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「アイで空が落ちてくる」と終末のニヒリズム

前回の続きですが、『アラタなるセカイ』の内容に深入りする前に、表現の話からもう少し(ネタバレ話を求めて検索してきた方が結構いらっしゃるようですが、すいません)。
アニメ「未来編」は、人類が滅亡して人面魚や巨大鳥の跋扈する廃墟の都市を舞台にしながら、退屈しのぎにしりとりをしながら歩いていたりする4人の少女の姿は奇妙にのんびりしたもので、悲壮感からも「生き延びなければならない」という必死さからも程遠いものです。
もしかするとタイムトラベルに持って行けるものは限られているのかも知れませんが、それにしても八草の携帯電話以外は持ち物もない制服姿ですし(もちろん、「素晴らしい未来に行く」つもりならばサバイバルの備えは要らないわけですが、しかし本音としては「素晴らしい未来」には期待するな、とも言われていたわけであるにもかかわらず)。

それはおそらく、彼女たち自身、なぜ自分たちが未来に来ているのか知らないせいでしょう。
未来で果たすべき仕事があるわけでもなく、少なくとも子孫を残すことはできないわけで、生き延びることが求められているとも思えず……と。
しかも彼女たちの元いたのは、人口が数えるほどに減った、「明日の来ない」町です。荒廃した終末世界には慣れているので、いまさら悲壮感でもない、というところでしょうか(まあ現代編では科学者たちが何らかの技術で食料を提供してはいるわけで、それもないというのは重大ではあるはずですが…)。

入間氏が最新の『電撃文庫MAGAZINE』Vol.28に書いていた短編「制服ピンポン」は女子高生の緩やかな友情を描いた心暖まる小品ですが、ここでも「制服」気負わないあり方の象徴となっていました。

 昨日、日野と永藤が卓球している姿を見てつくづく感じた。
 あーいうのは求めてない、と。
 きっちりとジャージを着て、誰かに認められて卓球するのはなにかが違う。
 ここは四人でわいわいやる場所じゃない。安達とわたしが、制服で緩くピンポンする空気が一番適しているのだと思う。その独特、二人きりでしか出せない気怠さのようなものに身を置くことが、ここに来ていた意味なんだと思う。思う、思うばかりでちょっと曖昧で。
 (入間人間「制服ピンポン」『電撃文庫MAGAZINE Vol.28』、角川書店、2012、p.115)


授業をサボって体育館の2階でだらだらと過ごすような――
きちっと準備して意図的に何かをしに来たのではないという点で、滅びた未来の廃墟を散策するのも、似たようなものなのでしょう。

『アラタなるセカイ』未来編に戻ってついでに言っておくと、靴下を脱ぎ素足で水に入って魚(人面魚)を摑み捕ったり、その後スカートとパンツを脱いで干し、下半身に毛布を掛けていたりする八草の姿は実に絶妙なエロスがありました。
「あまり媚を売っている感じじゃない、突き放した感じのエロさを出したかった」(『アラタなるセカイ』特製ブックレット、p.25)という立川譲監督の言は非常に的確で、入間作品の映像化としてもよくマッチしていたかと思います。

未来編の主人公・八草↓
アラタなるセカイ 八草
 (特製ブックレット、p.15)

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 ―――

さて、回りくどいことですがここで「世界の滅亡」というテーマ上の補助線として、『電撃文庫MAGAZINE』Vol.18に掲載された入間氏の短編「アイで空が落ちてくる」に触れておきたいと思います。
この短編は『時間のおとしもの』に収録される予定でしたが、事情により不可能となったとのこと。
その原因は読めば分かりますが、要するに津波で街が――おそらくは世界が――壊滅する話だからです。
これを3.11のちょうど1ヶ月前に発表してしまったという辺り、良きにつけ悪しきにつけ巡り合わせというものはあるのだと思わざるを得ません。現実を一歩先取りしてしまうというのは資質です。

