オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
失いながらの成長
……重要な連絡もあるというのに。
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昨日の補足のような形になりますが、同じく入間氏の作品『電波女と青春男』の2巻は真の叔母・女々さんの「四十歳になってしまったー」という(モノローグすら乗っ取った)悲痛な叫びから始まり、エピローグを除くと「わたし、四十歳になった」で終わります。
加齢の痛みから幸せな四十歳に。
……もっともその後、女々さんは歳を重ねた分少しは落ち着くどころか、(熟女には見えないイラストに引き摺られて)むしろ若返り、ますますはっちゃけていきますが……
さらに、『電波女と青春男』の最終巻の1巻手前となる7巻はゲームのルート分岐よろしく、真の妄想という形でですが、各ヒロインとくっ付いた場合の未来像が描かれます。
果ては暴走して、ひ孫まで設けた老後ENDまで……(エリオに関してはその関係が最初から「所帯」であっただけに、「恋人になる」状況が想像できなかったのかも知れませんが)
そしてそれぞれに楽しそうで幸福な中でも、その分「何かを失った」ことが強調されます。
ある可能性を選ぶことは他の可能性を失うこと、といったレベルでなく、もっと具体的に、一人の女の子と結ばれれば他の子とは疎遠にならざるを得ない、という意味で。
当たり前と言えば当たり前、そもそもあれだけモテていたことの方が異例と言えばその通り、しかし重要なことではあります。
結局、どの妄想が満足できたかと言うと……
強いて言うならこの町に残り、ひ孫と戯れるやつが、一番理想的な気もするが……あれは老人まで行き着いているからだろうか。悪いことばかり忘れて、いいことばかり目を向けたからこその満足感、という気もする。これから、がないとこれまで、に縋りたくなるというか。
……などと言っても、今のところの俺は単なる高校二年生なのだ。老人の本当の気持ちなど分からない。(……)
(入間人間『電波女と青春男 7』、角川書店、2010、p.174)
成長することは何かを失うことと隣り合わせ。過去は失ったものは想い出の中に残り、振り返れば美しい……等と言えるのは、それこそ「これから」がもうなくなってこそ。
何かを得る一方で何かを失いながら、生涯「自分は何者か」を形成し続ける人間――
もちろん、失うことも含めて、時間と経験を重ねることは「良いこと」だ、という考え方もあります。しかし他方で、生きれば過ちと罪をも重ねるのではないか、という考え方もあるでしょう(この点についてはまたの機会に)。
ちなみに、『電波女』7巻で真の妄想のトリを飾るのは女々さんENDです。
もちろん、四十歳の叔母と結ばれるなんて真としては考えたくもないのですが、ひとたび現れると女々さんの存在感に(いつものごとく)振り回されてしまいます。
(……)脳内の存在である以上、俺の願い通りに事が運ぶはずなのに。この人への苦手意識が浸透しすぎて、想像上ですら勝てないことになっているのだろうか。まるで犬の躾である。
(同書、p.171)
しかしまぁ、アレだ。一番危惧する、というか問題なのは。
『これ』が、俺を取り巻く現実と大して変わっていないということなのだろう。
現実が悪夢さえも侵食している事実に、妄想の終焉を垣間見た。
(同書、p.177)
最終巻の一つ前で分岐する多様な未来像を見せることで「開かれた未来」を感じさせつつ、他方で現実どころか自分の妄想ですら意のままにならないことをも描いて見せる。
たとえ未来を意のままにできようと、自分の意(この場合は妄想する想像力)に対しては自由ではないと言うべきでしょうか。
そんな形で結局「放り込まれた状況で生きるしかない人間」を描いているのが、なかなか味のある演出でした。
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(+α)
入間氏の作品である種「主人公の成長」を描いているのは、『トカゲの王』辺りになるのではないでしょうか。
中学生の主人公が命のやり取りをするような状況を前にして覚悟を決め、さらには自分の能力が「向いていない」ことからすっぱりと「(暴力で)戦う」のを諦め、他者の動きまで考量して計算してハッタリを駆使するようになる、これは大したものです(大人でもこれができない人は多いこと)。
しかし、これは「生きるか死ぬか」という過酷な状況ゆえのことであって、むろんいい話ではありません。
命懸けの状況に放り込まれてそうした状況でサイバルする力を身に付けるより、命など懸けない方がいいのです、一般的には。
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