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大衆と純粋の謎

年末には海外通販で買った商品が一点、届かないまま帰省することになりました。
そして年明け、京都に戻ってみると、届いたものが宅配ボックスに入っていました。通知の日付を見ると12月31日。6日以上宅配ボックスの一つを専有していたわけで申し訳ないことですが……いやしかし、配達日も予想以上に遅かったのです。

 ~~~

話を変えまして。

 しかしながら、優秀な大衆文芸に与えられる直木賞は、純文学を対象とする芥川賞と並び称される名誉ある文学賞なのだ。たとえて言えば、両賞とも権威ある高級レストランに与えられる星印(☆☆☆)のようなものである。一方、下町の大衆食堂にとって、ミシュランガイドの星印などまったく無縁な存在であるに違いない。
 このように考えると、大衆文芸の「大衆」と大衆食堂の「大衆」は、何となく似て非なる意味を表していると感じざるをえないのだ。ちなみに、直木三十五によると、大衆文芸とは、芸術小説や文壇小説に入らない「総てを包含した物」、すなわち「大衆小説の内へはその他の一切、即ち、科学小説、目的小説、歴史小説、少年少女小説、探偵小説等、総てを含めて、大衆の文字のままに定義していい」(『大衆文芸作法』)ものだということである。これを読めばなおさら、日本語の世界の中でさえ、『大衆』という語は、分かったようで実は分かりにくい言葉だと実感できるであろう。
 (薬師院仁志『日本語の宿命 なぜ日本人は社会科学を理解できないのか』、光文社、2012、pp.54-55)


まず、「大衆」とは「マス」(英:mass)の訳語であるというところから始まり、日本語の「大衆」はむしろ「ポピュラー」の意味であることも多い――大衆食堂や大衆文芸など――という話になった後、上記箇所の文章が来ます。あえて英訳すれば popular だとしても、その中でさらに日本語の「大衆」の意味は多様化している、ということでしょうか。

さて、ここで薬師院の著作と「大衆」という言葉から離れますが、では「大衆文芸」に対置されると考えられる「純文学」はどうなのでしょうか。上記の引用文では「芸術小説や文壇小説」ともあります。
今ではもう流行らないとは思いますが、私小説というものがありました。一般にはおそらく、私小説は純文学の内にあったのだろうと思います。
しかし、現実を全面的に持ち込んだ私小説のどの辺が「純粋」なのでしょうか。
「芸術の純粋性」ということを唱える芸術理論はありますけれど、そうした理論に基づいて純文学を「純粋」と呼べるのかというと、疑わしく思います。

奥泉光氏が山田風太郎『信玄忍法帖』の解説で、あえて用語法の伝統を無視して、現実の合理性ではなく小説の中のみの理屈によって成立する小説を「純文学」と呼ぶことを提唱し、その場合山田風太郎忍法帖こそ「純文学」である、と書いておりましたが、これはある意味で「純粋性」の意味に適ってはいます(どのような意味で「合理性」を「無視」するのかについては、別の機会に引用したものを参照)。

……といった話をしていると母が、少なくとも出版の世界において、「純文学」とは「売れなくともよい」ものであるという指摘を(同時に、純文学作家に限ってどれだけ売れているかを気にする、という話も出ましたが)。
なるほど、純文学とは、商業から「純粋」であるもののようです。明確であるけれど、文学の内容からすると極めて外的な事柄でもあります。


日本語の宿命 なぜ日本人は社会科学を理解できないのか (光文社新書)日本語の宿命 なぜ日本人は社会科学を理解できないのか (光文社新書)
(2012/12/14)
薬師院 仁志

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↑ 本書はもっぱら著者の専門である社会学に関わる用語(「社会」「大衆」「個人」など)を取り上げて、翻訳語の成立事情や原語との対応のズレ、翻訳語が日本語の中で獲得してしまった新たな意味やそれに基づく混乱などについて述べています。
もっとも、日本ほど近代になって急激に学問を輸入したのでなくとも、翻訳を巡る混乱や語義が転じていくことはあるわけで、「日本語の宿命」というと大仰すぎる気もしますが(たとえば、ハイデガー翻訳を巡る議論が党派対立から人格攻撃にまで発展しているといった事態は日本のみならずフランスにもあります)。
著者が他のところでもしばしば言っている民主主義についての誤解やそれに基づく錯誤な政策への批判もありますが、それは控え目ですね。

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Author:T.Y.
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2012年4月より京都大学大学院。

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