FC2ブログ

敵は魔物か人間か、それとも…――『剣刻の銀乙女』

今回取り上げるのは、先立って少し触れた、一迅社文庫のタイトルが紛らわしいライトノベル3作(公式で「剣乙女三部作」等と扱われていますが…)、一つ前に発売されたものです。

剣刻の銀乙女 (一迅社文庫)剣刻の銀乙女 (一迅社文庫)
(2012/10/20)
手島 史詞

商品詳細を見る

作中世界では1000年前、1人の賢者と12人の騎士が力を合わせて「魔神」を倒したという伝説があります。
「剣刻」とはその時の騎士たちの12本の剣が刻印に変えられたもの(刺青のように身体に刻まれます)。
最近、この「剣刻」がまた、国を代表する12人の騎士達の身体に出現。しかも剣刻は所持者同士で受け渡すことが可能で、さらに所持者が死ねばその死を看取った者が次の所持者になります。
つまり所持者を殺せば誰でも剣刻の所持者となることができ、しかも12の剣刻を全て揃えた者には「いかなる望みでも叶える《賢者の刻印》が与えられる」とのこと。
かくして、救国の英雄の力が一転、内乱を引き起こすことになるという『仮面ライダー龍騎』を思わせる(人数も近いですし――もっとも、「剣と魔法」ファンタジーにおける例はあまり思い付きませんが)事態が発生してしまっているところから、物語は始まります。

主人公ヒース・ベルグラーノは槍術の心得はあるものの一介の門番ですが、まあ彼が何らかの形で誰かの剣刻を貰ってしまうことになるのは、予想される通り。
本作の特徴として、まずヒロインのエステルです。表紙絵からは予想できませんが、彼女は道化師です。

剣刻 エステル
 (手島史詞『剣刻の銀乙女』、一迅社、2012、p.63)

明らかに只者でない能力の持ち主ですが、彼女が考えるのはあくまで道化師として「人を笑わせる」こと。戦いの場ですら皆を笑わせるために手を尽くし、騎士をも「一緒に道化師をやろう」と誘ってしまう上、素でもかなり常識外れのところがある彼女とヒースのやり取りはしばしば漫才調でコミカル、それでいて「笑わせること」への想いは真剣です。

「初めて会ったときに思ったんだ――ああ、このヒト、普通そうな顔してるけど、本当はすごくバカなんだ――って。キミは難しいことは考えなくていい。ただあたしの隣にいて、あたしのやることに騒いでくれればいい」
「なんだろうっ? すごく良いこと言ってるような顔してるけど、今俺すごく侮辱されてるよねっ?」
「それだよ! あたしはキミのその才能が欲しい!」
「バカって言われる才能なんて欲しくないよっ?」
 ぜえぜえと肩で息を漏らすと、エステルは快活に笑った。
「ねえ、あたしは真面目だよ。あたしといっしょに道化をやろうよ。きっと楽しいよ? それでみんなドカンと笑わせてやろうよ」
 ヒースは、理解できないというように首を横に振った。
「君は魔術を使えて、《剣刻》も持ってて、俺なんかよりずっとすごい力があるじゃないか。なんで自分から笑いものになりたがるんだ?」
 その問いに、エステルは心底不思議そうに首を傾げた。
「道化師が、それ以上のなにを望む必要があるって言うの?」
 ポカンとして口を開くヒースに、エステルは続ける。
「ものを壊すってのは簡単だろ? ヒトを傷つけるのはもっと簡単だ。でも、ものを作ることは誰にだってできることじゃない。死んだ人を生き返らせるのは神様にだってできやしないんだ」
 そこにいたのは、ヘラヘラと笑う少女ではなかった。
 深紅の瞳に浮かぶのは、どこまでも強固な意志の光だ。
「あたしは不器用だから、なにかを作ることはできなかった。医者みたいに誰かを助けることもできなかった。逆のことしかできなかった。そんなあたしでも、誰かを笑わせることならできたんだ」
 (同書、pp.135-136)


それから、もう一人のヒロインとしてやはり剣刻を持つ騎士の一人で「騎士姫」の二つ名を持つルチルがいます。国がほとんど内乱状態にあって、血腥い状況に巻き込まれたヒースはエステル共々ルチルと敵対しかけますが、ルチルも割と話の分かる人物で、あまり苛立たせられるような事態の紛糾を避けてくれます。しかも個人的にもヒースとは縁があるようで…

