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果たして喜んでいられるものか…

オリンピック東京開催が決定……ということで、素直に喜んでいる方には申し訳ないのですが、どうも疑問を禁じえません。
猪瀬都知事の五輪憲章に違反(他の開催候補国を批判)した発言などを思い出して、あの時点で辞退しなかったの? 謝れば許されるの? などと考えてしまいます。

まあ、それはさておくとしても、「福島は開催地東京から250kmも離れているから安全だ」と安倍総理が言った件です。
これって、ホストが自分で言うことでしょうか。

おまけに、何かというと宣伝されるのは「経済効果何兆円」と、要するに金の話ばかり

喩えるなら、「家の裏ではヤバいことになっていますが、客間に直接の害はございません。どうぞいらしてください」で、しかも漫画的表現をすると目がドルマークになっている。
「客間に害があろうがなかろうが、まず家のことを片付けてから客を呼べ」と思わないでしょうか。

 ~~~

そもそも原発事故に関しては、漏れているのに気付いていませんでしたとか、放射線量が当初の発表よりもずっと多いことが判明しましたとかいう話が続き、東電も政府も事故の実情を把握するのに失敗し続けてきました。
このことは直接害の及ばない海外の人々からも批判を受け、まず実態把握に努めるべきだと言われているのに……

もう旧聞に属する話の上、いささか品のない話ですが、こんなこともありました。

 事故発生から六日目の二〇一一年三月十六日、その前日、前々日と連続して福島第一原発性門付近で中性子線が検出された、
「中性子線は核分裂が起きた時に出てくるが、(中性子の)検出の原因は不明」
 と東電は発表した。
 もちろん大手メディアも、その文言どおり流す。
 不謹慎を承知で書く。大本営発表をそのまま垂れ流す新聞・テレビなどの大手メディアの不謹慎ぶりに比べれば、わたしのそれなど、0.0001マイクロシーベルトにも満たない些細なものだと思うからだ。
「精液は射精が起きた時に出てくるが、(精液の)検出の原因は不明」
 勢いよく射精して、飛び散っちゃったんだよ、ば~か。
 そこまで自国民をコケにする気か。
 (森巣博『日本を滅ぼす〈世間の良識〉」』、講談社、2011、p.177)


 (当該の記事

こういうのを見ると、非常に有名な2ちゃんねるのコピペ(コピー&ペーストの略、転じてコピーされてあちこちに広まったネタのこと)を思い出します(初出は2004年)。

シコシコして逝く瞬間にティッシュを取ろうと
思ったのですが1枚もありません。
チンコの皮を思いっきり引っ張り皮の中に精子を
貯めトイレにダッシュしたのですが段差でつまづき
精子を廊下にブチ撒けた瞬間に母に見つかりました。
慌ててカルピスを溢したと言い訳したのですが
どう見ても精子です。
本当にありがとうございました


今となっては出典は半ば忘れられた状態で「どう見ても○○です。本当にありがとうございました」の二文のみが広く普及したネットスラングになっていますが……

「どう見ても精子」であってもまだ「精子が検出された原因は不明」と言い張るとは、厚かましさで上には上がいたということでしょうか。

日本を滅ぼす〈世間の良識〉 (講談社現代新書)日本を滅ぼす〈世間の良識〉 (講談社現代新書)
(2011/10/18)
森巣 博

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続・選挙公報

雲に夕陽が当たっていい感じになっていたのでカメラを向けていたところ、トンビがくるりと輪を描いた~と歌われる通りにが飛んでいたので、まとめてシャッターに収めてみました。画面上には白い月も見えます。

雲、月、鳶

鴨川の河原で弁当を開くと鳶に襲われる、という噂も聞きましたが……

 ~~~

選挙公報の話は二度目ですが、公報を見ていると、改憲とか増税とかに関しては、反対する党ははっきり「反対」を掲げますが、推進する側はあまり堂々とは掲げません。こと増税に関しては当然で、「増税します」と言われて票を入れたがる人はあまりいないでしょうから。
こと、自民党の比例代表のページなどを見ると、ほとんど具体的なことは書いていません。候補者の顔と名前が並んでいて、各候補者のところにあるのはほとんど当たり障りの無い(理念としては異論の余地のない)ことばかりです。
あまり大胆な大勝負に出なくても勝てるという読みならば、それで正解でしょう。