電撃文庫 MAGAZINE (マガジン) 2011年 03月号 [雑誌]電撃文庫 MAGAZINE (マガジン) 2011年 03月号 [雑誌]
(2011/02/10)
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しかしこの短編は最近になって公式WEbサイトに掲載されました。

 アイで空が落ちてくる

これはやはり偶然ではなく、『アラタなるセカイ』と呼応しているように思われます。いや、その意図があろうがなかろうが、そう読みます。
Web版だと最終ページの素晴らしいイラストがないのが残念ですが…(ブリキ氏が入間氏と組んでやった仕事の中では最高のものではないかと思います)しかしこれは慣例から言って、単行本化されてもおそらくは収録されなかったでしょう。

それはそうと、この短編は解答編のないミステリです。12ページほどの短編なので、実際に読んでみることをお奨めしますが…
以下ネタバレの話です。




「空から海が落ちてくる」ような津波(?)によって壊滅した街で、主人公の少年・シロなぜかただ一人だけ生き残ります。そして、壊滅した街を歩いていて、シロはある奇妙な黒猫の死体を見付けました。死体なのに暖かさを失わず、しかも時々「消えて」また現れるのです。
やがてある時、この黒猫の尻尾に結び付けられて手紙が届きます。手紙の差出人は「林檎(リンゴ)」と名乗る女性で、別の並行世界におり、並行世界の研究をしているとのこと。この黒猫「ヤマト」はなぜか並行世界を行き来しており、しかも向こうの世界では生きているのです。
最後に林檎さんから、並行世界への転送実験が成功したので、次は自分がシロの世界に助けに行く、との旨の手紙が届きます。

 ああ、楽しみだなぁ。
 入間人間「アイで空が落ちてくる」、Web、p.12


かくして壊滅した街の中でも未来に希望があるかのようにして物語は終わりますが――


だがちょっと待った。

(……)あ、それと私はリンゴさんだけに、赤い服を着ていくから! 分かりやすくていいね!』
 (同所)


遡って、シロが最初に黒猫のヤマト(死体)を発見した場面の描写を見てみると……

 猫は最初に見つけたときから、どこか不可思議な印象があった。横たわる猫の周辺には、あまり見覚えのない材質の破片や壊れた機械のようなものが転がっていたのだ。あれはなんだったのだろう。テレビの中身も見たことがないぼくには、それがなにか区別つかなかった。それとボロボロの赤い服と細長い肉塊も側に横たわっていて、鳥に突かれた跡があった。さすがにそっちは運んで来られなかったので放置してある。鳥のように貪欲に、食べる気にはなれなかった。
 (同、Web、p.2、強調引用者)


そして林檎の写真を見た時、シロは「なんだか、リンゴさんに見覚えがある気が」(同、p.8)しています

ここにおいて「シロ君と私の地球には多少の時間のズレがあるみたい」(同、p.12)という最後で語られる設定の意味が明らかになります。
実際、ここまでのように猫の尻尾に結び付けて手紙のやり取りをしているだけならば、どちらの時間が早かろうが遅かろうがほとんど影響はありません。最後で人間を転送するに当たって「調整」に問題が生じるのでない限り――

そんなわけで、林檎は失敗して物語の始まる前の時間に飛び、そして死にました。ゆえにシロの許に助けは来ません。
かくして、時間移動により未来の希望は過去の絶望に移し変えられます。
これが単行本に収録できなかった真の理由もここにあるのでしょう。

さらに、ここから先は推測の域を出ませんが、空から海そのもののような大量の海水が落ちてくるという未曾有の大災害自体、林檎の転送実験の失敗によって引き起こされたという可能性はないでしょうか。
助けに行こうとすることこそが滅びをほたらした、だからこそ、アイ“で”空が落ちてくる、なのだとしたら――
タイムパラドックス物としては素晴らしい出来です(そもそも、黒猫のヤマトが並行世界を行き来していること自体、この転送実験によって生じた事態だとすれば、まさしく「未来にタイムマシンを発明した自分からタイムマシンを作り方を教わる」ようなパラドックスです)。

