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酔っ払いの狭い世界

さるところで「酒を飲むのが当たり前」「飲まないなんて人生損してる」と思っている人の不快さに関する話を見ましたので、ネタ稼ぎも兼ねて結構以前に少し触れた本でもまた掘り返してみます。

 セクハラ、アルハラ、パワハラってのが問題になるようになったのも、女子が増えたせいだろうね。セクハラをしていいって言ってるんじゃないが、そんなことで大学がエネルギーを使うのはムダだって気がするね。
 アルハラなんて、もっと悪い。今大学に行くと、アルハラはいけませんってポスターが貼ってある。大学生になったら、酒飲むのは当然だろ。そこで酒を覚えなくて、いつ覚える? 会社に入ってから覚えるのか? 酒の飲み方まで一から教えないといけないってんじゃ、会社だって面倒臭いから若い奴の育成なんてしたくないって言い出すのもわかるよ。
 私も大学の時に、雑誌をつくる部に入ってたんだけど、ずいぶん飲まされたよ。寿司屋で飲み会したとき、ビール大瓶一本を全部寿司桶に入れて、一気飲みさせられた。そしたら完全に酔っぱらっちゃってね。タモリのイグアナのまねをしちゃったんだが、その時、ひとつ上に、あの田中康夫がいてね。あいつはもともと少し変わってるし、酒がなくても暴れられる奴だからさ、あいつもイグアナのまねをして、それで私の大事なところをさわるんだよ。
 まあ、私もそんなに酒飲んで暴れるのは好きじゃなかったんだけど、しかし、それで仲間意識をつくっていくわけで、そういう経験を大学時代にしておかなくて、社会に出てからどうするんだろう? 社会に出られないだろって思う。
 当然、アルコールが入るとセクハラも起きやすいからね、まして女子学生が増えればセクハラが起こる可能性が高まるから、アルハラ禁止ってことになるんだろうね。(……)
 でも、やっぱり学生は学生時代に酒の飲み方を覚えるべきだよ。会社に入ってから覚えるんじゃ遅いんだよ。そういう奴が会社に来ると、飲み会でカルピスとか頼むんだよ、カルアミルクとかさ。それでおかずは肉豆腐、って、こら! てめえ、ミルクで肉豆腐食うな! って怒鳴りたくなるよな、私だったら。
 (……)
 でもさ、そういう奴が会社に入ってきて、まあ、社員だけの飲み会ならいいけど、得意先の接待とかで、若い奴がカルピス飲んで、刺身食ってたら、やっぱり印象が悪いと思うけどね。私なら嫌だね。こういう社員の教育のなってない会社とは付き合いたくないって思うだろうね。
 (三浦展『下流大学が日本を滅ぼす!』、KKベストセラーズ、2008、pp.125-127)


まず驚かされるのは、著者が「アルハラ禁止」が謳われる理由を「セクハラが起こる可能性が高まるから」という程度のことだと思い込んでいることです。
日本人の半数近くは遺伝的にアルデヒド脱水素酵素II型を持たないので体質的に酒に弱く、飲めば危険があるということは今では高校の「保健体育」でも教えられています。
アルデヒド脱水素酵素II型――試験に出ます。

もちろんこれは比較的近年の発見であって、著者の学生時代には教えられてはいなかったでしょうが、それは言い訳にはなりません。しばしば飲み会での急性アルコール中毒で救急車が呼ばれたり死亡したりという事故があって、それがアルハラ禁止が叫ばれるようになったことに関わっているといったことも知らないで、しかも自分の無知に気付かず、「まあ、この程度の事情だろう」という自分の当てずっぽうな推量で分かっていると思い込めること自体、「学び」ということから無縁で生きている証拠だからです。