選挙区の個人候補者のページには、もう少し色々あります。
私のところの京都府選挙区では、一番大きく「憲法9条を改正します」と掲げているのは幸福実現党です。幸福実現党の比例代表ページでは第一に「国防強化」とあるので、だいたい分かりますね。他方でこの党、消費税増税反対という点では自民党と対立するのですが…

自民党候補の場合、「自主防衛と集団的自衛権の行使の容認」とあります。
しかし、「集団的自衛権」とは何でしょうか。
自国が侵略された時に抵抗するのは「個別的自衛権」に属する事柄です。
そして、日本国憲法9条の下敷き(元ネタ)はパリ不戦条約(1928年)であって、当時はっきりと条約の起草者によって、この条約は「自衛のための戦争は否定しない」ことが明言されています。つまり、現行憲法下でも自衛に関しては問題ないはずなのです。
なぜ「現行憲法では国を守れない」のか明確な説明を聞きませんし、もし仮に現状では国防上問題があるとしたら、憲法レベル以外に問うべきことがあるのではないでしょうか。

仮に、上述の憲法解釈に異存があるとして、少なくとも集団的自衛権は(定義により)自国の領土や国民を守ることとは関係がありません。

「軍事同盟を結んでいるから、同盟国に助太刀しなければならない」という「義務」がある、ならば分かります。
しかし、わざわざ助太刀に行く「権利」がなぜ欲しいのでしょうか。

現在の日本がそんな権利を手に入れてやることと言えば、アメリカの行う戦争に参加することしかありません。
イラク派兵にしても、日本の国土には直接影響のない戦争に自衛隊を送ることには色々と言い訳が必要でしたが、これをもっと堂々とやりたい、ということでしょう(しかも結局、そもそもアメリカが戦争を始めた理由である「大量破壊兵器」は嘘でした)。
スペインではイラク派兵が原因で列車爆破テロが起こったという例もあり、頼まれる以上にアメリカの戦争に付き合って回ることで何のいいことがあるのかと思いますが、そうしたいのでしょう。

選挙公約に戻ると、後は、打出党(どうも、一人だけの政党らしい)は憲法96条の改正を主張していますが、この党(人)は「租税の廃止」を主張しているほどのぶっ飛び具合なので、あまりに批判する気にもなりません。そっとしておきましょう。


改めて比例代表のページに戻ると、緑の党日本共産党みどりの風は「96条改正反対」を主張(共産党は9条改憲反対の方を大きく掲げています)、社民党は「改憲を阻止」とのみ言っています。
公明党は「憲法の平和主義や非核三原則を守り」とあります。
TPP参加反対、消費税増税反対となるともっと多くの党が主張していて、あまり代わり映えしません。

「東日本大震災からの復興を急げ」と真っ先に大きく掲げているのは公明党です。
その他、社民党は「『生活再建』で一刻も早い被災地の再生を」、緑の党は「福島を忘れない」と。緑の風も、候補者の一人のところに「福島原発事故の被曝からいのちを守る」とあります。みんなの党は「東北から未来を変える! 復興を超えて創造へ」といっそうポジティブなようでもあり、復興とは少しニュアンスを異にするようにも見える微妙な表現です。
他の党にとっては、震災と原発事故はもう「済んだこと」なのでしょうか…?

1. 復興はもう済んだことであり、復興を果たした民主党はもっと評価されて良い
2. 復興はもう済んだが、それは政権が無能でも復興できる程度の、もともと大した災害ではなかったから
3. 復興はまだ済んでいないが、目を背けている

この3つのどれか1つだと、かねてから言ってきた通りです。


緑の党は、「脱原発を実現したドイツ『緑の党』と連携」とありますが、実際にはドイツは原発大国フランスから電力を買っているということを考えると、かえって不安に思えないでもなし。


