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まさかのカリフ啓蒙小説&漫画――『俺の妹がカリフなわけがない!』

まずは何も言わずにこの画像をご覧になっていただきたいと思います。

俺の妹がカリフなわけがない!

各方面で活躍し、色々と話題にもなったイスラーム法学者・中田考(なかた こう)氏による同人誌『俺の妹がカリフなわけがない!』です。
2015年末から始まって年2回の刊行なので、2巻まで+スピンオフで計3巻、第1巻発行時には同時に解説本も出しています。
この調子だと今年の夏コミで4冊目が出るのではないでしょうか。

自作品の通販サイト「BOOTH」で販売もしています。

 俺の妹がカリフなわけがない! - マクタバハサン - BOOTH

ちなみに中田氏がBOOTHで販売しているのは他にも自分をキャラ化したグッズ等があり、昨年の学会でお会いした中田氏ご本人もそれをプリントしたTシャツを着ていました。
こういう感じ↓です。

中田考

中田氏はムスリムとして「カリフ制再興」を唱えており、それを日本の若者に普及するために書き始めたのがこの作品とのこと。
中田氏が twitter 連載で執筆した小説を氏の知り合いの同人作家・天川マナル氏がコミカライズしたものがこの同人誌になります(解説本と2巻以降には原作小説も収録しています。なお twitter の当該アカウントは現在非公開の模様)。

※ ご本人はカリフ「ラノベ」だと主張していますが、ジャンルの規定において刊行形態を重視する場合、twitter で書かれたものを「ラノベ」と呼べるかどうかは疑問なので、ひとまず当ブログではその呼称は採用しません。

なお、絵のクオリティはこんなもの。それほど高くはありません。小説としてのクオリティについては後述しますが、まあ素人作品ですし、その辺の出来に期待するものではないでしょう。

俺の妹がカリフなわけがない! 本編

内容としましては、天馬愛紗(てんま アイシャ)という女子高生が突然「カリフ」を称して生徒会長に立候補、愛紗の双子の兄である垂葉(タルハ)は振り回される……というもの。その中でイスラームとカリフについても解説されます。

この設定はどう見てもちょっと……いやかなり無理があるように見えるのですが、読んでみるとこの設定を可能にするためのある種の筋は通していることが分かりました。
まず、天馬家は預言者ムハンマドの遠い子孫で、中国のムスリムがムハンマドにちなんだ「馬」姓が多いのですが、それが日本に渡ってきたという設定。
垂葉と愛紗の祖父はそれを信じていたのですが、その息子(つまり垂葉と愛紗の父)は信じていません。しかし愛紗はその伝説を信じ、「東方から義なるカリフが現れる」という伝承を実現しようとしている、というのです。

この設定はどうも日ユ同祖論のもじりに見えます。
日本人の祖先はユダヤ人だとか、秦(はた)=羽田氏の祖先はイスラエルの王ダヴィデだとかいう説があるのです(専門家はまず支持しませんが)。京極夏彦氏の『絡新婦の理』にも、自らをユダヤ人の末裔と信じて古代ユダヤ教の神殿を日本に造ろうとした人の話が出てきます(『絡新婦』の場合、最大の問題は戦前に日ユ同祖論があったかどうかですが、まあフィクションですので「実はあった」と一言言えば済むことです)。

『俺の妹がカリフなわけがない!』の場合、原作小説では垂葉たちの父・夢眠(ムゥミン)が、天馬の先祖について記録が残っているのは明治以降だけだと明言し、すべては夢眠の祖父・真人の妄想だと断言しています(まあアラビア語教師の白岩先生は「夢眠は何も分かっていない」と言っていますが、少なくとも実証的証拠に関する限りでは夢眠の言う通りなのでしょう)。
つまり、天馬家が本当にムハンマドの子孫であるかどうかはさしたる問題ではなく、「愛紗がそれを信じて実行した」という事実のみがあれば話は成り立つのです(もちろん、現代の女子高生がそれを信じて実行する時点でやや無理はありますが)。

