スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

労働と承認、そして成長――『六百六十円の事情』

ふたたびライトノベルの作品です。
入間氏の作品としては劇的な事件はないものの一つですが、秀作の一つとして取り上げておきたい作品です。

六百六十円の事情 (メディアワークス文庫)六百六十円の事情 (メディアワークス文庫)
(2010/05/25)
入間 人間

商品詳細を見る

タイトルの「六百六十円」とは、ある大衆食堂のカツ丼の値段です。
すると(作者の作風を度外視すれば)食堂を訪れる人々を取り巻く人情ドラマのようなものが想像されますが……実際、群像劇で人情ドラマのような心温まる話、というのはそう遠くないものの、登場人物たちは必ずしも食堂の客ではありません。

発端は、インターネット上の街専用の掲示板に『カツ丼は作れますか?』というトピックが立ったことから。
書き込んだ者もすぐには書き込まなかった者も、とにかくそのトピックを除いた人たちを巡って物語が動き出します。

駅前でギターを弾き歌っている無職の女は、このトピックの問いかけに「なにかできますか?」と聞かれた気がして、不安に苛まれます。
ある高校生男子は、食堂の看板娘をやっている同じ高校の女子との接近と、ある罪の償いにお金を稼ぐ必要を感じたことから、食堂でアルバイトをすることを決心し、他方である小学生女子は、仕事でずっと留守な上にチャーハン、焼きソバ、カツ丼の3種類しか食事を用意しない母親にうんざりしており、また無職でも欲なく淡々と生きているカップルがいて……
そして、かつて食堂を経営しカツ丼を作っていた老人は、妻を亡くし仕事も娘に譲ってから、生活実感の希薄な日々を送っていました。

ここには若者の現状への不満から将来への不安、老いの辛さまで人生の様々な模様、それも「労働し対価を貰うこと」と結び付いた生き方の問題があって、しかも第5章の老人パートが結構なボリュームを占めます。
こう言うと、専業作家一本の――しかも若い――作者には似合わないように思われますが、にもかかわらず本作はよく嵌まっています。
おそらくここには、「若い内は若さを前に出して、歳を取ったら年寄りらしく」等という対立に留まらないものがあります。

たとえば、同棲している彼氏(現在、食堂でカツ丼を作っている人物)に養われながら、駅前でギターを弾き歌っているニート女・三葉由岐みつば ゆきHN : ギアッチョ)の想い――

 ギターケースを開いて前に置いてないから、一円だって放りこまれることはない。お金を稼ぐためにやっているわけじゃない、っていうのが言い訳だってことは、自覚しちえた。
 例えば静〔せい = 彼氏の名前〕の作るカツ丼は六百六十円。それを他の人からお金としてもらえる働きを、食堂でしている。これはもの凄いことなのだ。なにかを与える代わりに、なにかをもらえる。
 そういう交換が成立するのが、社会に生きる人間っていうものだ。それは子供でも、大人でも変わりない。静は立派だし、目の前を歩いている人も大抵、立派なんだろう。
 (入間人間『六百六十円の事情』、メディアワークス、2010、p.43)


ならば働けば(就職活動をして駄目ならともかく、それをやってもいないのだから)、と思うかも知れませんが、しかし端から見れば当たり前の一歩が本人にとっては極度に重いことがあるものです。
高校生の竹仲(HN : 河崎)パートでは実に独特の形で不安が語られます。

「俺、ずっと高校生なんじゃないかって」
 北本が目を丸くする。俺の質問の意味を、やはり担任みたいに直線で捉えたらしい。
「卒業できないってこと?」
「いやそうじゃなくて……なんかこう、まず地球がポンってできあがって……で、俺は最初から高校生の役目を持って、そこに配置されたんじゃない、みたいな」
 キョトンと、理解不能のものを提示された北本の表情はそのまま変わらない。地球を描くように身振り手振りで大きな○を作って、さて、それから俺はどう話せばいいんだ。
「昔のこと、なんにも思い出せなくてさ。俺、今までちゃんと生きていたのかなって、過去があったのかって不安になったんだ。だから、将来もないんじゃないかって」
 前半は不安、後半は期待でもあった。将来があるなら、いつか俺は爺さんになってしまう。そして、死ぬ。冷静に考えだすと、それはなにより怖いことじゃないか。
 (同書、pp.158-159)


