スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

根源の闇と対決する時が来た――『B.A.D. 10 繭墨は夢と現の境にたたずむ』

今回取り上げるライトノベルは先日発売された『B.A.D.』の新刊です。

B.A.D. 10 繭墨は夢と現の境にたたずむ (ファミ通文庫)B.A.D. 10 繭墨は夢と現の境にたたずむ (ファミ通文庫)
(2013/01/30)
綾里けいし

商品詳細を見る

シリーズレビュー 7~9巻についての話題を含む
予告通り、今巻から最終章「繭墨編」に突入します。
前巻は珍しくおおむねハッピーエンドであったものの、主人公の小田桐は切断された指が再生しており、しかも、そもそも彼が指を切られたことを誰も憶えていない、という不穏な事態で引きとなっていました。
今回はふたたび繭墨探偵事務所の日常として始まります。依頼人が怪奇事件を持ち込み、場合によっては過去の事件の関係者がふたたび関わっていることもあります。それはいつも通り。
しかし、今回の事件はやけに綺麗な形で解決を見てしまいます。これは本作にしては、どうもおかしい。何より、常に小田桐の身に付きまとっていた事柄が今回は……

その上、ところどころで“迷路の鼠”を後戻りさせるような「リセット」され、同じやりとりが反復される描写が入ります。
原因はどうあれ、こういうタイムループそのものは見慣れたモチーフではあるのですが、さらに中盤では突然画面が切り替わるように場面が転換し、どんどん幻想的になっていきます。まさにサブタイトルの通り。

 遙か下に、芋虫に似た姿が蠢いていた。その表皮には、紅色が滲み始めている。
 徐々に、紅の侵食は広がっていく。芋虫が蠢く度、血痕が石畳の上に広がった。

 端から、スニーカーを履いた足が覗いている。それに気づき、僕は目を見開いた。
 芋虫の正体は、人間だ。袋の中に、人が詰められている。

 血液は量を増していく。やがて、複雑な紅色の流れが生まれた。屋敷前の石畳の上に、薔薇の花弁に似た、血溜まりが生じる。その緩やかな曲線を、彼女はつまんだ

 ――――――――――ブチリッ

「――――――――――――あれ?」

 僕は呆然と立ち尽くした。目の前では、小鳥が紅い花を食べている。薔薇の椅子の上で、彼女は優雅に足を組んでいた。その横顔には、緩やかな表情が浮かんでいる。
 僕は辺りを見回した。鮮やかな線が、目を焼く。激しい眩暈を覚えた。

「………………………………ここは」

 呟いても、答えはない。
 気がつけば、僕は温室の中に立っていた。
 (綾里けいし『B.A.D. 10 繭墨は夢と現の境にたたずむ』、エンターブレイン、2013、pp.202-203)


血液のアップからカメラを引くとそれが薔薇に変わっている映像の演出が自然と思い浮かび、この作品のビジュアルイメージの豊かさをよく見せ付けます。


この不穏な事態の真相が明らかになり、物語が進展を見せるのは終盤になってのことです。
そのオチについては語ろうと思いませんが、それとは別に以下ネタバレあり。





最後でいよいよ明らかになるのは、前巻から姿を見せていたラスボスと思しき存在、「紅い女」の正体です。
黒いゴシックロリータに赤い唐傘を差した繭墨あざかに対し、赤い着物に黒い洋傘を差した彼女が何らかの対をなす存在であることは明らかでした。

彼女の正体は「零代の繭墨あざか」――すなわち、かつて繭墨家の先祖によって食われた、そしてそれによって繭墨家が異能を得たという「鬼」でした。

 ―――

さて、先日コミカライズの始まった『姑獲鳥の夏』には「異常な出産によって生まれた子供は鬼になる」という伝承の話が出ていました。

姑獲鳥 鬼の出生
 (京極夏彦/志水アキ『姑獲鳥の夏』、『コミック怪』Vol.21、角川書店、2013、p.47、クリックで画像拡大されます)