それから、カリフは男性でなければならないのに、なぜ女である愛紗がカリフを称せるのかという点について。
これに対してはアラビア語のハリーファ(これが英語に転じたのがカリフ)は女性形だと愛紗が答えています。

多少なりとも語学に覚えのある人には言うまでもないことですが、語形は女性名詞の形に当てはまっても例外的に男性名詞として扱われる名詞とか、そういう類はままあるものです。ハリーファもその一つだということに過ぎません。
でも、そういうことは承知の上で最低限の筋を通しているのには笑うやら感心するやらです。

イスラーム関係を離れて気になるのは、垂葉たちの通う君府学院の設定でしょうか。この学院はプラチナ、シルバー、ブロンズに生徒が階層分けされ、待遇に著しい差別が存在するという設定です。
これはどう考えても『暗殺教室』の影響です。漫画版1巻巻末のインタビューで中田氏本人が『暗殺教室』を一押し作品に挙げているので間違いないでしょう。
と同時に、これは競争を煽るグローバリズムとその下での格差社会の象徴であって、それを妥当するべく「イスラームの下での民族と宗教の自治」を唱えるカリフ愛紗が立ち上がる……という意図なのも理解できます。

ただし『暗殺教室』の場合、一部の生徒をE組として冷遇し、けっして優等生クラスのA組を特別厚遇するわけではない、という点に意味がありました。その点、君府学院の3階層の人口比について明確な記述はありませんが、たぶん最上位のプラチナクラスは少人数でしょう。
このシステムが教育上成功するかどうかは疑問です。

どうせあり得ない話なんだから……と思うかもしれませんが、個人がとんでもないことを始める可能性はあります。それは「あり得ること」として認められます。しかしたとえば日本人の大多数がいっせいにムスリムに改宗するとか、そういうことはまずあり得ないでしょう。
個人レベルでの「ありそうにない設定」と集団レベルでのそれは説得力(のなさ)がまるで違うのです。

この点に関して興味深いことに、漫画版でははっきりとブロンズの生徒たちがプラチナの連中に反感を持っている様子が描かれています。そして原作小説だとほぼ説明なしに愛紗が生徒会長に当選してしまうのに対し、漫画版では垂葉が応援演説をして、愛紗が自由と平等を掲げていることを訴え、人数的には多数派であるブロンズの生徒たちを味方につける展開が描かれます。
これにより原作だとそもそもカメラ以上の存在意義に乏しい垂葉にも活躍が与えられる、効果的な改変でした。

その上で欲を言うなら、むしろブロンズの生徒たちには「悪目立ちしたくないから、上位クラスになんか上がりたくない」というムードが蔓延し、むしろ勉学意欲を削いでいる――くらいの設定で良かった気がします。
もちろんだとすると、君府学院が現制度になってから実績は上がっていないはずですが、そこは小学校・中学校入試で優秀な生徒を選んでいる私立学校ですからどう転んでもある程度は難関大学での進学者も出ているでしょう。学校側は都合のいい数字だけ掲げて現制度が効果を上げているように見せかけている、世間と保護者は簡単に騙される――という設定にすればいい。
もし私が作者ならそれくらいはやります。


そういうわけで、細部に疑問はいろいろとありますが、ちょっと無理のあるように思える基本設定にもそれなりの筋は通しています。
やはり素人作品なので上手くはありませんが、漫画版が展開と魅せ方について独自に工夫しているのも分かります。
他方で、専門的な知識や設定をある程度細かく語っているのが原作の方ですね。それは原作者が学者だからというだけでなく、文字媒体という性格もあるでしょう。
解説本には天川マナル氏による漫画版制作の裏話もあり。

俺の妹がカリフなわけがない!解説本
 (『俺の妹がカリフなわけがない! 解説本』、p. 6。クリックで画像拡大されます)