ところで、維新の会の候補者のところには「京都からKYOTOへ」とありますが、大きなお世話だ、と言いたい。
ローマ字がそんなに偉いのか。


結局、党の数が多い割には代わり映えしないと思われるかも知れません。多分その通りです。

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ゾンビが跋扈している…

学問の世界にも「ゾンビ」がいます。
つまり、間違いを指摘されても、そもそもその指摘を理解できない人には意味がありませんから、本来「死んでいる」はずの考えがいつまでも生き残るのです。

もちろん、どこの学会にも変な人はいますし、一人や二人基本のなっていない人がとんでもないことを主張していたところで、どこにでもあることと言う他ありません。
ただ、それに同意する人が一定数存在して、影響力を持つとおかしなことになってきます。

以下の本は、まさにそんな話です。

ゾンビ経済学: 死に損ないの5つの経済思想ゾンビ経済学: 死に損ないの5つの経済思想
(2012/11/08)
ジョン クイギン

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本書で取り上げられる「ゾンビ」――つまり「実はもう死んでいる経済学説」は以下の5つです。

● 大中庸時代:一九八五年に始まる次期は、前代未聞のマクロ経済安定の時期だったという発想
● 効率的誌上仮説:金融市場がつける価格はあらゆる投資の価値に関する限り最高の推計なのだという発想
● 動学的確率的一般均衡(DSGE):マクロ経済分析は、防疫終始や債務水準といったマクロ指標的などを気にすべきではなく、個人の行動に関するミクロ経済的モデルから厳密に導かれるべきだという発想
● トリクルダウン経済:金持ちにとって有益な政策は、最終的には万人の役に立つという発想
● 民営化:いま政府が行っているあらゆる機能は、民間企業のほうがうまくこなすという発想
 (ジョン・クイギン『ゾンビ経済学 死に損ないの5つの経済思想』山形浩生訳、筑摩書房、2012、p.13)


先に言っておきますと、本書の若干の難点は訳者もあとがきで表明している通り、まず以下の点があります。

 不満はある。ゾンビというからには、墓場から蘇った後で華々しく活躍してほしいところだ。通常のゾンビ映画では、ゾンビ役は映画の始まり時点ですでに墓場に入っている。遅い場合でも、タイトルバックか最初の一〇分で墓場におさまり、そして三〇分後に墓場から出てきて、一時間くらいは仲間を増やしたり悪役や女の子を襲ったりして愛嬌をふりまくのが定石だ。
 ところが本書では、こうした思想の死はほぼすべてが二〇〇八年金融危機で、誕生から死ぬまでが各章の九割をしめる。その後の復活編はどこかのブログに言い訳がましいことが書かれているとか、論文が一本くらい出たとか、そのくらいに留まり、全体のわずか一割だ。あんまりゾンビとしての活躍がない。ゾンビ思想というよりは、ゾンビになりそうな経済思想というほうが正しいかもしれない。
 (「訳者あとがき」、同書、p.286)


ただし、上の5つの中に現在の日本でも政策決定に当たって幅を利かせているものがあることを考えれば、「ゾンビ化している」ことの証明としては十分かも知れません。
そして、この本の議論を突き付けたところで、政策を実行している者達は考えを改めはしないでしょう。
そもそも、本当に信じて実行しているとも限らないのです。たとえば「トリクルダウン経済」の場合、それを信じているわけではなく、実は自分たち金持ちを優遇するのが最初から目的ということはないでしょうか?

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上手くいかないのは誰のせい

3日ほど前の記事「伸び続けたらどうなってしまうのか」の続きのようなものです。

現在「アベノミクス」と呼ばれている政策ですが、金融緩和とか財政出動(公共投資)というのは過去にも政府と日銀がたっぷり行ってきたことです。その結果として今や日本の銀行預金の金利はないも同然これ以上何を緩和するのかと思うくらいです。
それでも安倍総理の考えとしては、「まだ足りなかったから、十分な成果が出ていない」ということのようです。

引き際、という言葉が頭をよぎるのは気のせいでしょうか。

「今までが足りなかったから、もっとやればいずれ成果が出る」から「今までのやり方は間違っていたのだから、今すぐやめるべき」に転換するポイントはどの辺でしょうか。
少なくとも、『日本経済の奇妙な常識』の吉本佳生氏や『経済学の犯罪』の佐伯啓思氏は、今までの「構造改革」「金融緩和」「円高対策」の“成果”こそが現在の停滞だと見なしています(「実は「想定通り」なのではないか…(「間違っている」のは誰か?)」も参照)。

