スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

政治的対立は何と何の間にあるか――『大日本サムライガール 4』

はい、今回取り上げるのはアイドルプロデュースをしつつ日本の国政を目指す政治経済ライトノベル『大日本サムライガール』の4巻です。

大日本サムライガール 4 (星海社FICTIONS)大日本サムライガール 4 (星海社FICTIONS)
(2013/01/16)
至道 流星、まごまご 他

商品詳細を見る

(既刊のレビュー:1巻 2巻 3巻

2・3巻がセットで、ひまりプロダクションがビジネスを拡大していくところを描いたところで、この4巻では本来の目標である政治の話の比重が大きくなってきます。
まず日毬が政治討論番組『ひまりんプロジェクト』を司会として受け持つことになるも、売れ線のエンタメではなくお堅い政治番組の上、日毬が演説ばかりで討論には慣れていないため今ひとつ、という展開からスタート。
日毬のタレントとしての人気は磐石で、プロダクションも収益を確保しているので、ただちに危機というほどのことでもないのですが、この事態に悩む日毬が「政治のための手段」と考えていたアイドル活動に対する姿勢を変えていく様も見物でしょうか。

同時に、政治活動に絡んだ新ビジネスにも着手。
日本の公職選挙法が時代に対応していない上、有権者に候補者のことを知らせないようにするごとき奇妙な法律になっていることはさんざん指摘されていることですが、そこに食い込むことを目指します。
関連する分野の議員のところに陳情し、天下りの受け入れを約束し……と腹黒い話も満載。
と同時に強調されるのが、警察や検察の権力ですね。

表紙を飾っている日毬のライバル「右翼アイドル」こと槙野栞(まきの しおり)は後半の登場。プロダクションに所属しているアイドルではなく、18歳で公認会計士試験に合格して話題になり、文化人としてTVに出たりしている大阪の少女、そして「社会共産党」の党員にして『紅旗』にもコラムを書いているという人物です。
「関西弁キャラ」のステロタイプなイメージの一つが「商人・金に汚い」でして、彼女の公認会計士資格というのはそれと接点があるようでもありますが、他方で共産党員というのは金儲け第一主義とは相反するイメージでもあります。そんな彼女のバックボーンが、生まれ育った釜ヶ崎(あいりん地区)の街に溢れるホームレスや貧しい労働者たちの姿と合わせて描かれる辺りはなかなかいい味を出しています。

そして日毬も栞も、まず困窮する弱者の救済を考えているという点では一致しています。
二人は討論をすれば激しく対立して、政治論議を離れて感情的なぶつかり合いになってしまいいますけれど、颯斗が言う通り、ある意味では二人は近いのです。


ここで現実を鑑みてみますと、今ではどこの党も口を揃えて「改革」だとか「変革」だとか「維新」だとか「これまでのレジームからの脱却」だとか言っています。
その一方で、別に北海道が分離独立するとかアメリカの51番目の州になるとかいう話は(今のところ)なく、いずれも「日本の国政」の範囲内で話をしているのです。
ともに「日本」という国家の外延を維持することと制度を変えることを主張しているのなら、「体制を転覆すること」と「体制を維持すること」の境目もはなはだ曖昧なものになります。
現に、「自国民を食わせていくよりもグローバル経済に参入する」ことと「愛国心・国旗掲揚・国歌斉唱」を唱えることは矛盾することなく両立する――少なくともそう考えられているのです。

「現体制を支持するか否か」という意味での「左右対立」が第一に現れるのは日本の場合、天皇制を巡ってです。文字通り天皇は日本の「象徴」ですから。実際、日本共産党は天皇制に反対し続けています。
しかし裏を返せばこれは、「“日本”の維持を主張するか否か」は政治・社会制度というよりはもっぱら象徴的な次元で問題になることである、とも言えるのです。


その上で『大日本サムライガール』に戻りますと、そもそも栞はマルクス主義者を自称しているものの、党の方針にはさほど興味がないとも言っており、彼女自身の「マルクス主義者」としての主張は、まだ作中で前面に出てきてはいません。そう考えるとなおさら、彼女がどこでどう日毬と対立するかは自明のことではないのです。作中で行われた対論は今のところ、関西のテレビ局主催の「東京vs大阪」というものでしたし…
まあ、次巻以降で主張をぶつけ合う機会はたっぷりとあるでしょうが。

しかし日毬としては、「真正なる右翼」である自分が左翼や社会主義と「近い」はずはない、と強硬に主張します。「真正なる右翼は日本で私ただ一人である」、すなわちいわゆる右翼と呼ばれるものは「右翼ではない」と主張する彼女をもってしても、レッテルというものから簡単には逃れられません。