その上、日本の法律では20歳未満の飲酒は禁止です。大学入学は18歳からです。
もし本当に「酒の飲み方くらい大学時代に覚えるべきだ」(この項の表題)と言い、そうしなければ「社会に出られない」と主張するのなら、まずこの法律そのものが「社会人の育成を阻害する悪法」として糾弾されねばなりません。
そこで法改正運動もしないで「大学生になったら、酒飲むのは当然だろ」と言うのは、要するに大学に「法を破る責任」を押し付けることです。

学生時代に「酒の飲み方くらい」しか学ばないと、こういう無責任な大人になってしまうということはよく分かります。

もっとも、著者が無責任な大人であろうが何であろうが、自称では「1年間で100回公演して、それだけで2千万円くらい稼いだ」(同書、p.97)と言っているのも事実でして、ならば著者の価値観からすれば何も問題はないのでしょう。
新しい医学知識にキャッチアップするとか責任ある発言をするとか、アホらしくてやってられないよ、と。

なるほど、個々の社員にそうそう特別な能力など求められない、だから学業なんかよりも酒の飲み方やそれを通じた人間関係の方が大事だ、というのなら、そうなのかも知れません。
しかしならば、入社試験にアルコール体質テストや飲み会がないのはなぜか、合理的な説明をお願いしたい。


そもそも著者は「だいたい今の教育制度は時間がかかりすぎる」(同書、p.204)と、学校教育およびそこで学ぶことに大した価値を認めていません。

 言い換えれば、高校なんて意味がないと文部官僚自身が認めていることになる。この点は私と同意見だね。寺脇〔研〕さんが、みんなが高校や大学に行くことが幸せなのかという問題提起をしているのだとすれば、理解できるけど。
 (……)
 しかし、17、18歳の若者を狭い教室に閉じ込めて、履修はすれど習得はしない状態で3年間、蛇の生殺しみたいにするなんて、ほんとにもったいない話だね。それならスポーツに打ち込んでいるほうが百倍マシだ。そして、そういう人間の方が会社の就職にも有利だし。
 でもみんながスポーツに打ち込むわけじゃないんで、それなら、社会に出てから役立つことを教えた方が生徒のためだろうと思うね。
 (同書、pp.209-210)


結局、学校なんかにいつまでも閉じこもっているよりさっさと社会に出た方がいい、そして社会に出るために必要なことは学校教育なんかよりも、たとえば酒の飲み方のような事柄だ、というわけです。

しかしならば、著者は一橋大学という大学の中の大学(とまあ、言ってもいいでもしょう)を出ながら、なぜスポイルされなかったのでしょうか?

ここでふたたび最初の引用文――特に第3段落――を見ると、田中康夫との知己などを誇りつつ、「自分も学生時代にはこんな馬鹿をやった」と自慢気であることに気付きます。
社会に出もしないで大学などに留まり(少なくとも“著者の価値観によれば”これは社会人としてプラスではありません)、飲み会で愚行に耽り――要するにこれは「オレはこんなにバカになった」という自慢話です。

そんなことがなぜ自慢になるのか、考えられるのは、「これだけバカになるための手続きを踏んでも、まだ耐え抜けるほどオレは元々頭が良かった」という結論を引き出すためです。
とすればバカになることに耽った方が得なのであって、その証が著者が講演で「2千万円くらい稼いだ」ということだとすれば、勉強なんてやってられない気持ちも分かろうというものです。
その意味で、本書で取り上げられている「下流学生」たちの何割かは著者と同意見なのではないかと思います。


まあしかし、社会人経験のない私のような者が「飲みたくない人に酒を押し付けてくるような社員を放置している会社は問題がある」と言ったところで「お前はいずれにせよ取引先じゃないから関係ない」と言われるだけですが、立派な社会人であるらしき著者が「ミルクで肉豆腐を食う」ような社員のいる「会社とは付き合いたくない」と言えばそれらしく聞こえるのであって、ならば世間様においては人に酒を強要するのは良いけれどミルクで肉豆腐を食べてはいけないのでしょう。そう思っておきましょう。


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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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