どちらが正しいか、という前に、一つの分岐点として、たとえばリーマンショックを「ひとごと」だと思うかどうかがあるのではないか、という気がします。
「ひとごと」というのは「対岸の火事」ということではなく、「日本も被害は被ったが、リーマンショックを引き起こしたのは“アメリカの問題”だ」という考えのことです。
リーマンショックが起きてからまだ5年も経っていませんから、「失われた10年」とか「20年」とかを全てそのせいにはできませんが、少なくともここ4年半のことに関しては「日本のやっていることは間違っておらず、このままなら上手くいくところだったのに、リーマンショックによって水を差された」と考えることも可能です。
――リーマンショックが起こったことに日本の責任がないとすれば。

しかし、たとえば「円高対策」として円を売りドルを買うことは、その買ったドルを運用することで、結果的にはアメリカの市場に大きな影響を与える行為です。
吉本氏は、それが少なくともリーマンショックの遠因の一つではあると考えています。
もしそうであるとすれば、これまでの「構造改革」「金融緩和」「円高対策」をさらに続けることはリーマンショックの原因を続けることであり、第2のリーマンショックを目指すことです。
そう考えるならば、それをこれ以上続けようとは思わないでしょう。

アメリカ発の経済危機は「われわれのなした問題」だと思うかどうか――まずはそこです。

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伸び続けたらどうなってしまうのか

今回も引用から。

 たとえば、経済がものすごく成長して、世界のGDP合計額(ドル換算)と地球に存在する元素の数が一緒になってしまったとしよう。つまり、元素、またはプロトン(陽子)でもいいが、の平均価格が1ドルになるということだ。あり得ないような話だが、年率3.5%で世界経済が成長していくと、2000年以内にこのあり得ない世界が到来する。
 この「地球サイズのGDP」の額は、なんと36兆垓垓円(1垓は1兆の1億倍)。ちなみに現在の世界のGDP合計額はおよそ6000兆円である。子孫の生きるこの巨大な経済はいったい、どんなものなのだろう?
 たとえば、卵の価格はどうなっているか。1プロトンが1ドルの世界なのだから、単純に卵のプロトン数に1ドルを掛ければよい。卵1個のプロトン数は3000万垓個だから、答えはおよそ3000万垓ドル。現在と同じような鶏から生まれた単なる卵なのに! 卵だけが莫大な金額になるのではない。Tシャツもトイレット・ペーパーも、BMWも同じ倍数で価格が上がる。つまりとんでもないインフレが発生するということだ。これが社会にとってどんな意味を持つというのだろう?
 インフレ調性によって、日常品の価格は現在とそんなに変わらないという可能性もある。これは歴史が証明していることだ。たとえば、フォードが1920年代に販売したモデルTは、今日のファミリー向け車両と同じくらいの価格帯である。散髪やレストランでの食事、医療サービスなども、今日とそんなに変わらない程度に抑えられる可能性がある。相対的には、散髪はiPOD1台分より高くならない範囲に抑えられる可能性があるということだ。
 しかし問題は、これら日常品の価格を合計した金額が「地球サイズのGDP」では事実上ゼロ%に近くなってしまうということだ。裏返せば、価格上昇が抑えられた日常品を除く99%以上の物品の価格が、ダイヤモンドのように高価になってしまうということである。卵との差が、何十億倍にもなってしまうのだ。
 つまり、日常用の物品やサービス以外のGDP構成品目の価格が何兆倍にもなってしまう、それらを手にできる人々はスーパーリッチ独裁者のみ、という世界になるということだ。このような状況を生み出すイノベーションが健全なものであるとは断言できない。
 もっと言うと、こんなGDP成長を作り出す「ストーリー」は、人々の日常生活ではなく、し好品や特殊な娯楽、武器など、エリート層のみが関係するものになる可能性がある。私やあなたのような普通の人々が手にできるモノの合計額は、無視されるほど小さいのだから。こんなGDP成長は、果たして社会に貢献するだろうか? 明らかに答えはノーだ。
 (アンドリュー・J・サター『経済成長神話の終わり 減成長と日本の希望』中村起子訳、講談社、2012、p.103-105)


