オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
かつてない喪失に対処法は見えるのか――『戦うパン屋と機械じかけの看板娘 4』
(前巻の記事)
前巻ではパン屋として街の人たちに受け入れられていることをはっきりと示したルートの「トッカーブロート」。
祭りのシーズン到来でますます繁盛する一方、前巻での敵であった親衛隊のヒルデガルト中尉(相性ヒルダ、15歳のボクっ娘)が名誉挽回を期して、「人狼」と呼ばれたかつての工作員ハイドリゲ(敵国に亡命を企てたとのことで収監中)を連れだし、ルートを暗殺に訪れます。
しかし正体はあっさり見抜かれるのですが……ルートは何を思ったか、彼等をトッカーブロートで働かせることに。
という訳で、今回の主役はヒルダです。
敵キャラとしてはプライドが高く当たり散らすだけで無能な小物だった彼女ですが、没落貴族の家に生まれて、貴族家ならではの特異な差別に晒され、父親にも疎まれてきた背景が明かされます。
そんな中で、家名と地位だけに縋ってきた彼女の見出す自分の生き方と居場所……小物の敵キャラだと思っていた彼女にこういう救済が与えられるのは意外でもありますが、今回も良い出来でしたね。
そして、そこに「人狼」ハイドリゲの事情も絡めて描かれるのですが……
本作はこれまで毎回、トッカーブロートの経営拡大を図るも人材不足 → 事件解決により、助けた事件関係者が人材として仲間入り……という展開を繰り返してきました。
今回もそうかと思いきや……ラストで暗転する展開はなかなかに衝撃的でした。
希望を見せて暗転……も定番ではあるのですが、今まで3巻で定番展開を確立していたからこそ、それを覆す衝撃力。本作ではほぼはじめて名前ありキャラの「死」が描かれた、ということもあります。
しかも、このラストではルートとスヴェンの間も引き裂かれることになります。
合間には猟兵機やスヴェンたちを生み出した兵器開発局が親衛隊に襲撃されるという展開も描かれており、ただごとでない動きがあるのは示されていましたし、また本編は「何日」単位で進んでいくのに対して、兵器開発局襲撃は「何時間」単位で、時系列が一致していないことも分かっていましたが、両者がこう繋がってくるのか、という。
この構成は巧みです。
というわけで、今回は前後編で、次巻でルートたちが挽回に向かうと思われるのですが、注目は「AIの心は人間の心と異なり書き換え可能なのか」という点でしょう。
登場人物が記憶喪失に陥ったり、敵に洗脳されたりという展開はままありますが、そうした作品は一般に「記憶はなくなることはない、思い出せなくなるだけ」という病理学的見識に基づいています。
したがって、記憶を思い出すのを妨げたり、洗脳で植えつけられたものを打ち破れば、以前の記憶と人格は戻ってくる、というわけです。
(もちろん、魔法的なもので箪笥の中身を取り出すように記憶を取り出したりできる、という設定ならば話は変わってきますが。その場合は当然、展開もその設定に沿うことになります)
これに対して、コンピュータから消去されたデータは、本当になくなったのであって、もう戻ってきません。
いくらロボットが人間的な人格を備えていても、そういう意味で、記憶を奪われたり人格を書き換えられたりした場合の対処法は人間とは異なる――ということを明確に描いていた事例として、私の咄嗟に思い出せる限りだとたとえば漫画『マップス』がありました(大作SFの傑作です)。
本作の場合どうなのか――開発者ダイアンも見通してはいなかったほどに、スヴェンたちのAIは「人間的」なもの――主観的判断をする、時に命令や任務にも反する、情報を主にも秘匿する等――へと成長していたことが描かれています。ですから書き換えのような上からの制御でも、制御しきれない分分が生じても、不思議はありません。
しかし、だからといって全てが人間と同じになるとは限りません。やはり、書き換えは可能なのか、完全に書き換えられてしまったとしたら、いかにして対処すべきなのか……どちらに転んでも、楽しみなことです。
なお余談ながら、現実には目と髪の色で黒は優生なので、日本人と西洋人のハーフは基本的に黒髪、隔世遺伝で金髪の両親から黒髪が生まれることは、一般的にはないのですが……それもフィクションの世界では違うと言われれば、それまでですが。
ついでに、作中で「ロボット三原則」という言葉が登場しますけれど、現実との対応で言うと本作の作中年代は第一次世界大戦後あので、確実にアシモフによる三原則の定式化より前のはずです。
まあ、架空の世界、それも現実にロボットが存在している世界でとやかく言うことでもなく、同原作が別の形で成立した、でもいいのですが、「作中世界でのロボット三原則成立経緯」は多少気になるところです。
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