ただし、この点に関しても私の意見は少し違います。
確かにライトノベルではレアですが、衒学小説というものは存在します。専門的な知識を語るのはアリなんじゃないでしょうか。
それにここで引用されている箇所は白岩先生によるアラビア語の授業場面で、内容的にも論文というほど高度ではない、いかにも語学の初級授業という感じです。
むしろ問題があるとしたら、こういう授業場面を丁寧に書いてしまうことではないでしょうか。知識を期待している読者も、文法解説では退屈してしまうでしょう。

それからその前、2コマ目で引用されている場面は、主人公の垂葉と幼馴染みの越誉(こしよ)メクの会話なのですね。会話が多少なりとも面白いのはもっぱら彼女の登場する場面です。
それに対して、垂葉はブロンズクラス、愛紗はプラチナクラスで、下位ランクの生徒は上位ランクの施設に許可無く入ることはできず、寮も別なので、会いに行くのも難しいという設定。兄妹なのに絡みが少なすぎるのが一つの難点でしょうね。


――とまあ、やっぱり細部に気になるところは多いのですが、若者を啓蒙するべくこんなことにも精を出している中田氏の活動は興味深いものがあります。
その反面、「お前たちは知らないだろうがイスラームの考えではこうだ」という「啓蒙」の姿勢について、学者としてはそれは違うだろうと異議を唱える向きもありますが、それはまた別の話としておきます。


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実行犯判明と、より大きな蜘蛛の巣と――『絡新婦の理』(漫画版)第3巻

またまたご無沙汰していました。
今回取り上げる作品は当然というべきかこちら、『絡新婦の理』コミカライズの第3巻です。



 (前巻の記事

各回の内容については概ね連載時に書いてきた通り。

 (連載時の記事:第11話 第12話 第13話 第14~15話 第16話

整理すると以下のようになります。

第11話:原作第6章(伊佐間パート)後半。刑事・木場修太郎が織作家の三女・葵から話を聞き、川島喜市の背景を突き止め始める。そして喜市の母親と思しき女性・石田芳江が住んでいたという小屋に向かうが、そこで次なる被害が……

第12~14話:原作第7章(美由紀パート)。美由紀は事件の真相に気づき始め、さらに学院を訪れた榎木津がさっそく殺人犯を指摘するが、ここでも新たな被害を止められず……

第15~16話:原作第8章(益田パート)。ここまでの顛末を京極堂に報告する益田。しかしそこに青木の報告が合わさると、同じ連続殺人の背景に別人による別の動機が見出されるという奇怪な事態が判明。「蜘蛛の巣」に喩えられる事件の複雑さと、真犯人「蜘蛛」の狡猾さが見えてきます。「自分が出て行っても同じだ」と事件解決には動こうとしなかった京極堂ですが、今川からの「織作家の呪いを解いて欲しい」という今川の依頼により、ついに腰を上げます。

かくして、今回は一つ一つの事件の実行犯が判明し、場合によっては捕まるという意味では「解決編」に入っているのですが、それぞれの事件には実行犯だけでなく様々な人間が関わっており、犯人を捕まえてもそれが次の段階の事件を呼ぶだけ、という構造も同時に露わになってきます。
ちょうど次の4巻(来年3月発売予定)で完結ということで、今巻が「転」で、ただ犯人を「捕まえる」だけでなく京極堂が背後関係を明らかにして締めるの次巻が「結」とも言えますが。

しかし、『魍魎』『狂骨』よりも原作のページ数は多いのに、コミカライズの巻数ではそれより少ない全4巻完結とは……
蘊蓄が端折り気味であったり、いくつかのやりとりが消えているなど圧縮を感じるのは、月刊連載という形式の都合もあったかもしれません(話しているだけの回がずっと続くことを避けたものか)。
ただ、掲載時の移動に当たっての(場合によっては早期終了も見据えた)様子見、そして最後はまたしても掲載誌の休刊と外的な事情が色々あったことですが分かっているだけに、やや残念な気はします。
いくぶんの圧縮を感じてもなお、素晴らしい出来のコミカライズではあるのですが……

