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伸び続けたらどうなってしまうのか

今回も引用から。

 たとえば、経済がものすごく成長して、世界のGDP合計額(ドル換算)と地球に存在する元素の数が一緒になってしまったとしよう。つまり、元素、またはプロトン(陽子)でもいいが、の平均価格が1ドルになるということだ。あり得ないような話だが、年率3.5%で世界経済が成長していくと、2000年以内にこのあり得ない世界が到来する。
 この「地球サイズのGDP」の額は、なんと36兆垓垓円(1垓は1兆の1億倍)。ちなみに現在の世界のGDP合計額はおよそ6000兆円である。子孫の生きるこの巨大な経済はいったい、どんなものなのだろう?
 たとえば、卵の価格はどうなっているか。1プロトンが1ドルの世界なのだから、単純に卵のプロトン数に1ドルを掛ければよい。卵1個のプロトン数は3000万垓個だから、答えはおよそ3000万垓ドル。現在と同じような鶏から生まれた単なる卵なのに! 卵だけが莫大な金額になるのではない。Tシャツもトイレット・ペーパーも、BMWも同じ倍数で価格が上がる。つまりとんでもないインフレが発生するということだ。これが社会にとってどんな意味を持つというのだろう?
 インフレ調性によって、日常品の価格は現在とそんなに変わらないという可能性もある。これは歴史が証明していることだ。たとえば、フォードが1920年代に販売したモデルTは、今日のファミリー向け車両と同じくらいの価格帯である。散髪やレストランでの食事、医療サービスなども、今日とそんなに変わらない程度に抑えられる可能性がある。相対的には、散髪はiPOD1台分より高くならない範囲に抑えられる可能性があるということだ。
 しかし問題は、これら日常品の価格を合計した金額が「地球サイズのGDP」では事実上ゼロ%に近くなってしまうということだ。裏返せば、価格上昇が抑えられた日常品を除く99%以上の物品の価格が、ダイヤモンドのように高価になってしまうということである。卵との差が、何十億倍にもなってしまうのだ。
 つまり、日常用の物品やサービス以外のGDP構成品目の価格が何兆倍にもなってしまう、それらを手にできる人々はスーパーリッチ独裁者のみ、という世界になるということだ。このような状況を生み出すイノベーションが健全なものであるとは断言できない。
 もっと言うと、こんなGDP成長を作り出す「ストーリー」は、人々の日常生活ではなく、し好品や特殊な娯楽、武器など、エリート層のみが関係するものになる可能性がある。私やあなたのような普通の人々が手にできるモノの合計額は、無視されるほど小さいのだから。こんなGDP成長は、果たして社会に貢献するだろうか? 明らかに答えはノーだ。
 (アンドリュー・J・サター『経済成長神話の終わり 減成長と日本の希望』中村起子訳、講談社、2012、p.103-105)


もし「経済成長」などというものが続けば、いずれこうなります。
しかも、その「成長」の中で日用品のインフレが抑えられるのであれば、「子供の小遣いで世界中の食料を買い占められる」ようなごく少数の富裕層の贅沢が数値の上では「経済」の全てになってしまいます。

引用文で卵が例に出ているのはちょうどいいことで、少なくとも日本では、卵は「物価の優等生」と言われているのですね。
しかし、そんな一部贅沢品のインフレが進んだ世界では、卵なんか作っている限り金銭的に豊かになれる見込みはありません。

多くの日用品を作る産業に従事している人の立場は――つまるところ、「庶民」の立場はいかなるものになるのでしょうか?

そうした圧倒的な貧富の差を避けようと思ったら、後は土地を国有化して、農業者の給料を国が払うしかないでしょう。
旧ソ連や中国の通った道です。

これは必ずしも冗談ではありません。

 二〇〇八年のリーマン・ショック以後、世界経済が少しは持ち直した理由の一つは中国の立ち直りが速かったからである。中国が世界の景気の底を支えたのだ。(……)
 どうしてそのようなことが可能なのか。それは中国が自由・民主主義国ではないからである。中国経済を根底において管理しているのは共産主義体制である。
 為替を管理し、金融市場を管理し、独裁的な強力な政府によって十分な税収が確保されるという変則的な経済のおかげで中国経済は未曾有の成長を遂げ、しかもリーマン・ショック以後の世界経済を支えたことになる。
 (佐伯啓思『経済学の犯罪 稀少性の経済から過剰性の経済へ』、講談社、2012、pp.53-54)


だいぶ市場の自由化が進んだ中国の現状がどれだけ「共産主義」に負っていると言えるかは微妙な問題ですが、少なくとも為替管理・金融管理によって中国がバブルから距離を取っているというのは間違いではありません。

さらに言うと、最初の引用文でサターは、「経済成長」によって高騰するのは「し好品や特殊な娯楽、武器など」と考えています。
しかし実情は少し違うかも知れません。

現状すでに、「アベノミクス」によって株価が上昇している、と言います。
これを一番に素直に考えるならば、金融緩和によって世の中に出回るお金を増やす政策を行った結果、その分のお金が株式市場に流れた、と考えるべきではないでしょうか。
結局このまま、流通量が増えたお金のほとんどは金融市場に流れてしまい、一部のギャブルに成功した投資家しか得をしない、というのは悪い可能性の一つとして、十分考えられます。

その結果はふたたびバブルとその崩壊です。

「物価上昇2%を目標にする」と言ったところで、何の価格が上がるのか、誰が保証してくれるというのでしょう。
末端の血行が悪いまま血圧ばかり上げたらどうなるかご存知でしょう。


なぜそこまでして「経済成長」をなさねばならないか、というのが『経済学の犯罪』の指摘のなかなか面白いところで、この本の前半は現代経済の問題を論じていますが、第5章「アダム・スミスを再考する」からは経済思想史に入ります。それはたんに「グローバル経済」の祖をスミスに見るのが間違っているという指摘のみならず、そもそも貨幣とは何かという根源的考察です。ここではモースの『贈与論』などの文化人類学的研究も登場します。
現在主流の新古典派経済学が「貨幣」の存在についてほとんど考えることができていないという指摘は、根拠付けを欠いた知の脆弱さを示しており興味深いところですが……それはさておき。
結局、佐伯氏の結論は、人は貨幣を蓄積する傾向を持つがゆえに、自ずから経済は縮小する、それを帳消しにするために破壊的な消費、もしくは経済成長が求められる、というものです。

その上で佐伯氏は「脱成長」というよりも、「成長主義」という強迫観念を脱するという意味での「脱成長主義」を唱えますが、同時にそれが困難であり、痛みもあることを主張します。
それでも、いつまでも「成長」を唱えているのが正しいのか、その果てはどうなってしまうのか、伸びればいいのか、ということは考えておくべきことでしょう。


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世の中を憂うるコメントを書こうと思っていたのに、ついマンガで笑ってしまった。不覚(^^;)

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上手くいかないのは誰のせい

3日ほど前の記事「伸び続けたらどうなってしまうのか」の続きのようなものです。 現在「アベノミクス」と呼ばれている政策ですが、金融緩和とか財政出動(公共投資)というのは過
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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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