オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
ヴァンパイアの資源問題と奴隷制――『暁のヴァンピレス アグレイアーデンの緋百合』
という学生たちの会話を通りすがりに耳にしました。
できたりできなかったりするって何が? と思い調べてみると、切断された場合の「頭部の再生」のようです(※ 「ウズムシ」はプラナリアのこと)。
というか、検索すると真っ先に京大のHPが出てきたので、これは京大の先生の研究であって授業で扱われていたのだろう――と、このことを学生たちが口にしていた理由もほぼ分かりました。
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さて、今回取り上げるライトノベルはこちら
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――と思ったのですが、本作はノベライズ作品なので、まず出自を確認しておきましょう。
本作の原作はPEACH-PIT氏による漫画作品。
しかも漫画版のあとがきによれば、元は同人誌で発表してきたものが後に一迅社から単行本化された、とのこと。
(余談ですが、一迅社文庫のライトノベルはコミカライズでさえ稀なのに対して、他媒体出身作品のノベライズはしばしば存在するのはなぜでしょうか。社内事情を反映しているような気もしないではありませんが……)
漫画版はすでに2冊刊行されているのですが、2冊とも漫画だけでなく数ページの短編小説をも収録、さらにドラマCDをも付けた豪華本で、さらには一連の話を漫画とドラマCDに分けたりと複雑なことをしています。
当然、PEACH-PIT氏だけでなく多方面のクリエイターが協力しているのですが、一作家の意志と主導で展開されたマルチメディア作品というのは珍しいかも知れません。
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世界観を説明しますと、本作の舞台は吸血鬼たちの住む世界ドラクリヤ。
人間のいないこの世界にあって、吸血鬼たちは「サマエルの涙」という特殊なワインを糧として生きていましたが、近年ではサマエルの樹の枯渇、さらには不老不死であるはずの吸血鬼たちが眠りに就いて目を覚まさない奇病「ヒュプノス・キス」の蔓延に脅かされています。
そんな地にあって、生き延びるための資源を巡って4つの国が覇権を争っていますが、未だ小競り合いだけで、本格的な戦争には至っていません。
主役は4つの国の5人の女王――アグレイアーデン帝国のアデレイド・アグレイアーデン、ベルテンス王国のマルゥル・ルルー・ド・ベルテンス、アヴァノフ皇国の双子の女王キィラ・ユーリエヴナ・アヴァノヴァとキリル・ユーリエヴナ・アヴァノヴァ、それに神聖オルト大公国のウルベルタ・ヴォルフグントです。
漫画版2冊はそれぞれアデレイドとマルゥル、キィラ・キリルとウルベルタをメインにしているのはタイトルにも示されている通り。
アデレイドとマルゥルは幼少時から個人的に親交があったものの、今では敵対関係にあります。
ウルベルタは下層階級と見なされる獣血鬼(セリアン)(獣耳と尻尾がある獣人タイプ)の出身で、クーデターを起こして軍人から女王になった人物。獣血鬼の地位向上を目指す生真面目な人物です。
そして双子のキィラとキリルは最も古い歴史を持つ国の女王で、神祖の血を引くがゆえの不思議な力を持っており、他の女王たちの夢に現れたり、さらには未来を見通しているらしい言動をも見せます。もっとも二人の世界に生きているので何を見通して何を考えているのか、定かではありませんが……
というわけで、物語として戦記にもなり得る設定であり、将来の大きな歴史の動きまで構想は決まっていることを思わせる描写もあるのですが、実際に描かれているのは漫画版の場合、彼女たちの個人的なやり取りに終始していました。
アデレイドとマルゥルに関しては、幼少時からのケンカの延長上に思える、どこかコメディ的でさえあるやり取りばかりえ、戦わねばならない運命の悲痛さもあまりありません。
では今回のノベライズはと言うと――
アグレイアーデンの辺境貴族・スタフォード侯爵が4国の女王を集めた宴を開催します。
しかし、一介の地方貴族が女王たちを集めるなど、尋常のことではありません。
スタフォード侯爵はこの宴で、資源の枯渇に対抗するため自らの考案したシステムを女王たちに披露するつもりのようですが、それはおぞましいほどに非人道的な奴隷制で……
主人公は女騎士のリィザ・ザクセン。宴で盛り上がるスタフォード侯爵領を訪れ、侯爵の城に仕える侍女のベスと仲良くなった彼女が侯爵の目論見を知り、抗して行動を起こすのが主な物語になります。
しかし彼女は何者で、本来の主役である女王たちとはどう関わってくるのか――それは物語の見せ場に繋がってくるところなので、読んでのお楽しみとしておきましょう。
集った4人の女王たちにもちゃんとそれぞれ見せ場があります。
漫画版よりも内容はシリアスでハード、世界観の重い部分が強く出ています。
この世界の命運に関わるようなマルゥルの野望も示唆されていますし。
戦闘シーンもありますがあっさりした描写で、活躍する主人公も助けられるヒロインももっぱら女性キャラ(冒頭こそ老将軍の視点で始まっていますが)、やはり百合物の気配があります。
ところどころで短く区切った詩的な文章が入るのも、作品の雰囲気を上手く出しています(大部分はもっと普通に散文的ですが)。
思いがけない出来事だった。
あんな風に、お優しい方と一日をご一緒できるなんて。
お話をして。
美味しいものをいただいて。
笑ったりもして。
この街に着てから初めてのことだったように想う。
高い高い塔を擁したこのお城に勤めているヴァンプや獣血鬼(セリアン)たちは皆、わたしを含めて、それほど口数も多くないから。お部屋のお掃除やお料理といった仮初めのお仕事をしている時には話す機会をあって、その気になれば言葉を交わすこともできるはずだけど。
疲れてしまっていることが多いから。
そう、疲れて――
(桜井光『暁のヴァンピレス アグレイアーデンの緋百合』、一迅社文庫、2014、p.86)
内容的にあっと驚くようなことはないものの単独の作品としてもよく纏まっていて、雰囲気も出ています。
ただ結局、辺境貴族の目論見とそれに対して示される女王たちの意向、という話に留まっているのも確かです。
あとがきによれば「前二冊〔=漫画版〕が“前奏曲”であれば、本書は“序曲”」(同書、p.252)とのこと。3冊本を出してまだ序曲か……
本編はいついかにして描かれるのか、それが問題です。
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