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大学論ふたたび

田中真紀子文部科学相が3大学の新設を不認可としたことがニュースになってもう1週間近く経ちました。結局、一転して認可するという形になったようで。
今まで文科省の指示通りにして設置に向けてやってきたものを大臣の「鶴の一声」で覆せるなら、手続きとは一体何でしょうか。「ルールの改定など必要ない、自分はルールの上にいる」――こういう態度の人が目立つようになったように思えるのは気のせいでしょうか。
仮に大臣が、自分の権限において何か許されているか「分かっていなかった」としても、今日日その程度のことでは驚けませんが。

で、不認可の理由は「大学の数が多すぎる」とのこと。
「大学が――ひいては大学生が――増えすぎたことが学力低下に繋がっている」というのもあちこちでたっぷり聞いてきた理屈です。
しかし、学力問題とはそのようなことだったのでしょうか。

もちろん、今までは大学に進学しなかった学力下位の層が進学するようになれば、「大学生全体の平均学力」が低下するのは当然です。
ここまでまず「(大学生の)学力低下」の論拠を考えてみると、以下のようなものが考えられるでしょうか。

1. 学力調査によるデータ
2. 大学、あるいは中等教育の先生方の実感
3. 大学卒の若者を相手にする人の実感

まず1ですが、今までに学力問題本を読んできた限り、学力低下論争の嚆矢となった『分数ができない大学生』を初めとして、学力調査の多くは最初から大学を絞り込んだものであって、「頂点から底辺までの大学生の平均学力」などを調査したものではありませんでした。
そもそも、「進学率が上がれば平均学力が下がる」等という自明のことをわざわざコストをかけて調査する人がどれだけいるでしょうか。
2の「実感」にしても、一人の先生が一つの学校に留まっている限り、「その学校の学生の学力の推移」は分かるでしょうが、「大学生全体」などどうやって見えるのでしょうか。学校を移れば学校によるレベル差も分かるでしょうが、それが「進学率の増加による年次変化」だと分かるのでしょうか。
3にしても、あらゆるランクの大学を出てくる若者を幅広く相手にしている人というのはそう多くはないでしょう。そして、そうした人の証言が「学力低下論争」関係で取り上げられているのを見た覚えはほとんどありません。

ただし、底辺大学の学生を相手にすれば「今時の大学生はこんなにひどい」とゴシップ記事風の話題にすることも可能であり、「かつてならばこのレベルの学生が大学進学することはなかった」と論じるのもある程度は正しいでしょう。
が、それを上位大学の内部でも起こっている「学力低下」と混同するべきではありません。

常識的に考えて、入試問題に名前を書きさえすれば入学できる大学がいくら新設されたからといって、それは上位大学の入学難易度にも学力にも直接は影響しないはずです。


が、ここは一つ譲るとしましょう。
上位大学内部でも生じている学力問題は別にしても、そもそもこんなにたくさんの学生が大学に進学する必要はない、という主張があります。
とは言えこの手の主張も、大卒がエリートであった昔に固執し、「大学がもっと幅広い層の教育を引き受ける機関に変化した」現実を受け入れられないだけであれば、箸にも棒にも引っ掛かりません。
実際、内田樹氏などは「低学力の学生がそのままで社会に放り出されることでどんなメリットがあるのか」と問い、4年間プラスして教育を受けることで少しでも学力が向上する可能性があるならばそれは良いことである、と主張しています。

これに対して「どうせ進学しても4年間余計にモラトリアムで遊んでるだけだろう」と(自分の学生時代を敷衍して)主張するのであれば、それは入試難易度の頂点大学にも底辺大学にも等しく当てはまり得る、と言いたいですね。「京大は1%の天才と99%の廃人を生み出す」と言われた京大、かつては1年間に4ヶ月しか授業のなかった京大文学部はどうなるのか、と。

そうではなく、「そもそも大学なんかに行っているより、さっさと社会に出て働いた方が成長に寄与する」という主張もあります。
では現在、高卒や中卒でどんな就職先があるのか、それで成功している人の事例としてどんなものがあるか、話はそれからです。
賃金は安めでも高卒で就職できれば、同期が学費を払って大学に行っている間にちょっとした貯金もできるかも知れません。ただし「もし存在すれば、しかし現実には(ほとんど)存在しない」では話になりません。


が、ふたたび譲って、大学に行くよりさっさと働く方が教育的であると認めたとしましょう。
しかし、それはともすれば――古い言い回しですが――「大学に行けばバカになる」という類の主張であり、それを大卒者が主張するというのは「私はこんなにバカになった自慢」になりはしないでしょうか(「酔っ払いの狭い世界」参照)。
それがまかり通るなら、「今時の若者が勉強しない」のも当然と言わねばなりません。


まあそれでも、大学の数が多すぎ、結果としてすでに定員割れする大学が多数発生していることは事実です。
なぜこんなに大学が増えたのか、それは文科省が設置基準を緩和したからです。
これは教育の世界にビジネスの論理を持ち込もうとしたことによる失策である、というのはやはり内田樹氏の主張していることですが、この点に関してはちょうど先日取り上げたライトノベル『好敵手オンリーワン』の3巻にもタイムリーなネタがありました。

「ひとつ覚えておいてください。天都さんもお店をやったり、教会を運営したりしていろいろな人に会ってきたでしょうが、学校の先生たちというのはある種独特な文化を持っています。私もこの学校をやる前はいくつも仕事をやってきましたが……先生たちの世界は、一般的な業界とはまったく違う世界です。決して悪い意味で言っているわけではありませんが、本当に難しい。しっかり味方につけるべきです」
 (至道流星『好敵手オンリーワン 3』、講談社、2012、pp.206-207)


この後、買収した専門学校の利益拡大を焦った水貴の「学校改革」はやはり裏目に出ます。これは追い詰められて冷静さを失った経営者の拙速なやり方による失敗でもありますが、同時に学校という「独特な文化」に外的な経営の方法を持ち込んだことによる失敗でもあります。

つまり、「利益を考え、不採算の学科は閉鎖します。閉鎖される学科の先生方には他校への転職先をちゃんと斡旋します」と言ったところで、学校の先生は「学校は利益のためだけにあるんじゃない、学生に教育を与えるところだ。私の再就職先を保証すれば済む問題じゃない」と言います。その名に値する先生ならきっと言います。

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テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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