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精神臨床小説の問題に関連して――『ぜんぶ彼女に「視」られてる?』

気が付けば9月は大半を実家で過ごすことになりました。
食事が家族と共通なので、自分で買って来たものの何割くらいを自分で食べたのか、またどのくらい他人が買って来たものを食べたのかよく分かりませんが、明らかに生活費は一人暮らし時よりもかかっています。家族とのトータルでならどの程度節約になったのかは不明ですね。

 ~~~

今回もライトノベルですが…

ぜんぶ彼女に「視」られてる? (ファミ通文庫)ぜんぶ彼女に「視」られてる? (ファミ通文庫)
(2012/08/30)
淺沼広太

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本作のヒロイン・八神花梨(やがみ かりん)は「人や物の記憶が“視える”」という能力の持ち主ですが、発言は何ともたどたどしく不可思議で、「“視た”ものを伝えるコミュニケーション能力が欠如していた」(あらすじより)という人物。
主人公・後藤智一(ごとう ともかず)は冒頭で階段から落ちて頭を打ち記憶喪失になりますが、八神さんのお陰でいとまず回復。第2章からは八神さんの発言を「読解」して他の事件解決に当たる……かと思いきや、後半はやはり彼自身の抱える問題とより深く失われていた記憶を取り戻すことが問題になります。

この両者の設定がまさしく京極夏彦『姑獲鳥の夏』における榎木津礼次郎と関口巽であるという指摘がありましたが、実際その通りでしょう。

その上で気になることがあります。
忘れたいようなものであるがゆえに忘れ去っていた記憶、すなわち無意識下に抑圧された記憶を発掘し自らと向き合うというストーリー――作中では「自分探し」とも形容されています――のフォーマットは、精神臨床小説(※)とでも言うべきものです。

※ 私が勝手に命名。実際に病院の病棟が舞台であるということではなく、臨床心理的な状況が題材になっていることを指します。

その精神臨床小説の本家である『姑獲鳥の夏』においては、関口が自らの久遠寺家との関わりを忘れていた理由一つ取っても「通りすがりに“狂い”だと言われた」とか二転三転し、「そのことを忌まわしく忘れたいと思っていた理由」もまた捏造であったという形で、何重もの抑圧が存在することが描かれます。
それは、それだけ抑圧すべきものが恐ろしいからです。
そして、「憑物落とし」を経て抑圧が解除される時、押さえ込まれていた歪みが噴出し、事態は悲劇的な結末へと向かう――そんな物語が、妖怪絵図が現実のものとなる美しくも凄絶なビジュアルイメージをもって描かれています。

あるいは、ファンタジー的設定による隠喩(と私は解釈する)ですが、『も女会の不適切な日常』は、「平穏の下に抑圧されていた陰惨なもの」すら構築されたものである、という形で、経験的な忌まわしい事態を超えたところにある「“いわく言いがたいもの”=トラウマ(傷)」に迫り、さらにそうした解体の後に平穏を再構築することが途方もない努力を要することをも描いてみせました。

対して、本作『ぜんぶ彼女に「視」られてる?』にそうした契機はありません。
智一が仕事でほとんど不在の父親を嫌っていることは序盤から触れられており、終盤で問題になるのはむしろ父親のことを「忘れようとした」ために「楽しかった」ことまで忘れてしまっていたことです。
また、第2章で登場するお嬢様・七尾奈緒(ななお なお)も妾腹の子であり母子家庭で育ちながら、跡継ぎがいなくなったという事情で急に七尾家に引き取られたという事情を持ち、そんな運命を強いた父親を憎んでいます。
智一も「父親との確執」という彼女との共通点を自覚しすが、このことは以降それほどストーリーに関わらず、奈緒はクライマックス付近には登場もしません。

「あって欲しい家族」のような「不在のもの」を求めることは歪みを生み出す可能性があります。そこで生じるのが「見たくない事態」から極端に目を背ける抑圧だったりするのではないでしょうか。
たとえば――『も女会の不適切な日常』に引き続き同レーベルですが――『B.A.D.』(綾里けいし)においては、不在のもの――もっぱら死者――を追い求める哀しくも醜悪な人間の姿が繰り返し描かれます。
