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中身がおっさんの美少女はいかが――『美少女を嫌いなこれだけの理由』

おそらく今頃は電波の届かないところにいるので予約投稿となります。
今回のライトノベルは『魔法少女育成計画』の作者の前作にしてデビュー作です。

美少女を嫌いなこれだけの理由 (このライトノベルがすごい!文庫)美少女を嫌いなこれだけの理由 (このライトノベルがすごい!文庫)
(2011/09/10)
遠藤 浅蜊

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この作品世界には、人間の美少女によく似た種族「美少女」が存在します。それ以外の点では現実に近い世界観のようですが、その歴史などについて詳しい言及はなし。
「美少女」は外見は皆美少女ですが、老若男女があります。
主人公・亜麻野雄介(あまの ゆうすけ)には「学級委員」属性の美少女・山田五郎八(やまだ いろは)と「吸血鬼」属性の美少女・サブリナ・ハーグリーヴズの二人が住み着いていますが、実は五郎八は年金を貰っている爺さんでサヴリナは江戸っ子のおっさんです。
こうなっているのは雄介の父親が美少女であったため、彼自身も「準美少女」として扱われ、二人の年輩美少女とともに「簡易美少女局」という、何でも屋的に美少女に仕事を割り当てる役所を開設することになったため(雄介の肩書きはSMG(サポートマネージャー))。

 美少女が超越者として恐れられたり崇められたりしていた神代の昔はとっくのとうに終わりを告げた。美少女維新により美少女制度が近代化した……というか国策として美少女を甘やかすようになり、外国から出稼ぎ美少女が多数流入、十の城でも換え難いと言われていた美少女の希少性は暴落し、現代では人間の良きパートナーとして、生活の中に溶けこんでいる。
 その美少女がクローズアップされた前々回の衆議院選挙は美少女選挙と俗称された。各マスコミでは連日のように美少女特定局の優遇ぶり、美少女年金の高配当などが喧伝された。逆らうものは身内であっても抵抗勢力と断ぜられ、当然の帰結として与党美民党が大勝。職にあぶれた美少女を拾いあげるための組織である――建前上は美少女と人間の間を取り持つための組織ということになっていたらしい――全国美少女連合略して全美連は公社化され、準備期間を経て民営化された。
 (遠藤浅蜊『美少女を嫌いなこれだけの理由』、宝島社、2011、pp.17-18)


とまあ、こんな説明では分かったような分からないような話ですが、雄介からして両親を亡くして(正確には父親は行方不明ですが)アルバイトをしつつやっとのことで学費を稼いでいるという状況で、それゆえにSMGとして給料も貰えるという話から簡易局設立という話にも乗らざるを得なかったという事情です。
しかし簡易局員としして仕事を割り当ててもらえること自体一つの権益なわけで、コネでそこに漕ぎ着けた五郎八とサブリナに対しては親局や本部から嫌がらせがあり……と、本作は実は社会的弱者たちの世知辛い話でもあります。

そのことを考えると、(コネもあるがその分後ろ暗いところもありそうな)おっさんと爺さんという設定はよくマッチしています。そして、「ライトノベルには美少女が不可欠だが、外見だけ美少女にしてやったらどうだ」という挑戦的なものが感じられる作品でもあります。
しかもその上で、外見だけは理想化された美少女を相対化するような筆致。
序盤からいきなり

「坂本さんちの末っ子なんだけどね」
「毎朝アニメのオープニングを大声で歌いながらうちの前通っていく子ですねえ」
 雨樋の上で小鳥が愛を囁いていた。その甘い囁きよりも、二人のどうということのない会話の方が、より甘くより心地よく鼓膜の奥へと染みていく。
「あいつさ、美少女が羨ましいって言うんだよ」
「はあ。またどうして」
「俺も不思議に思ってさ、何が羨ましいんだって聞いたら『美少女ってウンコしないんでしょ? 学校でウンコすると馬鹿にされるじゃん』なんつうたわけたことをこきやがる」
 ひとひらの花びらよりも可憐、耳にするだけでも保護欲をかきたてられるその声で交わされるのは、小学生レベルの下ネタ。おまけに全裸。
 (同書、p.7)


