オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
権力の盲点
まあ鼻風邪気味なので、寝ていて正解なのかも知れませんが…
クリスマスと言えば、どのくらいの学年だったか忘れましたが、社会科系の副読本の類に「オーストラリアではクリスマスは夏なので、サンタクロースはサーフィンでやって来る」なんて話が写真付きで載っていた覚えがありますが、これが異文化教育とか世界の文化的多様性についての教育のつもりであれば、インチキだと思います。
そもそもクリスマスというものが西洋のローカル文化に過ぎず、さらには髭の老人の姿をした「サンタクロース」なるものは中でもアメリカ産のローカルなものでしかないということの方が、いっそう根本的でしょう。
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さて、少し前に取り上げた作品の話の続きを忘れた頃にまたするというのは、間が悪い気はします。
次巻が出るならばその時にまとめて、という手もあるのですが、まあ先のことは分かりませんので。
ちょうど新しいネタも用意していないことですし、『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』2巻の話の続きでも、少しだけ。
この2巻では性情報規制派の元締め、つまり敵ボスに当たる錦ノ宮祠影(にしきのみや まつかげ)が登場します。
しかし彼の真の目的は青少年の育成ではなく、情報統制による政治改革でした。
性表現を規制するのは、健全な人間をつくるためでは断じてない。そもそも性表現規制によって健全な人間をつくれるわけがないと祠影は信じている。アンナの場合はうまくいったのかもしれないが、日本全国の子供にその教育方針を適用すれば、多大な歪みが発生することなど自明の理だ。ならばなぜ、そんなリスクがあることを知りながら性表現規制など推進するのか。
それは、軍事力に並んで一国の為政者たちが手中に収めておかねばならない力、すなわち“情報力”を維持するためだ。
(……)
その昔、日本がテレビや新聞などのメディアに情報力を奪われていた頃は、まるで実力のない人間が偉大だと崇められ、国民のことなどなに一つ考えない政党が政権を握っていたという。それは戦後からインターネット普及に至るまでの期間、表現の自由などという凶悪な概念が跋扈し、国民へ情報が無節操に垂れ流され続けた結果であった。残念ながら、自由に得ることのできる情報を精査せず判断を下し、周囲もろともその身を滅ぼす愚かな国民がほとんどだったのだ。その僅かな期間にどれだけの国益が損なわれたことか、祠影は祖父からその嘆きを何度も聞かされていた。
(赤城天空『下ネタという概念が存在しない退屈な世界 2』、小学館、2012、pp.264-265)
後半はまさに現代の現実のことを言っているのは言うに及ばず。
国民が判断を下すためには情報が必要であり、また情報が多く開示されれば、政治家が「崇め」られて全てを委ねられるほどに「偉大」でもないことも知られ、特定の人物が権力を握りすぎてしまう危険を避けられるはずだというのが、一般的な考えです。
しかし、情報が多くなるほどかえって判断できなくなる、これは民主主義の根幹にも関わる、きわめて重要なポイントです。
が、他方で上述の引用文の前半を見ると、祠影もまた、性情報を遮断した教育の結果、娘のアンナがどうなっているか知りません。「アンナの場合はうまくいったのかもしれない」等と信じていられる限りにおいて、彼はまったく幸せです。
そもそも「多大な歪みが発生する」と分かっていて、自分の娘にもそのような教育を受けさせているのは人の親として問題がありますが(もっとも、これは性表現規制が「青少年を健全にする」と本気で信じている妻・ソフィアに逆らえなかったせいかも知れませんが…)、問題はそれだけではありません。
祠影は“自らの意に反する相手は全て潰す”というやり方こそを否定し、小異を捨てて清濁併せ呑む、器の大きなリーダーたり得る人物として描かれています。それゆえ彼は、下ネタテロ組織を今のところ「青くさい主張をしている」と上から目線で判断することができるのです。大同小異で団結する度量は今のところなかろう、と。
自らの絶対の正しさを主張し続け、敵を潰すことに腐心するものに勝利は訪れません。これもまた、作中で強調されていることです。
しかしそんな彼も、性表現規制の副産物がよりにもよって自分の娘にどんな形で生じているか、気付いていません。
これは単に親としての問題に留まらず、性表現規制による「多大な歪み」がいかなる結果をもたらすか、もしかしたらそれが自らの権力体制こそを揺るがすのではないかということは、彼の“大局的”な視野も見落としている、ということを意味します。
ここに、権力が自ら綻びを孕む可能性が描かれているとすれば、本作はまだまだ権力論として進化する可能性を秘めています。
若い作者の可能性を見守りたいところです。
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