もっとも、心理的機微については『B.A.D.』はある意味ではシンプルで、作中で起こる怪事は大部分が霊能者によって意図的に引き起こされたものです。そこで強く印象付けるのは、避けようもなく悲劇を招く人間の弱さというよりも、人を陥れる強烈な悪意であり、承知の上で破滅に向かう者の姿です。
それでも、不在のものから求めることから来る「歪み」を生理的感情に訴える描写(いわゆるグロ描写)と組み合わせて巧みに描いていることは間違いありません。

私は別に、「歪みを描かねばならない」とか「悲劇を描け」と言っているわけではありませんし、もちろん精神分析理論に従って小説を書かねばならないとも言いません。ただ、「忘れたい嫌なこともろとも――むしろ、嫌なこと以上に――楽しいことを忘れていて、それを思い出したらめでたしめでたし」では、そもそもなぜ記憶の抑圧が存在したのか、分からないのではないでしょうか。

本作に対しては、そもそも智一の父親に対する憎しみが伝わってこないといった意見も多々目にしました(AMAZONのレビューからして)が、それも大本は上のような事情に、つまり結局は『姑獲鳥の夏』という精神臨床小説のフォーマットを取り入れながら内実が対応していないことに起因するのではないでしょうか。

さらに言うと、智一はいわば「治療」を受ける側であると同時に、八神さんの台詞を読解することで、二人三脚で探偵役を果たす人物でもあります。
このことは「対話の中で治療を進める」というすぐれて臨床的な物語となり得たかもしれない要素ですが、あまり良い方向には出ていないように思われます。むしろ、「俺は~~を忘れようとしたんだ」と本人が分析的・客観的に語っているのは、著しく迫力を欠きます。


他方――これも多くの指摘があり、作者自身あとがきで強調している通り――それを補い得るかも知れない本作の取り得は一にも二にもヒロイン八神花梨の魅力です。
彼女の台詞は本当に独特で、たとえば階段から落ちた状況を説明しようとして、

「ま、ままままず右足が先に出るんです」
「はい?」
 彼女はその場で会談を下りるようなジェスチャーを始めた。俺はひとまず黙って最後まで見届けることにする。
「その時、左足が交差したところに、右斜め後ろからわりと強めの力がかかってしまいますよね?」
「同意を求められても困るんだが……もう少しわかりやすく説明してもらえるか?」
 八神さんは子リスが頬袋にひまわりの種を詰め込んだように、ほっぺたを膨らませた。怒らせてしまったんだろうか。
「ええとええとですね、右足から左足に体重が移動するんです。それはたぶん、重心移動という現象なんだと思います」
 重心移動の説明をしようとしているのはわかる。けど、それを説明することで八神さんが俺に何を伝えようとしているのかがわからない。
 (淺沼広太『ぜんぶ彼女に「視」られてる?』、エンターブレイン、2012、pp.14-15)


しかしとにもかくにも智一に話を理解してもらえると「智一さんがわたしの初めての人ですね」(同書、p.37)と言って、すっかり犬のように懐いてついて来るようになります。また食べ物に滅法弱く、廊下に置かれていた(不審な)ケーキを食べようとして、

「おいおい、目の前においしそうなものがあっても、傷んでいるかもしれないとか、毒が入っているかもしれないとか、誰かの所有物かもしれないとか……そういうことは考えずに食べるのか?」
「その発想はさすがになかったです」
 (同書、p.58)


といった次第(ついでに「食べ物をおいしそうに食べる」というのも作者自ら語っているポイント)。

とすれば、仮に続編があって持ち味を活かしていくならば、精神臨床小説的な方向性は止めて、二人で事件解決に当たる物語にするのが無難なのでしょう。


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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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