そして、このコミカライズは原作の順番を入れ替えて美由紀編から始まったわけですが、最終巻も前半は美由紀パートの解決編となるわけで、(最後にこそ登場しないものの)最後まで彼女が主役の印象を残しそうです。
後、今回の表紙は木場。『コミック怪』時代はずっと京極堂だったのが、今作では京極堂、榎木津、木場と表紙のキャラを変えてきました。4巻は誰になるのでしょう。関口では冴えないだけでなく、今作でほとんど登場しない彼が表紙を飾るのも妙な木がしますが、はてさて……

また別の掲載誌を探して『鉄鼠』をコミカライズできるのか、それが気がかりです。
原作の順番(および作中の時系列)では先の『鉄鼠』がまだのせいで、たとえば今巻での敦子の「益田さん警察辞めちゃったんですか?」なんて台詞から二人に面識があることが分かっても、いつ会ってるのか不明なままなんですよね。

 ―――

そしてほぼ同時期に、コミカライズ第18話を掲載の『マガジンSPECIAL』も発売。



今回はセンターカラーです。

絡新婦の理第18話扉

ちょっと謎の扉絵ですが。

内容に関して言うと……こちらは「憑物落とし」のカタルシスが関わるだけに、なんだか余計に急ぎ足なのを感じてしまうところはありました。
『姑獲鳥の夏』など、それまで皆が信じていた現実を解体され、あまにも残酷な真相を突き付けられていく辛さがありありと伝わってきたのですが、それに比べるといささか弱いかな、と。

