はレンズを通して光を分解し、変換したものを写した光学的な画像なので、写しだされた画像には凹凸がない。ところが、上に挙げた《鮭》のリアルな質感は、油絵の具の質感をそのまま利用して、時にはたっぷりと盛り上げ、ザラザラしたところは本当に油絵の具をザラザラさせることによって作り上げられている。つまり、写真そっくりに描かれているのではなく本物そっくりに描かれていることが、この作品の重要な点である。
 さらに大切なことは、このような特徴をもつ作品は西洋美術の伝統を見渡しても探せないということだ。とりわけ、紙を支持体とする細長い画面は、まさにこの鮭を描くために作られたことが明らかで、モチーフの姿に合わせて画面の形やサイズを決めているところなどは、常識的な西洋の静物画には見られない。
 (古田亮『高橋由一――日本洋画の父』pp.ii-iii)


由一の作品はもっぱら静物・肖像・風景で、物語性のある作品はありません。しかしそれは、由一が油絵を記録という「実用に供する」ものとして考えていたからです。

(……)洋画は、事物を記録に残すという点でもっとも優れた存在であり、それが人々の役に立ち、ひいては国の役に立つことにつながる。それが由一の考えていた洋画である美術であったということができる。
 なぜ吊された鮭が描かれ、なぜ花魁が描かれ、なぜ無造作に置かれた甲冑武具が描かれ、なぜ東北の風景が描かれたのか。その答えはすべて、由一の洋画普及事業という文脈のなかに見出すことができるだろう。
 (同書、p.iv)


「記録のための絵画」などというと、現代的考えからすれば「芸術性」を欠いているように思われますが、新巻鮭の絵が強烈な力を持つものであることを見れば、そうとも言えないことが分かります。
さらに本書には、情報のほとんどない中で洋画を学ぼうと執念を注ぎ、日本ではいち早く美術館までも構想した由一という人物の伝記が描かれます。
彼の洋画普及事業が必ずしも成功しなかったことは、もしかしたら日本洋画の不運だったのかも知れないと、かなり歌田先生流の史観に傾きつつ――

高橋由一 (中公新書)高橋由一 (中公新書)
(2012/04/24)
古田 亮

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絵巻物の超展開

愛知県芸時代、日本美術史の演習で《吉備大臣入唐絵巻(きびのおとどにっとうえまき)を読んだことがあります(現物のくずし字を)。

吉備大臣入唐絵巻 知られざる古代中世一千年史吉備大臣入唐絵巻 知られざる古代中世一千年史
(2009/11/11)
倉西裕子

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当の作品はこちら↓

吉備大臣入唐絵巻 (日本の絵巻)吉備大臣入唐絵巻 (日本の絵巻)
(1987/06)
小松 茂美

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遣唐使として唐に渡った吉備真備が活躍する物語ですが……この内容がなかなか凄い。
まず、史実では真備とともに遣唐使として派遣され、かの地で一生を終えたはずの阿倍仲麻呂なぜか唐人に殺されて鬼(=幽霊)となって登場します。

 この物語はフィクションです。実際の人物・団体・事件・国際政治等には一切関係ありません。

その後の内容もかなりのものです。何しろ、どうやって牢から脱出するかと問われて真備、「われ飛行自在の術を知れり」
空を飛んでいるビジュアル等と合わせて、いかにも漫画的な感覚です(別にご都合主義でいい加減な展開だとバカにする意味ではなく)。

私としては、現代のアニメや漫画、あるいはライトノベル(文章に絵が付いているという意味ではこちらが近いのでしょうか)をこうした作品と結び付ける発想にただちに与するわけではないものの、こういうのを見るとなにやら通じるものをは感じたくもなります。

ちなみに、この絵巻において「唐人」は基本的に悪役で、真備を牢に幽閉し、文書(『文選』)を読ませたり囲碁で勝負したりして試して、恥じをかかせようとします。
この物語はフィクションであるものの、とかく唐人に舐められないような存在にならねば、という平安の読者の感覚をここに読み取ることはあながち見当違いでもないでしょう。
遣唐使から無事帰国し、後に日本で出世したほぼ唯一の人物である吉備真備が主人公に選ばれているのも、おそらくそのためと思われます。

 ~~~

今読んでいる本。

昆虫食入門 (平凡社新書)昆虫食入門 (平凡社新書)
(2012/04/15)
内山 昭一

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著者の肩書きからしてまず「昆虫料理研究家」とあります。
各国の昆虫料理やら、様々な虫の味の評価表やら、昆虫食に対する人々の意識やら、漫画や映画に描かれる昆虫食の描写やら……と話題は多岐に渡ります。
私も長野に行くとしばしば蜂の子イナゴを買って来ますが……

虫寿司

こんな風に料理(この場合は寿司)に虫を組み込まれるとかえって食欲が失せる気がするのは気のせいでしょうか。

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(大したことは書けませんが)

先日の記事の最後は「微妙な違い」の話になりました。
そんな「微妙な違い」を描き続けた20世紀の画家がいました。

ジョルジョ・モランディはほとんど壜の静物画という地味なものばかりを描き続けた画家で、「現代アート」と言ってすぐ連想されるようなトリッキー表現はありません。
 イメージはこちらを→ジョルジョ・モランディ

岡田温司氏は日本でも数少ないモランディについてのまとまった著作を書いている方ですが、氏はそんなモランディの作品を「反復」というキーワードで捉えています。

ジョルジョ・モランディ-人と芸術 (平凡社新書)ジョルジョ・モランディ-人と芸術 (平凡社新書)
(2011/03/16)
岡田 温司

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本書の帯のコピーからして「同じに見えて、そうでないもの。わずかなちがいを愉しむための、極上のレッスンがここにある。」です。

 片時も止まることなく絶えず変化しつづけることを、その信条としていたエネルギッシュな画家がいる。一方、絵から出発したものの、ほどなくして描くことを断念してしまい、その後は、みずから進んでチェスに興じていたアイロニカルな画家がいる。そして、生涯をイタリアの一地方都市に送り、みすぼらしい壺や壜をひたすら描きつづけた修道士のような画家がいる。
 その三人とは、もちろん、パブロ・ピカソ(一八八一-一九七三)、マルセル・デュシャン(一八八七-一九六八)、ジョルジョ・モランディ(一八九○-一九六四)のことである。生没年に若干の開きはあるものの、いずれもほぼ同世代で、めまぐるしく展開していった二十世紀ののアート・シーンを、それぞれ三者三様のやり方で生き抜いた芸術家たちである。
 (……)あえて乱暴に、三人の芸術の本質をひとことで要約するなら、それぞれ、「変化」、「放棄」、「反復」と言い換えてもいいだろう。さらに、それぞれに芸術の理念を、やはりひとことで述べるなら、順に「独創性(オリジナリティ)」、「皮肉(アイロニー)」、「手仕事(メチエ)」ということになるだろう。
 (岡田温司『ジョルジョ・モランディ 人と芸術』、平凡社新書、2011、pp.7-8)


本書はモランディの生涯、制作方法、作品分析などを新書というコンパクトな形にした良書です。現代思想などを参照しつつ「反復」という主題について触れている箇所もあります(今その辺に触れている余力はありませんが)。

しかし、日本で予定されていたモランディ展は震災の影響で現在延期となっているようで、これは残念。
                           (芸術学4年T.Y.)

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プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
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