もちろん、彼は文字通りに記憶喪失なわけではなく、まして「ずっと高校生である」等というファンタジーな事態もありません。
これは実存感情です。
――現状を変えるべく動き出せないのは、「今と違う自分」のイメージが限りなく遠いから。

それは老人の過去についても然り。

 そして引き継ぐと宣言しかたもあやふやなまま、娘が店を切り盛りしている。ほとんど投げっぱなしの形で店を任せてしまい、娘には申し訳なく感じている。妻が今の食堂の姿を立派と感じるか嘆き悲しむのか、時折想像してみる。が、妻の顔を思い出せない。
 人と会わなくなると、顔や名前といった個人を識別する要素への関心が本当に希薄になってしまう。いずれ私自身、何者であるかを忘れてしまうのだろう。
 (同書、p.250)


そんな中で、労働して対価を貰う、すなわち自分の働きを求める者に受け取ってもらうというのは、まさしく「お前はこれだ」という承認です。

 金を自分で稼がなくなってから、私の人生は呼吸を止めているような気がしてならない。
 (同書、p.251)


とは言え他方で、よく仕事をこなし世間的には立派と言われても、その忙しさからいつも家に不在で料理も手抜きになり、子供にはうんざりされている母親もいます。世の中はままならない。
入間氏の作品においてはいつものごとく、ディスコミュニケーションはどこにでもあります。たとえ家族であっても。

 そんな簡単に胸の内を明かせるなら、人間関係という言葉自体がこの社会から失われていくだろう。家族という特別な関係でも、そこに例外はない。私みたいに、明かす相手がもういないという境遇もあって、世の中は寂寥と壁に満ちている。
 (同書、p.303)


しかしそんな中で、掲示板のカツ丼トピックを発端とした出逢いは状況を動かします。

そして、労働の価値は金額の多寡には還元されません。六百六十円のカツ丼は安いからといって大したことがないわけではないのです。

 料理を注文するお客が店にいる。それに店側が応える。精魂こめて代金に見合う、いやそれ以上の価値があると信じて料理を作り、お客の待つテーブルへ運ぶ。
 客側も店側も、互いを必要として一つの空間を共有している。
 (同書、p.344)


由岐(ギアッチョ)の場合、彼氏の静が働いていることでとりあえず生活には困っていませんでした。それゆえ、弾き歌う時に「評価されるのから逃げ」るのをやめて、前に空き缶を置き、同情票交じりの数百円を放り込まれただけで、彼女の心境は大きな前進を見せます。
たとえ対価を貰わない自炊であっても、子供は働くことを覚えて成長します。

(……)……なんていうか、自分にもできることがあるっていうのが嬉しいの」
 (同書、p.350)


この「成長」という概念の多義性についても何度も語ってきましたけれど、もし「成長」が未熟な若者の特権であり、力を付けていく過程であるとしたら、年老いて力が衰えるのはなんと虚しいことでしょうか。「命長ければ恥多し」(吉田兼好)ということなのでしょうか。
しかし人生に「死ぬための訓練」は不要でしょうか?

本作においては、――エリクソンの生涯を通した発達段階説を思い起こさせるように――登場人物たちは老いも若きも、「自分にできること」を通して他者からの承認を模索し続けます。

 長い長い足踏みを終えて、衰えた足をしかるべき場所へ進めていく。それは再起ではなく、成長だ。私は成長していかなければいけない。子供から大人、そして、老人へ。
 衰えを、老いを認めること。そういった成長もある。私は今の自分を肯定しよう。
 (同書、pp.353-354)


だからここにおいて、青少年向け物語の定番である(とされる)将来への不安と、老いの辛さは一つの軸の上で描かれることになるのです。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

失いながらの成長

「ただいまYAHOO!メールにアクセスしにくい状態となっております」 ……重要な連絡もあるというのに。  ~~~ 昨日の補足のような形になりますが、同じく入間氏の作品『電波女...
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。