今年も恒例の

気が付けば開催期間は明日(10日)までですが、愛知芸術文化センター8階のギャラリーで開催中の愛知県立芸術大学卒業・修了制作展の様子を少々。
以下の写真を見ると、各専攻から1~数作品ずつですが、それが必ずしも私の選ぶ各選考のベストというわけではありません。ただ、何らかの形で目に付いたものを。

日本画で抽象画はしばしば見かけますが、立体の域に踏み込んでいるのは結構珍しいですね(下の写真右)。

卒展2014 1

↓油画では立体に踏み込んだものも結構あります。時として彫刻との境が曖昧で、専攻区分について考えさせる一因になります。

卒展2014 2

彫刻ではこちら↓がとりわけ目を引いた作品です。誰と話してもこれは好評な作品ですね。自転車を覆う付着物の表面は、松ぼっくりのかさを剥がして貼り付けています。
フジツボのような生物に侵食される人工物という趣を感じますし、なかなかに手も込んでいます。

卒展2014 3

デザインは毎年、結構ファインアート的な作品も多くて、悪くはないが「デザイン」としてはどうなのか……と考えたりします。これまた専攻区分を問い直す理由になるかも知れませんが。
そんな中、毎年一つ二つはあるタイポグラフィデザインは実用性がはっきりしていて、しかも結構良作が多い気がしますね。
こちら↓は名書家の書に基づいた平仮名のフォントデザイン。

卒展2014 7

後は、この蛇ファッションなどなかなか印象的でした。
ウロコや蛇の頭をよく再現した(蛇の抜け殻をスキャンしたとか)タイツが強烈です(もっとも人と話していて、「靴を履くと蛇の頭が見えなくなる」という欠点を指摘されましたが……)。

卒展2014 5

卒展2014 6

陶磁だと、普段の生活で縁のない大皿や壷より、セラミックの方に実用性を感じてしまいますが……大きさの違う器を重ねて収納すると薔薇の花のようになるという趣向はなかなか。