「左翼から人間味などという言葉を聞けるとは思わなかったぞ。意外なこともあるものだ」
「アホ抜かせ。うちらから見れば、右翼の方が人間味に乏しいわ。国家を語る前に、もっとやることがあるやろ」
「教条主義者が何を言う。国家なくして、民衆を守れるわけがない」
「レッテル貼りはコミンテルンの十八番やぞ。そういう部分だけ真似すんな」
 (至道流星『大日本サムライガール 4』星海社、2013、pp.304-305)


これに対して颯斗は、一直線で左右が分かれているというよりも円になっていて、円になって右と左は繋がっている、と言います。

この巻では颯斗と日毬の政治論議にもかなりのページが割かれていて、両者の政治に対する考え方の違いも徐々に鮮明になってきました。
最大の相違は、右か左かとか保守化リベラルかといったことよりも何よりも、真っ直ぐで日本を愛するがゆえに全ての日本人に強く期待する日毬に対し、颯斗は帝王学の考え方として「民衆がいかにバカであるか」ということを叩き込まれているがゆえに、どこかうんざりしていて、政治に多くを期待していないことです。

「俺だって民主主義を否定してるわけじゃないけどな。たださ、俺はマスメディアに関わる仕事をしてきたから、どれほど民衆が転げやすいのかってことを、この目で何度も見てきてるんだ。そんなにまともじゃないんだよ。民主主義も為政者によってきちんとコントロールさせるべきだろうな」
 (……)
「枢密院のようなところが実質的に国政を仕切っているような体制を望むのか? 颯斗だって言っていたではないか、『権力は腐敗する』と。そんな世の中が続けば中枢は腐敗し、必ず社会は混迷するに違いない」
「まぁな。だがそれは仕方ない。タイミングを見て為政者を入れ替えるような仕組みを用意しておくしかないよ。古代ローマ時代はそれが暗殺だったし、現代では選挙ってことになるのか」
 (同書、pp.180-181)


結局、颯斗の考えは極言すれば、暗殺でも選挙でも同じことだ、ということです。
「民主主義(デモクラシー)」の語源は「民衆の力」ですが、もちろん、適当なタイミングで為政者が交代することと民衆が力を持つことの間に、論理的な繋がりは何もありません。
選挙は民衆の意見を反映して交代させる方法なのではないか、と思われるかも知れませんが、選挙という制度によってどこまで民衆の意見が反映されるかは必ずしも明瞭なことではないのです。
何より、民衆はどこまで判断できる状態にあるのか。

「民衆の知性を信じちゃいけない。日毬のスタンスは、政治的に間違いを犯す。手ひどいしっぺ返しを喰らうことになるぞ」
 (同書、p.195)


こういうことは不快な発言のように見えますが、他方で「民衆がいかにバカか」と言われれば、同意し、共感する人も多いのではないでしょうか。ただ、ほとんどの人は「自分は違う」と思っているだけで…
でも、それこそが落とし穴でもあります。

「欧米の権力者の思考は、日本のトップらとはまた違う。あっちはさ、『大衆という存在は、支配されるべき動物だ』と考えるわけだ。そこには間違いなく真理がある」
「先ほど颯斗が言っていたような話を受け止めれば……そういう側面があるのは否定できないかもしれないな……颯斗自身は、やはりそのような考えを許容しているのか?」
「もちろん、ある部分ではな。帝王学というのは、そもそも、そういう思考が出発点になっている。自分自身と大衆の間に明確な一線を引いて、別の動物として邸具するところから始まるわけだ。全面的に呑み込んでるわけじゃないぞ。結局、今の欧米社会の混迷が答えになっているといってもいいな。グローバルな金融経済の破綻も、欧州各国の財政の行き詰まりも、そういったエリート主義が行き着いた一つの答えだ。エリートの連中は民衆を上手くコントロールしてきれたかもしれないが、自分自身の欲望をコントロールすることまではできなかったというオチさ。日本のように民衆が支える社会にも、欧米のようにエリートが支える社会にも脆さはある。運や時流で揺れ動くから、どっちがいいとは言えないな」
 (同書、pp.206-207)

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

スイーツ、アイドルの将来、そして政治が動く時――『大日本サムライガール 5』

お急ぎ便で当日配送とは言うものの、夜9時を過ぎて届くとは宅配業者も大したもので……  ~~~ 昨日は研究室の新入生歓迎会でずっと飲んだりしていたため、更新できませんでし...
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。