もちろん、だから並行世界になど行こうとしなければ良かった、助けに行かなければ良かった、という話ではないでしょう。そんな「何が良かった」と事前に言えれば、苦労はないのですから。

『昨日は彼女も恋してた』『明日も彼女は恋をする』の主人公たちも、当初はそもそもタイムマシンの成功を信じていません。そして、過去に行けてしまったとなれば、過去の事柄に関わり始めます――その結果の重大さなどつゆ知らず。
もちろん、過去に干渉すればどんな危険があるか、というのはタイムトラベル物の基本問題であり、だからタイムマシンの実用化された世界ではタイムパトロールのようなものが必要になったりするわけです。
ただ、ここでも一度過去に干渉して由々しき事態を引き起こしてしまったので再修正する、という『バック・トゥー・ザ・フューチャー』の物語のイメージが巧みに引用されています。一度改変できたなら、再改変すればいい。それが何とトレードオフなのか、誰を犠牲にするのかを知らないままに――

「誰かが幸福になることで、他の誰かを不幸にする」という複数作品で繰り返されるテーゼも、たとえ他者を尊重して生きようとしても、図らずも他者の屍の上に生きてしまった者の言として読まれるべきでしょう(『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』の場合、特に顕著ですが)。


さて、「アイで空が落ちてくる」に戻ると、ハッピーエンドに隠されたバッドエンドは実に鮮やかで衝撃的でしたが、他方でこのような希望のシニカルな解体は、最終的には自らの拠って立つ基盤をも破壊して行きはしないか、という思いもあります。
もっとも、入間氏も――シニカルではあっても――決してかくのごとく希望を破壊する話ばかりを描いているわけではありませんし、この短編一つで何か問題がある、というほどの話でもないのでしょうが。

ただ、「アイで空が落ちてくる」を「克服する」などと大それたことは言わないまでも、「滅亡」をテーマにするならば、おそらくここで描かれた事態――「未来の希望」と「助けに向かうこと」の解体――から改めて出発せねばならなかったのではないでしょうか。
 (続く)

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テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

No title

はじめまして。
時々検索結果から来てはちょっと私の頭には難しいながら感想など読ませてもらっています。

『アイで空が落ちてくる』に関する考えはわたしも大体同じなのですが、T.Y.さんはハイパーイルマ大戦File.03をもうお読みになってますか? あちらを踏まえた感想も少し見てみたい気がしました。
わたしはアイで空が落ちてくることの原因が林檎さんだったとしても、その林檎さんによる希望があっての彼女なのではと思ったのですが……(わかりにくくてすみません)。

がっつりした感想が読めて面白かったです。それでは。

Re: No title

はじめまして。コメントありがとうございます。
私の記事がお楽しみいただけたのならば何よりです。
話が長ったらしいせいか、コメントしてくる人などめったにいないので、誰か読んでいる人がいるのか疑問に思っていましたよ。

『ハイパーイルマ大戦 File.03』は読んでいます。あれはまったくの特別企画と思われるので、あそこでのシロがいかなる条件下で合コンに紛れ込んでいるのか、と問うのはあまり意味がないのかも知れませんが…
実際、林檎さんの存在による希望がシロを生かしたのであり、そのことの意義は否定されないということであれば、私もそう思います。
そもそも、――黒猫のヤマトが並行世界を移動できること自体が転送実験の結果である、という因果関係のループが成立しているとしたらなおさらですが――林檎さんとシロが文通したのと転送実験が行われ失敗したのは一つの事柄であって、一面だけを切り離せることではないでしょうし。
だからこそ、「何が良く、何が悪かったのか」と言うことができない(しかし結論としてはバッドエンド)という状況がいっそう際立つのではないか、と。

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それでも生きている――『アラタなるセカイ』

前回までに続き『アラタなるセカイ』の話です。 そう言えば、「今日」を繰り返す、すなわち様々な「今日」の中を町ごと移動しているので、毎日「世界が切り替わる」時には「空が
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
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