オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
壮大なる物語に挑むか、それとも――『伏 贋作・里見八犬伝』
そう言えば、桜庭氏のライトノベル作品は扱ったことがありませんが…
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↓文庫版では映画の脚本化・大河内一楼氏による解説も収録。
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――文章はどうも、説明表現がしばしば引っ掛かりますが。
たとえば、主人公たちの行きつけの飯屋のおかみ・船虫はこそ泥という裏の顔をも持っているのですが、彼女が仲間と盗んだものの話をしているところを主人公が立ち聞きするも、その内容はよく理解しないまま、という場面があります(他にも、船虫の台詞はよくこれで正体がバレないな、というわざとらしいものが多いです)。
この「立ち聞き」というのは、もっと極端になると一人称の文で聞いた内容を語りながら肝心なところは「よく聞こえなかった」等と言っていたりするケースもあって、そうやって視点人物の知らないことを読者には伝えようとすることの不自然さはライトノベルではすでにメタ的にネタにされています(『僕は友達が少ない』『僕はやっぱり気づかない』等)。
本作の場合、文体は三人称で、主人公の知らないことも地の文で説明していたりしますが、すると「立ち聞き」という形を取るのは何なのか……折衷的な印象は否めません。が、まあそこは良いでしょう。
本作の舞台は江戸の町、主役は山から江戸にやってきた猟師の少女・浜路(はまじ)です。
折しも「伏」という犬人間が江戸の町を騒がせており、浜路は猟師としての腕を活かし伏狩りに活躍することになります。
浜路の兄の名が道節、犬人間が信乃に毛野と、登場人物の名前は『南総里見八犬伝』から取られていますが、しかし獰猛な犬人間とは、英雄たる八犬士のイメージからはかけ離れたものです。
が、同時に、作中の江戸では現在、滝沢馬琴が『八犬伝』を執筆しているところです。
さらに本作には馬琴の息子・滝沢冥土(めいど)が登場、浜路の伏狩りを取材して「冥土新聞」として発行したりしている他、『贋作・里見八犬伝』をも執筆中で、これが長い作中作として挿入されます。
本作の設定では、『八犬伝』の元になった物語はかつて本当にあったことなのですが、冥土の曰く、事実は父の書いて人気を博している小説ではなく、自分が調べて書いている方だとのこと。
この『贋作・里見八犬伝』の――すなわち、冥土の取材した実話の――中では、犬の八房に嫁いだ伏姫が遺したのは仁義礼智忠孝信悌の字を記した玉ではなく、八房との間の子供たる犬人間であり、その子孫が今や全国に散らばった伏なのです。
さて、本作は元祖『八犬伝』が壮大な因果の連なりによって綿密に構成された物語であり、勧善懲悪の物語であることを明確に踏まえています。壮大な物語の始まりが玉梓の怨念であることも原典通りです。そしてその上で、物語の解体を図るのです。
犬人間の信乃は言います。
「それはなぁ、もうとうに終わったことでな。つまりいま俺とおまえがいるここは、残念ながら因果の輪が閉じた後の――物語などというものがとうに終わった後のせかいなのだ。お前はすでてが終わってからの江戸に、一人のこのこ現れたというわけよ」
(桜庭一樹『伏 贋作・里見八犬伝』文庫版、文芸春秋、2012、p.314)
八徳の玉は獣姦という背徳の結果たる犬人間に、徳を背負って戦う八犬士は獰猛で、短命ゆえに刹那的で、社会に馴染めず狩り殺される存在に、そして壮大な物語は「物語などというものがとうに終わった後の」小競り合いに変貌します。
実際、浜路は犬人間の悲しき宿命や身の上話を聞かされても、猟師として「獲物を狩る」姿勢を崩すことはなく、もちろんロマンス等が生まれることもなく、結局、獲物に出会えば狩ると他には、人の話を聞くくらいしかやっていません。それ以上の物語の余地はないのです。
その意味で、『八犬伝』という「大きな物語」(この言葉も現代思想の手垢が付きすぎていて嫌ですが、まあここでは便利なので使わせていただきましょう)をパロディ化する本作は、騎士道小説をパロディ化する『ドン・キホーテ』にも通じるものがあります。
しかし――大きな物語を解体することに意味があるのは、現にその大きな物語が効力を持っていればこそです。もう物語が終わった後で「物語は終わった」と宣言するのは、現状追認にしかなりません。その場合、「物語に挑む」ような身振りを取ること自体が、実際には風車小屋に戦いを挑むドン・キホーテのごとき振る舞いとなるでしょう。
いや、もしかすると本作は、そこまで射程に入っているのかも知れません。
実のところ、信乃が上記のように語り、そして彼らがいかにして物語に「終わり」を告げたという過去話が挿入された後で、物語は江戸城の天守閣での捕物という、クライマックスに相応しい盛り上がりを迎えてしまいます。
なんだ、これはこれで物語になっているじゃないか、と。
そしてエピローグに当たるところで、滝沢冥土はついに馬琴が『八犬伝』を書き終えた、すなわち壮大な因果の輪がついに閉じたことを告げるのですが、同時に浜路の伏狩りの物語は終わらないことを強調もするのです。
「でもね、浜路さん、伏姫と八房、その子孫たちの物語が夏の日にいちど閉じたとしても、狩るものと狩られるもの、伏狩者と伏のお話のほうは、いつまでも終わることはないでしょうよ」
(同書、p.457)
そして浜路の伏狩りは続く、という形でこの物語は終わります。
(これまた、今や使い古されて色々な含意を背負ってしまっているのであまり言いたくないのですが)大きな物語は終わっても、無数の小さな物語は続く、というところでしょうか。
付け加えるに、八房とともに城を出た伏姫が暮らすのことになった森は、木々が銀色の葉を付ける幻想的な地であり、そこでは動物との婚姻もごく自然なこととされています。
ここでの獣姦による犬人間の誕生は、徳の背徳への露悪的な読み替えというよりも、むしろそうした徳/背徳という対立そのものを虚しくするものなのかも知れないのです。
―――
なお、コミカライズもあります。
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