卒展2014 4

それから、動かせない作品、ギャラリーに持ち込み禁止の土砂や生物を用いた作品は大学資料館の方で展示しています。
これ↓は別に動物ではなく木彫りですが……

卒展2014 8

卒展2014 9

それからこちら。

卒展2014 10

卒展2014 11

少し分かりにくいかも知れませんが、実は撥水素材でコンクリート面に絵を描き、そこに水を撒くことにより、水で絵が浮かび上がる仕様なのです。
しかも、それが水溜りとそこに映る木をトレースしています。

 ~~~

一つの記事に詰め込みすぎも何ですが、特撮TVドラマについても軽く。

『列車戦隊トッキュウジャー』では、レインボーラインの乗車パスを使うと買い物ができるものの、その金額は後で支払ってもらう、とのこと。しかしどういう形で「支払う」のかは説明のないままでした。
それから、レインボーラインの列車(「烈車」)はイマジネーションのある者(多くは子供)にしか見えないのだとか。だから現実の鉄道路線を走っていても人々からは気にされないのですね。

ついでに、私は「トッキュウジャーの乗る列車と巨大ロボになる列車は別」等と言いましたが、別ではないですね。
普段は連結して走っており、そこにトッキュウジャー一同が乗っています。
分離して走ってくる場面がないので混乱しましたが。それと、彼らが普段その中で過ごしている戦闘車両はいずれの色でもないので別……なのでしょうか。


『仮面ライダー鎧武』――ユグドラシルコーポレーションの主任である貴虎も、「悪いことを悪いと言える」紘汰の真っ直ぐさに心を動かされているところがある模様。
しかし、そんな青臭さが我慢ならないシドは紘汰を始末しようとします。
その上、シドは一般人にロックシードをばら撒き、積極的にインベス事件を起こさせることで、ヘルヘイムは放っておいても侵略してくるという真相を隠蔽しようとしていました。これは「街の人たちを守る」という紘汰たちの考えとは対立します。
曰く、ユグドラシルの目的は世界を守ること――沢芽市という一つの街くらい、必要とあれば犠牲にしても。
それを認めない紘汰の青臭さこそ、シドの嫌うものです。

ジンバーレモンの力でシド=仮面ライダーシグルドを追い詰める紘汰ですが、光実は紘汰に気取られないよう姿を隠しつつ、シドを助けて逃がします。
ユグドラシルの計画には賛同しつつ、紘汰を初めとするチーム鎧武の仲間たちをも大切にしたい――このような光実の指針のブレは、理想は持ちながらそのためにどうしたら良いのか分からないでいる紘汰の迷いとは別種です。それぞれの目的のために行動することには迷わずにいながら、矛盾する異なる目的の間で板挟みになっているわけですから。毎度のことながら、そこに危うさを見ずにはいられません。

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このカテゴリも久々

今日は人に書類を渡すだけですが大学に行き…午後、名古屋市美術館のゴッホ展を見てきました。まあ我が家から見て大学とは反対方向なので、「寄ってきた」というわけには行きませんが…
何しろ終了間際なのでチャンスはこれしかありません。土日になればもっと混みそうですし…
平日でも混んでいるかと覚悟しましたが、まあ当日券を買うのに十数分並んで、後はそのまま入れる程度でした。

ゴッホの塗りは実に迷いがありませんね。筆触による絵具の盛り上がりがほとんどそのままモチーフの形になっています。かなり計画的に、あまり途中修正せず描いているのがよく分かります。整然は周囲から「速く描きすぎる」と批判されていたというのも納得です。
ゴーギャンとの共同生活の頃から輪郭線が目立ってくるのは、やはりゴーギャンの影響でしょうか。初期作品では、むしろデッサンの方にこの輪郭の強さがよく見て取れるように思えますね。

さて、会場では小学校低学年くらいの小さな子供のいる親子連れを結構見かけました。
色々親に話を聞いていたり、眠そうにしていたり、ハイペースで見て行って椅子に座って保護者を待っていたりと色んな子がいますが…ふと気になったのは、小さい子の目線の高さから油絵を見上げると、思い切り照明が反射して光って、絵の内容はほとんど見えなくなるんですよね。私はよく、しゃがんでこの高さから見上げることで、表面の凹凸を観察していますが。
まあ、光るのは正面から見たときだけで、左右に位置をずらせばこれは避けられますが。ただ人が多いだけに、自由に動き回って位置取りできるかどうかは微妙な気もしますけどね。
こういうことも配慮が必要かも知れませんね。


P.S. 政治の話は程ほどにしようと思いつつ…

 養老〔孟司〕 われわれの世代と団塊の世代が明らかに違うと思うのは、やはりその社会的な感覚です。私からみると、彼らは団子になって行動する癖がある。あの学生運動がまさにそうでした。
 渡部〔昇一〕 そうです。団塊の世代は、とにかく会議好き。全共闘といえば、会議ばかりしていたでしょう。
 養老 たしかに団交(団体交渉)というのは、一種の会議といえなくもない。(笑)
 渡部 自分が責任をもつ、というリーダーが出てくればいいけれど、誰も責任を取ろうとしない。そのわりに、いうことだけはいうわけです。世界で革命をやった人たちというのは、独裁者が出るまでは会議ばかりしていたのではないですが。(笑)
 養老 あまりに能率が悪いから、独裁者が必要になったあと(笑)。それはありますね。
  (渡部昇一・養老孟司(対談)「『革命ごっこ世代』はさっさと引退しなさい」『Voice』2011年4月号、PHP、p.109)


団塊と世代と一口に言っても皆がそうとは言いませんが、鳩山由紀夫・菅直人・仙石由人が見事にこの世代で(仙石は元全共闘)、未だに義捐金の分配方法が決まらず被災地に届いていない、などという話を聞くと、これは悪い意味で本当なのかと思わざるを得ません。
                           (芸術学4年T.Y.)

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THE SIX、および顔と名前の記憶

と言う訳でTHE SIX、行って来ました。それなりにじっくり見て、作家の方々自身によるプレゼンテーションを聞いたりもしましたが、これだけ見るとそのまま帰りました。忙しいとか疲れてるとか、他にそれ程見たいものがないとか色々あったとは言え、慌ただしいことです。

別に統計を取った訳ではなく、去年と合わせての印象で言いますけれど、ハイテクを使ったり大掛かりなセッティングをしたりしている作品は多摩美か武蔵野美(特に多摩)に多いような気がします。その点本学は、使っている材料はシンプルなのが多いですね。(内容の良し悪しの問題ではありません。でも山の中で大人しくやっている本学のイメージに合いすぎ)繰り返しになりますけど、公募展の作品自体平面作品――要するに普通の絵が多かったですし。そこでTHE SIXを見てみると、映像・立体・インスタレーションの比率がかなり高い印象が(作品1つ辺りが大掛かりでインパクトの大きいのが多いせいかも知れませんが)。

