オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
ビジネス・ネットワークを築く――『大日本サムライガール 2』
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今回の帯には「守銭奴アイドル」という売り文句がありますが……

たしかに、この巻の後半ではひまりプロダクションの新たなアイドルを募集。オーディション合格者となる朝霧千歳(あさぎり ちとせ)は志望動機を「お金のため」「お金が大好きなんです」と言ってのける女の子ではありました。
しかし彼女は本当に自称のように「守銭奴」とは思えない人物として最初から描かれていましたし、実際、話が進むと事情があってお金を稼ごうと頑張っている少女、という(ドラマ的には)普通のキャラとなっていきます。
作中でも別にプロダクションが「守銭奴アイドル」として売り出しているわけでもない以上、問題は単に売り文句と言うべきかも知れませんが。
彼女の抱える「事情」が颯斗のビジネス活動にも少なからず動きをもたらすのは事実ですが、能力的には何とも危なっかしい彼女は今後いかなる活躍ができるか……とは言え、状況とストーリーとの関連の中でキャラを見せていくのが巧みな作者のこと、先のことは読めません。
むしろ存在感を発揮していたのは、1巻ではチョイ役ながらイラストにも描かれていた日毬の姉・凪紗(なぎさ)です。
神楽家の経営する剣道場の道場主を勤める彼女、実はかなり引っ込み思案な性格で、日毬以上に浮世離れして剣一筋に生きていたことが明らかに。それでもマネージャー代理として日毬に付き添うという仕事を始めますが、日毬と同じく美人だけに「凪紗もアイドルになれば」と周りからたびたび言われ、そのつど「あんな人前に出るなんてとても…」と断っているのが微笑ましい。
まだ政治に進出していない中では、日毬もそうそう目新しい主張はできない状況ではありますが。とは言え、記者会見での発言などはさすが。前巻で処女を公言したことは(やはりと言うか)作中でも話題になりますが、「もともと我が国において、一般庶民が貞操観念をいうものを強く主張するようになったのは、明治以降のことである」と歴史を踏まえて「最終的には個々人の自由であるように私は考える」(p.76)と、押し付けがましく主張しないところも見せますし。
そして、圧力をかけられ対決することになった芸能界の大手・アステッドプロとの和解。有利になったところで引いて見せるという交渉術も作者がたびたび書いていることですが、それを自ら切り出せるのが器ですね。
そもそも現実の世界では、相手を完膚なきまで叩き潰せる等ということは滅多にありません。相手が大きな勢力であればなおさらであって、適宜「手を打つ」は必要です。そして、『羽月莉音の帝国』でも描かれてきたように、力ある相手と和解し、それによって勢力拡大していくのが爽快感溢れる見所でもあります。
他方、颯斗の「父親を見返す」という目的からすれば(そしておそらく、政治的な力を持つという日毬の目的のためにも)、本来アイドルプロダクションを始めたのは日毬との出会いという偶然の産物であって、他にもビジネスを拡大して然りというところ。新キャラ・千歳の事情と関係して、アパレル工場の経営再建に乗り出します。
『羽月莉音の帝国』のようなスピードで魅せる快進撃ではありませんが、徐々にビジネスを拡大していきそうな気配が見えてきました。
海外移転の進んだ日本のアパレル工場の厳しさとか、そんな中で高齢者向けブランドの強みとかいった業界話も挟みつつ、会社というものの根源的な不思議も。
「私の伯父に不動産会社をやっている人がいます。バブルの頃にはずいぶん儲けたらしくて、私の親族ではもっとも羽振りが良かった人なんですが……今じゃ経営状態は火の車です。売上百八〇億の会社なのに、総負債額四〇〇億。総資産が三五〇億円ほどですから、完全なる債務超過です。ですが、まだ潰れない。親族もかなり貸し付けてきて、一度も返済がありません。伯父はありとあらゆるところに借金がある。もうみんな見放していますが、のうのうと豪邸に暮らしていますよ。(……)」
(至道流星『大日本サムライガール 2』、星海社、2012、pp.251-252)
颯斗はさすが経営者一族らしい腕を見せます。ただ父親を前にすると相変わらず、正論を吐く父親に対し感情的になるばかりで、あまり進歩がありませんが…ここにもやがて転機が訪れるのでしょうか。
『羽月莉音の帝国』のように胃の痛くなる展開で次巻に引きということはなし、普通に「いい話」として経営再建がなって締めとなります。
とは言え、経営だけなら何とでもなるとしても、守りたい会社固有のものがあり、規模としてはそれほどでない金額であっても現在の登場人物達にそう簡単に確保できるとも限らず……といった困難との対決も交えて、きちんとカタルシスのある話となっていたかと思います。
ところで、作中でも日毬の愛称は「ひまりん」で定着したという設定ですが……これ、2巻発売以前に(作中でなく)現実世界の読者の間ではすでに見かけたような。「り」で終わる名前の愛称はこれで決まっているということか、そしてそれも読まれていたというか…(先を読んでいたのは作者と言うべきか、読者と言うべきでしょうか?)
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