オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
食べて、味わって、生活する
といっても、最新10巻の内容に関する話はそれほど多くありませんが。
『B.A.D.』の主人公である小田桐は家事を得意とする、主夫のスキルを持った青年です。
彼の料理の腕は安定していますし、台所には掃除用の重曹も常備しています。
主人公の特技が料理で食事シーンの多い話となると、『仮面ライダーアギト』『仮面ライダーカブト』辺りをまず思い出してしまいますが……これらの作品は、――宇野常寛氏も指摘する通り――「美味しいものを食べて、生活すること」をヒーローとして生きることの基礎に置くという明確な問題意識に支えられていました。
『カブト』の場合、その料理の味でスパイを魅了して寝返させたりする展開がある一方、カリカチュアライズされた描写が暴走気味の感もありましたが……ただ、多くの視聴者を戸惑わせた謎の料理対決の回――料理により人の感情を操ることのできるワームと天道が料理で対決――にしても、負けることもあるものの基本「俺様系」であった主人公の天道が「敵に一度敗れ、修行して再戦を挑む」という古典的な展開が描かれた唯一の回がこれであるということは、ある意味では「食」が重要なテーマとなっているこの作品の特徴を非常によく物語っているもののようにも思われます。
『魔法少女育成計画 restart』のペチカも「美味しい料理を作る」という魔法の使い手でした。
本来、このシリーズにおける魔法少女は変身している限り食事も休息も必要としない、その意味でも非常にヴァーチャルな存在なのですが、『restart』の舞台となるゲームの世界では空腹度の設定があり、そこでペチカの魔法が活躍します。もっとも、腹を満たすだけの食べ物ならペチカの魔法でなくても調達できるのですが、美味しい料理を食べた皆がそれまで足手まといだと思っていたペチカを受け入れるようになり、終盤には敵のスパイが寝返りもするのは見所の一つでした。
しかし『B.A.D.』に戻ると、小田桐はよく繭墨霊能探偵事務所の掃除はしていますが、料理の腕は探偵助手としての仕事では発揮されません。繭墨あざかはチョコレートしか食べないからです(なぜ彼女がそれで生きていけるのかは、神秘なのかギャグなのか難しいところですが…)。
さらに、この作品に登場する女性キャラはほとんどが危険人物で、小田桐が鬼を孕んで普通の生活ができなくなったのも問題ありの女に引っかかったのが原因ですが、そんな中で唯一、純粋に彼を慕っている水無瀬白雪(みなせ しらゆき)は、家のしきたりにより舌を抉られています。
外伝『チョコレートデイズ』3巻の「クッキング・オブ・ヘル」は女性陣が料理対決で不味いという域を超えた料理を作ってしまう古典的なギャグエピソードですが、白雪は家の当主という立場上厨房に立ったことがないのはもちろんのこと、そもそも料理を味わう舌を持たないというのがここでも背景にありました。
あるいは、1巻で登場、7巻で再登場してずいぶんと活躍した青年・久々津(くぐつ)も、「犬」として育てられ、残飯を食わされてきたがゆえにまともな味覚を失っていました。
この10巻では、繭墨が普通の食事をするようになり、白雪が料理の腕を上達させて家庭的な妻になるのが小田桐の理想だったことが描かれますが(繭墨に普通の食事をさせることについては、まだ諦めていなかったというべきでしょうか)、これは裏を返せば、普通に食事をする日常生活がいかに手に入らないものであったかという、人間的な生活からの決定的な疎外を改めて確認させます。
(小田桐自身は普通の食事をしていますし、周囲に普通の味覚を持ち普通の食事をする連中が何人かいるのも事実ですが、やはり一番身近なところがこれであるというのは大きいことでしょう)
小田桐がそんな「理想」に背を向ける決定的な契機となったのは、腹に孕んだ子――鬼の雨香(うか)でした。
「僕の、子供を返せ」
(綾里けいし『B.A.D. 10 繭墨は夢と現の境にたたずむ』、エンターブレイン、2013、p.265)
雨香が出て来れば小田桐は腹を裂かれ、そのたびに死にかけているのですが、それでも彼にとっては大切な子供でした。
いや、特に最近の雨香はいつも父親のことを気遣っており、言うことは素直に聞くいい子ですし、今のところまだ人間の姿でしかも成長してずいぶんと可愛くなっていますが、それに手を食いちぎられたことのある人間が怯えているのが「なぜか分からなかった」と言い出す辺り、小田桐は相当に正気を失っている感があります。いや、これが親の情というものか。
小田桐がとりわけ「情を持ちたがる」人間なのは間違いありませんが、それも上述の通り、人間的な生活をかなり失っている中で「まともな人間」たろうとしていることの結果なのでしょう。
しかも、雨香は人の感情を食い、それによって小田桐は他人の見聞きした光景やその時の感情を体験することができます。
苦しいことも含めて、そうした生き生きとした体験が――感情こそが生きている証だと考えれば、小田桐は人間的な生活を「味わうこと」から疎外されている分、なおさら感情を味わう雨香の存在が大きなものになっていたのではないでしょうか。
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