鬼は常に“異常な出産”によって産まれなければいけない――そういった強い民俗社会の共通認識が過去にはあった訳だ。特に日本では徹底していた。
これは裏返せば“異常な出産”によって生を享けた者は鬼になるという共通認識があったということでもある。


ただし京極堂が強調するのはむしろ、「“鬼”の烙印を押された者には遡って“異常な出産”の過去が作られる」ということなのですが、そこはさておいて――

さて『B.A.D.』の小田桐は鬼を孕んだ青年です。
むしろ「男が孕む」ということそのものが「異常な出産」であり、それゆえにその子は鬼なのである、と言った方がいいでしょう。
他にも京極夏彦氏の「百鬼夜行シリーズ」からの影響は『B.A.D.』の随所に見られますが、そこは今回は深入りしません。
今回参照として『姑獲鳥』を持ち出したのは、「異人殺し」の伝承も登場するからです。

「民間伝承には異人殺しというモチーフがあります。訪れた他所者を殺し、財産を奪った結果家が栄える……しかしそのために代々祟りを受ける、というものです。(……)
 (京極夏彦『姑獲鳥の夏』、講談社、1994、pp.370-371)


別の作品からも説明を引いておきましょうか。

山の音1

山の音2
 (とり・みき『山の音』、ちくま文庫、1993、pp.35-36、上はクリックで画像拡大されます)

 ―――

さて『B.A.D.』に戻りまして、「繭墨あざか」が鬼を食べたために異能を得たが、その代わり? 歴代必ず殺される等の最期を遂げている、というのは、ある意味ではこの「異人殺し」の変形です。
しかし、鬼が人を食うのなら普通ですが、人が鬼を食ったという伝承はあまり耳慣れないものです。

さらにこの10巻で明らかになりますが、食われた「鬼」――零代「あざか」――は、生きながら焼かれて食われてもなかなか死なない特殊な肉体の持ち主ではあったが、人間だったようです。
だからこそ、帯にも載っている(後でネタバレだったと気付く)この巻の締めの文句が来るのです。

 陰惨な痛みを味わわされれば、時に、人は鬼になる。
 (『B.A.D. 10 繭墨は夢と現の境にたたずむ』(上掲)、p.328)


財産を奪うのに比べると、「異能」などというものがどうやって得られるのか、ある機に得られたと思っても本当にそれが原因なのか、というのは分かりにくいことです。
それでも、零代あざかの力が現在のあざかと全く同質のものであることを見れば、どうやら食うことで異能が得られたというのは事実と思われます。
ただ、「鬼を食った」という話の真相は実のところ「食われたがゆえに鬼になった」であった、という転倒が存在します。

上の鬼を孕む話といい、伝承をなかなか上手く読み替えて用いているのがお分かりでしょうか。

この「零代」こそが歴代「あざか」の死に関わる元凶でもあったとなれば、「繭墨あざか」が何と引き替えに成り立っていたのかも分かりました。
さて、この世代を経ても消えない途方もない業とどう対決するのか――


姑獲鳥の夏 (KODANSHA NOVELS)姑獲鳥の夏 (KODANSHA NOVELS)
(1994/08/31)
京極 夏彦

商品詳細を見る


山の音 (ちくま文庫)山の音 (ちくま文庫)
(1993/07)
とり みき

商品詳細を見る


山の音 (Legend archives―Comics)山の音 (Legend archives―Comics)
(2005/12)
とり みき

商品詳細を見る

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

食べて、味わって、生活する

ますます思いつくまま、話が断片的なことが増えている気はしますが、前々回の『B.A.D.』新刊に関する話に少し追加でもしましょうか。 といっても、最新10巻の内容に関する話はそれほ

日常という異常――『B.A.D. 11 繭墨は紅い花を散らす』

今回取り上げるのは物語りも終盤に入っている『B.A.D.』の新刊です。 B.A.D. 11 繭墨は紅い花を散らす (ファミ通文庫)(2013/08/30)綾里けいし商品詳細を見る  (前巻の記事) 「繭墨あざ
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。