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ならば引き篭もるか――

一昨日の続きで、『エヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の話をもう少ししようと思ったのですが、こちらはネタバレになるのでまた続きにて。





旧『エヴァ』の最後において、庵野監督はオタクに「現実に帰れ」と訴えたことは今やよく知られた話です。
今回の『新劇場版:Q』においても同じ方向性を読む感想が見られ、私もそれを無理筋とは思わないのですが、同時に思うのは、これはまったく逆の解釈を許すのではないか、と。

今回シンジは自ら「エヴァに乗せて下さい」と懇願するもミサトに「何もしないで」と言われ、それに逆らって何かをなそうとした挙句、悉く裏目に出ます。
つまり、「余計なことはするな、大人しく引き篭もっていろ」と。

もちろん、人格と態度の問題もあります。
自分には「何かができるはず」というある種の全能感と「なさねば」という焦燥に駆られ、「世界を元に戻せる」等という途方も無い「美味い話」に飛びついてしまい、忠告にも耳を貸さなくなるシンジと、「一人前の傭兵」に成長し責任感を持って任に就いているらしきアスカとの対比にそれは顕著です。
しかし、ではシンジがたとえばミサトの命令に従い、あるいはカヲルの「やめよう」という言に乗ったとして、できることは結局「何もしないこと」だけです。行為の水準ではやはり「何もするな」に帰着します。

さらに、14年という落差もあって背景事情には不明点も多く、各登場人物がどのように事態を把握してどのような判断の下に動いているのか分からないことも不安を喚起します(これは最後まで説明されない可能性も大ですが)。
誰の立場に立って何を理解すれば、よく正しく判断できるのか(そもそもそんな立場があるのか)――

言うまでもなく、これは「仮にメッセージ性を読み取るとすれば」、しかも「『Q』での現時点に限って」の話です。
次の『シン』ではまた状況が変わるどころか卓袱台を返してくる可能性も十分あるでしょう。

しかし、人が立ち上がって行動を起こした時、どれだけ良い結果を招いたか、自分はシンジのような子供じみた執着からではなく冷静に判断して行動することを決めているのだと誰がどれだけ言えるのか――これはおそらく、恐るべき問いとして受けとめるに値するものでしょう。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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