ついでに、カラー口絵にもきっちり裸があることからも分かるようにサービスシーンも豊富、と言うかそれを可能にするための設定まで完備されています。

さて、本作の世界においては「罪禍(さいか)と呼ばれる魔物のような種族(魔神の血を引くとも言われる)もいるのですが、しかし魔物以上に人が人を殺すことが脅威となり、英雄の力たる剣刻こそが災いとなっている状況下において、罪禍とも必ずしも敵対するばかりでなく、終盤には罪禍とは別種の怪物が――しかも明らかに剣刻と深い結びつきを持つ存在として――出現するという逆説を孕んだ展開になっており、何が真の敵であり脅威であるのか、一筋縄ではいかなくなっています。
ただ、この内乱を引き起こしている黒幕たる「クラウン」の正体やら、剣刻と関連のある怪物たちについては次巻以降に先送りのようで、ひとまずはそれほど深い確執なしに主要キャラ達――ヒース、エステル、ルチルの3人――が力を合わせ、主人公が自覚を持つ過程をも描いて一段落となっています。
ある意味では、笑いをもたらす――それはまさしく、剣刻の奪い合いによる不和とは対極にあるものです――というヒロインの目標が上手く活きているとも言えるのですが、それなりに捻りの効いた設定が、まだ汲み尽くされていない印象もないではありません。

そして、この展開を支える条件となっているのは、異種族でろうが魔物であろうが人間的な人格を持ち、人格的な絆を結ぶことができというヒューマニズムです。
これ以上話を進めようと思うと、多少肝心なところにもネタバレが入りますね。まあミステリの場合ほど致命的なものではありませんが、ひとまず続きは追記にて。





中盤で明かされることですが、エステルの正体は罪禍――それも魔王級の皇禍でした。
というか、正真正銘の次期魔王筆頭候補です。

ただし、ここに関連する重要な設定があります。
それは、まず、「強い者が支配する」実力主義であれ、罪禍には秩序ある社会があるということ――しかも、そこで語られる罪禍の子ども達のイメージなどは極めて人間的です――、そして、罪禍が人間を襲うのが常態では必ずしもない――エステルは元々人間に敵意を持ってやって来たわけではないようですし、「正気をなくして」勝手に人間を襲う罪禍が出現するようになったのは最近の異変とのこと――、ということです。

最近、「魔王」あるいは「魔王と勇者」という題材、特にそれをパロディ化したものはライトノベルにおける流行りの一つですが、魔王と勇者が手を取り合ったり、魔王が人間世界に馴染んでしまったりといった数々の物語を可能にする条件は、まず魔王が人間的な人格を持っていることです。
人間的なものの内における善悪であるからこそ、それを相対化するような物語も可能になるのです。

その上で、本作はパロディ的な扱いではなく本格ファンタジーですが、もはや魔法と英雄が敵対するところから始まりません。目下最大の災厄は英雄の力を巡る人間同士の争いであり、次期魔王と人間との協力は割とすんなり成功してしまいます。
最終的にはこの内乱を引き起こし「魔神」の復活を目論んでいるらしい「クラウン」を敵として戦う物語として落ち着くのか、あるいはまだ二転三転があり得るのか――それによって物語のポテンシャルがどこまで発揮されるかが分かれるのではないかと思いますが、次巻のあらすじ(公式サイト)を見てもやはり一筋縄で行かなさそうで、楽しみです。

ただ、ルチルはまだ学生であり、最後ではヒース達も学園に入学することになっているのですが……。まあ、学園が舞台になってもいいのですが。とは言え、昨日も触れましたが、なぜかくも学校というものの拘束力が強いのかは結構大きな問題ではあります。
まあ、皆が一同に解しやすい設定としては便利、ということなのかも知れませんが。
そしてまた、国が混乱状態にあっても学校はなくならない、というのはある種の美談というべきか、むしろ美談にもならないくらい当然と感じられているのか…

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

学園の意味――『剣刻の銀乙女 2』

2日ほどお休みしてしまいました。 風邪を引いていても、昨日は小規模ながら研究発表会があって、自分自身も発表者側だったので行かないわけにも行かず。 座って話しているくらいの
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
04 | 2021/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告