といったありさまです(ちなみに、「美少女はトイレに行かない」もいつのネタかと思いますが、「あの家でトイレを使うのって僕だけですし」という発言もあり、どうもこの作品の設定としては事実のようです)。
他にも汗をかかず臭くならないとか(ただしその分、風呂に入る必要もないので風呂嫌いも多い)、とかく理想化されたイメージが戯画的に強調されます。
さらに、

 本人の属性が学級委員であるということは、基本的に片親が学級委員属性の美少女で、その性質を受け継いでいるということになる。美少女という生き物は総じて型にはまっているため、人間よりもタイプ分けが単純だ。
 (同書、p.18)

と、世にある美少女の「型にはまっ」たキャラ造型を衝いたネタ。さらに生まれつきの属性に加えて眼鏡やら特殊な語尾やら服装やらといった「オプション」を追加するのは認可制(役所の都合)という世知辛いネタまで加わってきます。

 パンツがちらちら見え隠れする短いスカートを穿くにはP級免許が必須、その状態での激しいアクションだとA級免許、これはパンツに見えるけど実際のところはズボンだから見られたって恥ずかしくないもんと言い張って日常生活を送るには乙種特殊装備取扱免許に加えて各方面への届出が必要と、民営化されてこのかた、SMGでも把握しきれないほどオプションにまつわる免許が細分化されている。
 (同書、p.65)


「美少女の理想化」そのものを冷静に対象化する視点は、魔法少女の姿がゲームのアバターでやはり理想の美少女であり、中身は老若男女様々であった『魔法少女育成計画』にも引き継がれていますし、さらに具体的には「箒に乗った魔女」や「忍者」やそれらのバトルといったモチーフも『魔法少女育成計画』に登場します。

そして、繰り返しますが、にもかかわらず中身はおっさん達です。
男言葉の美少女キャラクター」なら十分にあり得ますし、「江戸っ子」もあり得ないとは言えなかったでしょう。恥じらいもなく全裸でいる美少女も先例はあります。
しかし本作の場合、サブリナの言動や挙動の一つ一つがまさしく――「おっさん臭い美少女」では断じてなく――おっさんのそれであることは見紛いようがなく、イラストがあっても自然とおっさんのイメージが浮かんでしまいます。この筆力は瞠目すべきです。

ただ、――そもそもこの作品において一貫したストーリーとディテールのどちらが重要化は微妙なところですが――ラストに向けてのドラマツルギーはある種常識的でもあります。
中盤で本部からの監査役としてやってきた若い女性の美少女・葛雛杏里(くずひな あんり)にサブリナが恋をし、物をプレゼントすることしかできないおっさんらしい不器用さを見せつつも、最後は恋を原動力に強敵と戦う――言ってしまえばそんな具合です。

しかし、恋し、強敵と戦い、勝つ――これはいかにも若者的なドラマです。
もちろん、中高年がそれをやっていけない、というわけではありませんが、中高年だからできること、となればおそらくそれは別のことでしょう。
たとえば『羽月莉音の帝国』最終巻の大原総理は若者たちが戦って消えた後にエピローグの語り手として登板し、おそらく還暦を過ぎようという歳になって真に「権力を持つこと」すなわち途方もない責任を担うことに直面した男の境涯を見せました。
『六百六十円の事情』の「私」は老いに直面した老人なりの「成長」を見せてくれました。

その意味では、本作『美少女を嫌いなこれだけの理由』のメインストーリーの締めは「おっさんであること」を活かす方向には向かわなかったとも言えるわけで、同作者の『魔法少女育成計画』では魔法少女の中身は老若男女様々でありながら、最後に生き残って成長を見せる二人は正体も10代の少女であったことを考え合わせると、おそらくは後者の方が作者の持ち味を活かしていたのでしょう。

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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