もし「経済成長」などというものが続けば、いずれこうなります。
しかも、その「成長」の中で日用品のインフレが抑えられるのであれば、「子供の小遣いで世界中の食料を買い占められる」ようなごく少数の富裕層の贅沢が数値の上では「経済」の全てになってしまいます。

引用文で卵が例に出ているのはちょうどいいことで、少なくとも日本では、卵は「物価の優等生」と言われているのですね。
しかし、そんな一部贅沢品のインフレが進んだ世界では、卵なんか作っている限り金銭的に豊かになれる見込みはありません。

多くの日用品を作る産業に従事している人の立場は――つまるところ、「庶民」の立場はいかなるものになるのでしょうか?

そうした圧倒的な貧富の差を避けようと思ったら、後は土地を国有化して、農業者の給料を国が払うしかないでしょう。
旧ソ連や中国の通った道です。

これは必ずしも冗談ではありません。

 二〇〇八年のリーマン・ショック以後、世界経済が少しは持ち直した理由の一つは中国の立ち直りが速かったからである。中国が世界の景気の底を支えたのだ。(……)
 どうしてそのようなことが可能なのか。それは中国が自由・民主主義国ではないからである。中国経済を根底において管理しているのは共産主義体制である。
 為替を管理し、金融市場を管理し、独裁的な強力な政府によって十分な税収が確保されるという変則的な経済のおかげで中国経済は未曾有の成長を遂げ、しかもリーマン・ショック以後の世界経済を支えたことになる。
 (佐伯啓思『経済学の犯罪 稀少性の経済から過剰性の経済へ』、講談社、2012、pp.53-54)


だいぶ市場の自由化が進んだ中国の現状がどれだけ「共産主義」に負っていると言えるかは微妙な問題ですが、少なくとも為替管理・金融管理によって中国がバブルから距離を取っているというのは間違いではありません。

さらに言うと、最初の引用文でサターは、「経済成長」によって高騰するのは「し好品や特殊な娯楽、武器など」と考えています。
しかし実情は少し違うかも知れません。

現状すでに、「アベノミクス」によって株価が上昇している、と言います。
これを一番に素直に考えるならば、金融緩和によって世の中に出回るお金を増やす政策を行った結果、その分のお金が株式市場に流れた、と考えるべきではないでしょうか。
結局このまま、流通量が増えたお金のほとんどは金融市場に流れてしまい、一部のギャブルに成功した投資家しか得をしない、というのは悪い可能性の一つとして、十分考えられます。

その結果はふたたびバブルとその崩壊です。

「物価上昇2%を目標にする」と言ったところで、何の価格が上がるのか、誰が保証してくれるというのでしょう。
末端の血行が悪いまま血圧ばかり上げたらどうなるかご存知でしょう。


なぜそこまでして「経済成長」をなさねばならないか、というのが『経済学の犯罪』の指摘のなかなか面白いところで、この本の前半は現代経済の問題を論じていますが、第5章「アダム・スミスを再考する」からは経済思想史に入ります。それはたんに「グローバル経済」の祖をスミスに見るのが間違っているという指摘のみならず、そもそも貨幣とは何かという根源的考察です。ここではモースの『贈与論』などの文化人類学的研究も登場します。
現在主流の新古典派経済学が「貨幣」の存在についてほとんど考えることができていないという指摘は、根拠付けを欠いた知の脆弱さを示しており興味深いところですが……それはさておき。
結局、佐伯氏の結論は、人は貨幣を蓄積する傾向を持つがゆえに、自ずから経済は縮小する、それを帳消しにするために破壊的な消費、もしくは経済成長が求められる、というものです。

その上で佐伯氏は「脱成長」というよりも、「成長主義」という強迫観念を脱するという意味での「脱成長主義」を唱えますが、同時にそれが困難であり、痛みもあることを主張します。
それでも、いつまでも「成長」を唱えているのが正しいのか、その果てはどうなってしまうのか、伸びればいいのか、ということは考えておくべきことでしょう。


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プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
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