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教育とは贈与である

日がな一日眠たくてしょうがない、と思っていたら、天気が雨でした。
野生動物(特に肉食動物)も雨の日はあまり活動しないので、元々目を覚ましもしないんだそうです。私も野生の勘が働いてますね。そういう言い訳ばっかりしていてはいけないんですが。
研究発表のための調査で資料を読むとか、家でやることもたくさんあるはずなんですけど。

さて、先日の続きです。
学生が授業料という“対価”を払って授業という“商品”を受け取っているつもりだとしたら大きな間違いで、授業料が支払われているのは大学の経営部にであって、先生にではないはずです。そしてもし先生に対する「正当な対価」なんてものが存在するとしたら、そんなものが支払われていないのは、教授と非常勤講師の給料の差を考えるだけで明らかだと思います。ポストと授業の質にそれ程関係が無いのは周知の事実ですから。
いえ、教授になったところで対価が正当かどうかは疑問でしょうね。1つ養老孟司先生の文章でも引用しましょう。

「私の授業が売り物だったと、仮にしよう。それなら大学はあまりにも安い値段しか、それにつけていなかった。同じ話を世間で講演すれば、給料ぐらい、すぐに稼げてしまうからである。それでも私が授業をしていたのは、授業は売り物ではないからである」(『ぼちぼち結論』中公新書、2007、p150)

結局、学生としてできることは、この「贈与」を有難く受け取ることだけだ、と思います。勿論、「タダでもこんなものはいらない」と思うものもあるでしょう。そういうものはとりあえず戴いておいて、どこか目に付かないところにしまってしまえば良いんです。そして、右の人から受け取った分は、いつか左に自分の持っているものを必要とする人が現れた時、与えることで、返して下さい。
                           (芸術学2年 T.Y.)
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テーマ : 芸大・美大・その他美術系学校 - ジャンル : 学校・教育

プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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