そして――本学から出展している作家の方にも会いました。しかし、向こうから話しかけられたのですが、私は相手が誰だか思い出せない…
「ぱるけ」の時と今回とで2度も作品と名前を見ればそれは覚えていますし、狭い学校内のこと、他にも名前を見かける機会はありましたから、「○○を出展してます」と言われれば分かります。しかし、本人と直接に関わり合った覚えがない。私の方は本人が目立つので、学内で人に覚えられていることは珍しくもありませんが、こちらが相手の顔を覚えていませんし、見覚えがある相手でも名前を聞いていないことはざらです。
そもそも、油画のアトリエで自画像を描いている中に入って思ったことではあるんですが、絵が上手く描かれてはいても、その絵の顔と現実のモデルの顔がなかなか結び付けられないんですね、私は。イーゼルの前に本人が座っているのを見てようやく気付きます。そして同じ理屈で、昨日見た顔と今日見ている顔もなかなか結び付かないのではないかと。――まあ名前を聞いていないのは私自身に原因がありますが。

何の話をしていたのか分からなくなって来ましたが。
なお、「写真撮影はフラッシュを点けずにお願いします」とあって、撮影自体はしても良いようですが(ギャラリーは割とそういうことが多いです)、それを公開しても良いかどうかは聞くのを忘れました。まあ、とりあえずやめておきます。
                           (芸術学2年T.Y.)

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トリック・アートと中学生(?)

もう特に言うこともなければいちいち報告しない、と思ったんですが、そう思うと言うことができたりしますね。
今日は集中講義がなかったんで、豊橋市美術博物館の《トリック・アートの世界》展に言って来ました。

タイトル通り、いつぞやの「だまし絵」展と同じような、騙されるような視覚効果を狙ったアートが中心です(「だまし絵」展と共通する作家もいました)。立体作品や古典絵画のパロディ作品も結構ありました。
出展作品数から言うと小さい展覧会なんですが、面白いですね。日本の現代作家(と言っても、戦前生まれの世代が多かったと思いますが)が多くて、この分野に詳しくない私としては一気に注目したい名前が増えました(そもそも「日本の現代アート」をまとまった形で取り上げた解説書や入門書はそんなにないように思いますし)。

さて、後半を見ていると中学生(? 正確な年齢は分からないんで、外見と後述の話からの推測です)の団体がやって来ました。学芸員さん(だと思います)が作品ガイドをしてまして。皆騒ぐでもなく作品に見入ってましたね。解説が終わって自由行動になっても、「これどういうこと?」と作品の前で話し合ってることはあっても、全く騒がしくはなりませんでしたし、作品に惹きつけられてるな、と思いましたよ(そんなに人数が多くなかったということもありますし、勝手な憶測ですが)。
平日に先生が引率してますから、授業の一環ですよね。どうも美術館側が小中学生を対象にする企画(何と言い表したらいいのかよく分かりませんが)をやってるらしい。そう言えば、いくつかの作品ではキャプションの横に子供向けの「この作品のここに注目してみましょう」といった記述がありましたし。
こういう場合に、美術をほとんど知らない子達へのアピールとして、こういう一目見て「面白い」作品は良いだろうな、と思いました。またとないいい機会だったと思います。
別にバカにして言ってる訳ではありませんよ。「芸術とは難しいはずだ」というのはどこでも通用する見解ではありません。
もちろん、深入りすれば際限無く色んなことが出て来て難しくもなります。それはまた別で、何でもそうです。とりあえず若い内に「何だかよく分からないけど楽しむ」こともあっていいでしょう(もちろん、年をとってから興味を持ち始めたっていけないことはないんですけどね)。時が経って深入りしたくなれば、その時に本格的に勉強してください。どうせなら本学に来て。

《トリック・アート》展は9月23日までです。
                           (芸術学2年 T.Y.)

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レオナール・フジタ展

先日、松坂屋美術館で開催さていれた「レオナール・フジタ展」に行って来ました。
傘を忘れて、取りにまた行く破目になったりしましたが…それはおいておきまして。

デッサンを見ると明らかなんですが、輪郭線がくっきり描かれていて、後は身体の凹凸に沿って陰が入れられている。この陰の濃さにはそう多くの段階は無いんですね。陰影のグラデーションで立体の量感を表現する西洋絵画の常識的なデッサンとは全く違うものです。これは油彩画についても同様ですね。
ですから「日本画の手法を取り入れた」というのも分かるんですが、ではそれがヨーロッパで絶賛されたのは何故かと言うと、容易には分からないものがあります。あの時代には色々と新しい表現が出て来ましたけれど、新しければ何でも良かった訳ではないでしょう。キャプションでは何度も「乳白色の肌」のことに触れていましたけれど、これも藤田の作品が他の「白い肌」とどう違うのか言うのは簡単ではないでしょう。(微妙な色合いの問題を言葉に置き換えるのが困難なのは当然ですが)
まあ、この2つの点を合わせて、「一面乳白色の地にグレーでいくらかの陰が入っているだけ」という表現を見ると、それは普通でないのは一目瞭然です。しかしそれが「なぜ良かったか」と言うのは難しい。

ここで「(今の我々にとって)良い」ということと「(当時の人にとって)良かった」ということの違いも気にしておく必要があるでしょう。美術史というのは作品・作家の歴史的な意義、つまり「当時の人がどう考えて描き、どう見ていて、どう影響を与えたか」ということも問題にしますけど、一方では後世の立場から俯瞰して見るのが「歴史を書く」作業でもありますし、第一現代的な見方が入らないというのは不可能でしょうね。今の私にこの辺の複雑な事情を言い表せるとは思いませんが。
「歴史的価値」か「作品自体の価値」か、価値をどこに見出すか、というのは厄介な問題で、時々触れていた美術批評の問題とも関わってくると思うんですが、それは機会があればまた。
                           (芸術学2年 T.Y.)

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プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
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