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この話も何のこととは言わないので抽象的ですが…

まったく、やる気の起こらない時には起こらないもので、一体一日の内何時間活動しているのかと自分でも疑問に思います。

 ~~~

しばしば思うのですが、「このネタ、このタイプの話は鉄板、何度読んでも良いものだ」と「この手の話はもう飽きた」はどこで分かれるのか、実は誰も正確には知らないのではないか、と。

「同じようでも、良い作品には独自の差別化要因があるのだ」といった一般論は、形式的には間違いではないとしても、結局、分析の結果として見出されるというよりも「良い作品には何か違うところがあるはずだ」と考えることから前提されている感があります。
「面白い作品の一般原理」を探そうとする場合、そうした原理を前提して、それから各作品中にそれに当てはまるものを見出しているというのがありがちなパターンです。
しかしそれは、個々の分析は間違ってはいなくても、「一般原理」なるものは本当に「面白い」作品にしか当てはまらないのか、それは実は(上記の「定番のネタ」のように)「つまらない理由」にも転じうるものではないか、といった疑問を残すことがほとんどです。

そもそも「面白さ」がそれぞれの作品の個別的な事柄だとしたら、それを一般論として論じようとすること自体が根本的な間違いです。

何度言ってきたことのような気がしますが、これが「売れる作品の売れる理由」だとさらに問題含みで、そもそもマーケティング等の作品外の事情がどこまで関与しているのか、という問題があるにもかからず、そこは往々にして等閑視されます。
ありがちなのはやはり、「売れる理由」「人気の理由」を分析すると称して上記のような抽象的な一般則を前提し、「売れた作品」「人気のあった」作品を分析してそれを適用しているケースです。
しかし、一般則はほとんどの場合「同じ条件が当てはまっても売れない作品があるのはなぜか」といった疑問には答えません(答えたとしても「売れた」「売れなかった」という結果からの回顧的な推論)し、個々の作品分析は適切で興味深いとしても、なぜそれを「売れた作品」にのみ適用するのかという疑問が生じます。
結局、評論をするに当たって取り上げる作品を「売れた作品」に絞っているだけだとしたら、それは評論家として「取り上げる作品を選ぶ自分なりの軸」を欠いているということを証しているにすぎません。

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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