ただ、そろそろ解決編ということで、どうしてもネタバレを含むので詳しくは追記にて。

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いよいよ解決編へ……

論文の査読結果とか、結果を待つのは緊張します。結果通知のメールが届いて開くのも緊張します。
しかし、入学試験の結果待ちでそこまで緊張した覚えもないのですが。
まあ入試は今や、事前に結果を判定しやすいというのもありますし、それにだいたいいつ合格発表が行われるか分かっているというのもあります。いつ通知が来るか分からないものを待っているのは、結構精神的に負担なのです。
(しかも学会誌に投稿した論文の査読結果は合否いずれにせよ通知が来るからいい方で、世の中には話が完全にスルーされるということもあり得ますし……)

 ~~~

さて、また少し遅くなりましたが、今月も『マガジンSPECIAL』発売、『絡新婦の理』コミカライズ第17話掲載です。



内容的には当然原作第9章、つまり美由紀編(聖ベルナール女学院)の締めに入ります。
実行犯が捕まったものの、まだ決定的証拠は挙がっていないから警察には引き渡せないとか(保身のため)あれこれ言って警察と揉めている学院関係者たち。
そんな中、渦中の美由紀は自分の犯人指摘が正しかったのか、今更悩んだりするのですが……

そこえすぱっと断言し、「前向きに生きなさい」と言ってくるのが、榎木津です。
原作だと、善人ではあるけれど今一つ言葉に実感のない柴田(前理事長)とは正反対だとか書かれていて、真剣味がないように見えて不思議と頼れるし、勇気付けられる榎木津への美由紀の信頼感がよく伝わりました。
その辺は漫画版でもよく感じられます。

そして、「うるさい奴」こと京極堂が来ることを告げる榎木津。
「探偵のお仲間ですか?」と美由紀が訊くと……

絡新婦の理第17話1
 (京極夏彦/志水アキ「絡新婦の理」『マガジンSPECIAL』2016年No. 10、講談社、p. 268)

絡新婦の理第17話2

絡新婦の理第17話3
 (同誌、p. 269)

「あれはどちらかというと死神だな…悪魔かな?」
「この世界はなるようになるようにできている なるようにならないようにする為にはあの男が必要だ」


今回の作品においては、真犯人「蜘蛛」の仕組んだ仕掛けにより事件が進展していくことは京極堂と言えど止められないのですが、しかしこの言葉はある意味で当を得ています。
起こる出来事は起こる。ただ言葉を操る陰陽師は、意味を変えることができるのです。

そんな中、この期に及んで両方への同情から、犯罪を指摘する側(美由紀)と指摘される側とで「意見のすりあわせ」はできないか、等と言いだす柴田前理事長。
学院内から売春・殺人者を出し、その犯行が確定すれば学院経営を続けることは難しいという状況ですが、ここで「最善を尽くそう」と言うのも、往生際が悪いだけにしか見えません。

絡新婦の理第17話4
 (同誌、p. 271)

そしてそんな学院に、目潰し魔の捜査に木場修が訪れます。

絡新婦の理第17話5
 (同誌、p. 278)

原作だとここで、美由紀が木場のことを「この人が探偵の呼んだ悪魔?」と思うものの、榎木津の反応からすぐに違うと気付いたり、はたまた30何年の付き合いらしいが罵りあってばかりの榎木津と木場の関係(まさに男の友情)を理解できなかったりする場面があり、それはそれで好きな場面だったのですが、漫画版では誌面の都合でカット。
まあ、ストーリーへの影響は少ない部分なので、仕方ないところでしょうか。

そんな中、学院内に勾留中の容疑者が新たな騒ぎを起こすのですが、その緊迫感の中、ついに京極堂が登場。

絡新婦の理第17話6
 (同誌、p. 285)

とは言え、京極堂の仕事はたんに事件を解決することではなく、「呪い」を解いて、犯人たちが自らのやったことを受け入れられるようにすることです。
それがただちに「救い」になるとは限りませんが、しかし救いの可能性はおそらくそこにしかないのです。
かくして、次回から京極堂の憑き物落としが始まります。

絡新婦の理第17話7
 (同誌、p. 296)

 ―――

来月には単行本3巻も発売予定で楽しみ……と思っていると、なんと『マガジンSPECIAL』休刊の報が。
『コミック怪』に続き、なぜ掲載誌の休刊が付きまとうのか……
2017年1月20日の号で最後ということは、あと4号でしょうか。
本作に関しては一応、原作第9章と第10章を2話、第11章を1話で片付ければ休刊号で完結できる計算ですが……あまりそのしわ寄せが出ないことを祈ります。
そして、百鬼夜行シリーズ残り作品のコミカライズはあるのでしょうか……何とか、また別の掲載誌を見つけてやって欲しいところですが。少なくとも飛ばした『鉄鼠』を……

