オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
見よ、これがカップルだ――『多摩湖さんと黄鶏くん』
とは言え、それが何年もかかるようだと困るわけで、来年には修士論文を提出せねばならないのですが。
さて、今回のライトノベルはこちら。
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先に言っておくと、本作の登場人物はタイトル通り、多摩湖(たまこ)さんと黄鶏(かしわ)くん(いずれも苗字、下の名前は不明)のカップルのみ、そして内容は二人がひたすらエロいゲームをしているだけです。
ですから、作者の他の傑作を差し置いてこれを勧めるのも失礼な気がするので、あえて勧めはしません。
それは本作がつまらないということではありませんが、読み応えを期待するようなものでもありません。
二人のやるオリジナルのゲームは脱衣ポーカー、キスババ抜き、歳並べ、たまこいこいといったもの。特に前半は名前を聞けば何となく想像が付きますね。
しかも、二人は手を握ったこともない清純(自称)カップルでもあるにもかかわらず、妄想やファチシズムばかり暴走していきます。だから「バカップル」ではなく「変態カップル」らしい。
特に後半の黄鶏くんの変態開眼ぶりは強烈です。
入間氏はデビュー作『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』以来、ステディな(バ)カップルをよく描いていますけれど、本作はそればかりを突き進めた作品と言えましょうか。
「周りを見ないで二人だけの世界に浸っていること」をバカップルの定義と考えた場合、何しろ本作には二人以外が登場すらしませんし、ずっと特異な世界を演じています。
氏がこういうバカップルを描くのを得意としているのは、おそらく、冷静に見れば歪んだコミュニケーションのあり方を描くことと密接に結び付いています。『みーまー』のまーちゃんが「みーくんさえいえば他のことは見えないがゆえに幸せ」であったことには象徴的に表れていますが、ことはディスコミュニケーションと表裏一体なのです。
本作は『みーまー』と違い、そうした黒い面には触れないどこまでも平和な作品ですが。
と同時に――
キスババ抜きでキスする場所に「眼球」があり、そこから眼球を舐め回す方へとエスカレートしてしまうのですが、ここで思い出したのが植芝理一氏の漫画『ディスコミュニケーション』でした。
『ディスコミュニケーション』でも松笛君がヒロインの戸川にする要求には(いわゆるセックスに結び付くという意味での)「エッチなこと」はなく、なんとも倒錯した関係が展開されるのですが、その中でも最初に行われ、その後も二人の関係を象徴し続けるのが「相手の涙を飲む」ことでした。
コメディになった「学園編」では今で言う男の娘が登場したりと、この漫画のフェティシズム開拓ぶりも驚くべきものがありましたが――それはさておき。
こういう独自の関わり方をするカップルというのは、ある意味では大変魅力的です。
それは、同じく植芝氏の『謎の彼女X』で卜部美琴が、彼氏彼女の関係になることを「証明するようなアプローチ」としてキスをしようした椿に対し、「こんな誰もがするようなことじゃなくて――もっと独創的な、椿くんにしか表現できないアプローチ」を求めたことがよく表しています。
もちろん、「誰もがするようなこと」の中には、「感情が高まれば多くの人が自然とすること」もあるでしょう。それは構いません。
しかし他方で、「カップルとはこうするもの」と外的に刷り込まれたものもたくさんあります。しかもこと現代の場合、しばしばクリスマス商戦やバレンタイン商戦を狙った商業的な事情により――
そんなひとしなみに刷り込まれたことが「ただ一人、かけがえのない相手」に対する固有な気持ちの表現として、本当に相応しいのかどうか――そんな想いが少なからぬ人にあるからこそ、まったく独自のアプローチをその間に築いているカップルは憧れの対象になり得るのではないでしょうか。同時にこれは、上記のバカップルの定義の理由――なぜそれがバカップルと言われるのか――あります。
入間氏の作品で言うと、『僕の小規模な奇跡』における、「好きじゃないけど付き合ってあげる」と言うことになり、普通の友達よりも何もできない制約の多くなった――そもそも楽しくすることは禁止――「俺」と「彼女」の歪んだ関係がまた、そうした憧憬を駆り立てるのです。
なお、ついでながら、多摩湖・黄鶏のカップルは『電波女と青春男』にもゲスト出演しており、特に6巻ではカラー口絵も含めてかなりの出番があるので、合わせて読んでみるといいかも知れません。
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