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真実の愛は人生を変えるのか?

しりあがり寿氏の漫画に『ヒゲのOL藪内笹子』という作品がありました。
結構あちこちの媒体に掲載され、単行本もいつかの版が出ているので、全部でどれくらいのエピソードがあるのか、詳しくは確認していません。
ビームコミックスから「完全版」が出ているようですが……









本作の主人公藪内笹子(やぶうち ささこ)はOLですが、タイトル通り、真実の愛を見付けるまではヒゲを剃らないと誓って、ヒゲを生やしています。
「ヒゲを剃らない願かけ」というのは時々ありますが(スポーツ選手などがやっているのを見ることも)、女性がそれをやっているのが実にシュールです。
彼女がそんな誓いをした理由そのものは一応語られますが、そもそも彼女の「女でありながらヒゲが生える体質」については、ツッコミすらほとんどありません。

展開としては、笹子は毎回様々な男性と巡り会い、「彼となら真実の愛を見付けられそうな気がする」と思うものの、ギャグmながのフォーマットに忠実にと言うべきか、結局は破局します。(私も、読んだのは結構以前のことでもあり、個々のエピソードについてはあまり詳しい記憶はないのですが)

とは言え、本作にはギャグとしてのバカバカしさが前面に出ているとも限らない、独特の雰囲気があります。何しろ、愛を求める笹子はどこまでも真剣ですし。
実際、中にはギャグらしくひどいオチがつくわけでもなく、普通に相手の男性と上手く行きかけた話もありました。その場合も結局、相手の男性が死んだりして笹子は独り身に戻り、愛を求める旅を続けるわけですが、それはシリーズを続けるための要請であるという気もします。
そして、さて相手が死んだとしても、少なくとも相手がいて生きていた一時には、「真実の愛を見つけた」とは、言えないものでしょうか。

しかし裏を返せばこのことは、たとえいい男性と巡り逢って上手く行っても、笹子の「真実の愛」を求める流浪は終わらないことを示唆してもいます。

いい相手と幸せになったとしても、それは一時的な状態の変化であり、そして全ての状態はまた変化するものだからです。

哲学者の永井均氏は、不幸な人生の末に「この人生を二度と幸や不幸ではかりません。人生には意味があるだけです」という境地に至った『自虐の詩』(業田良家)の主人公・森田幸江と笹子を比較して、こう書いています。

 だが、笹子の〔ヒゲを生やしているという〕このふざけた態度こそが、より深い絶望を感じさせるのである。笹子は、たとえ真実の愛を見つけてヒゲを剃ったときでも、人生には意味があるなどと言いだすことはないだろう。ただ、そのときの幸福感に酔いしれることができるだけだろう。
 (永井均『マンガは哲学する』、岩波現代文庫、2009、p. 184)


そういう状態をそもそも「真実の愛を見つけた」と言うのはどうか、意見が分かれるところかも知れません。
笹子自身、どうなれば「真実の愛を見つけた」と言えるのか分からないまま、流浪を続けているのでしょう(人生とはそういうものではありますまいか)。

ただ、「真実の愛」という言葉の重々しい字面からすると、何だかこれは人生の意味を決定的に変えるようなものが想像されるわけですが、本当にそうなのか、という疑問は、確かに投げかけられます。


たとえば先日取り上げた『いもーとらいふ』の主人公も、日々「愛ってなんだろう」という疑問を口にしていました。
そんな彼にとって、自分は妹への愛と他の愛を同列に比較した挙げ句、全てに妹を優先してしまう、妹が好きでたまらないだけの気持ち悪い男なんだ――というのは、たしかに彼自身の「真実」ではあったでしょう。ただ、その真実を見出した結果として彼は幸せになったのか、どうか。
何しろ、これは幸不幸の問題ではなく、ただ「そのようにしか生きられない」という業に近いものがありますから。
下巻において彼自身にとっての「真実」に変化が追加があるかどうか、まだ定かではなく、最終解答はその結果次第でしょうが。






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多重構造の事件の幕引きに向けて

時の経つのは早いもので、今月も『マガジンSPECIAL』の発売日となりました。
『絡新婦の理』コミカライズの第16話掲載です。



当然ながら、前回の続きで引き続き原作第8章の内容です。
前回は益田が京極堂を訪れてここまでの展開を報告していましたが、今回そこに京極堂の妹・敦子、ついで青木刑事がやって来て、それぞれの報告をします。

絡新婦の理第16話1
 (京極夏彦/志水アキ「絡新婦の理」『マガジンSPECIAL』2016年No. 10、p. 427)

青木の方はこれまで木場が当たってきた目潰し魔事件の報告ですが、敦子の方は京極堂から依頼された調査事項があったようで……

絡新婦の理第16話2
 (同誌、p. 433)

無差別連続殺人と思われた目潰し魔事件の被害者について、何とも意外な共通点を指摘します。

青木の報告は、第11話までに描かれてきた木場の捜査結果と、その後に得られた関係者の供述です。
木場の友人である川島新造川島喜市の関係、それに彼らが何を思ってどう動いていたのかが明らかになります。

しかし、これと益田の話を突き合わせると、何とも奇妙な事態に。
益田の見てきたことによれば、目潰し魔の被害者たち(正確には2人目の被害者である川野弓栄、3人目の山本純子、4人目の前島八千代)には、聖ベルナール女学院の売春していた生徒グループ「蜘蛛の僕」によって呪われた――という共通点がありました。
他方で青木によれば、川野弓栄、前島八千代、それに5人目の被害者である高橋志摩子は、川島喜市が母の仇と恨んで復讐計画を目論んだ相手である――というのですから。

もちろん正確に言えば、「蜘蛛の僕」は被害者たちを呪っただけ、喜市は嵌めて復讐してやろうとした(殺そうとしたわけではない)だけであって、実行犯はまた別にいるわけですから、二人の人物が同時に同じことをするという不可能事に陥っているわけではありません。
しかし、同じ事件の一連の被害者たちがまったく別の線によって結ばれ、(実行犯はともかく、背後関係に関しては)別の動機が存在している――などということがあろうとは。
京極堂はこの事態を的確に表現します。

絡新婦の理第16話5
 (同誌、p. 434)

この「現実」とはまさしく、「意味」によって構成されたものと言えるでしょう。
同じ事件が異なる意味をもって、それぞれに成立しているのです。

しかも、そうした異なる「現実」同士はまるで別物でありながら、瓜二つと言っていいほどに重なる構造を備えています。

絡新婦の理第16話6
 (同誌、p. 450)

さらに、そうした構造は一人の真犯人によって意図されたものであり、だからこそそれぞれの意味の層は蜘蛛の巣の横糸に喩えられます。
外側の横糸を回っている者と内側にいる者とは、同じ網に関わりながら交わらないのです。
そして、真犯人は全ての中心にいるがゆえに「蜘蛛」に喩えられるわけですが、残念ながら蜘蛛の巣の上にいる者にとっては、どこが中心かは分かりません。

絡新婦の理第16話4
 (同誌、p. 453)

だからといって、人間を思い通りに動かすことなど、できるはずはありません。
それぞれの関係者がそれぞれの思惑でもって動いている、青木の曰く「無節操な計画」を束ねることが、いかにして可能なのか。
それは、関係者を操ろうとするtのではなく、「関係者が都合良く動いた時にだけ機能する」ように、蜘蛛の糸のごとく仕掛けを巡らせておくことによって、です。

絡新婦の理第16話3
 (同誌、p. 452)

原作だとここに、具体例を挙げての解説がありました。
便所が故障していて、だから家の主人も庭で小便をしていた、と思わせるような行動を取ることによって、来客が庭で放尿するよう仕向け、その人間性に対する評価を貶める――という、いささか品のない例ですが。もちろんこの場合も、来客が思い通りの行動をしてくれなければ放置して、別の機会を狙えばいいだけなのです。
この辺の説明もしていたら原作第8章に3話かかわるかな、という判断でしたが、どうやら説明は短縮する道を採ったようで、今回で第8章分は終了です。

そんな周到な「蜘蛛」の計画に対して、現状では実行犯をとにかく検挙していく以外の道はない、自分の出る幕はない――と言っていた京極堂ですが、そこに今川が訪れて、織作家の「憑物落とし」を依頼するのです。

絡新婦の理第16話7

絡新婦の理第16話8

絡新婦の理第16話9
 (同誌、pp. 454-455)

ただし、本シリーズにおいては今までも見てきたように、「呪い」が解けてそれまでの現実が崩壊すること、それまでの歪みから一気に解放されることは、新たな痛みを伴う、辛いことです。
その結果として崩壊寸前の家族を繋ぎ止め、平和に導くことができるとは限りません。
それでも、「事件の解決」ではなく「憑物落とし」の依頼ならば――ということで、ついに京極堂が立ち上がります。

いよいよ「憑物落とし」の始まり……ということで、次回はまた聖ベルナール女学院に戻るはずです。
と言っても、京極堂の合流前に、もう少し美由紀の様子の続きが描かれるはずですが。
原作第9章の消化には何話かかるか――いずれにせよ、ますます楽しみです。

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プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
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