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百合と微妙なすれ違いの中で――『安達としまむら』

今回取り上げるライトノベルはこちら。
昨年末からやや刊行ペースがダウンしていますが、久々に入間人間氏の新作、本日発売です。

安達としまむら (電撃文庫)安達としまむら (電撃文庫)
(2013/03/09)
入間人間

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先にこの作品の来歴を説明しておきますと、『電撃文庫MAGAZINE』Vol.28~30に掲載された話を集めたものに書き下ろしを加えたものです(連載時の話 … Vol.28 Vol.29)。Vol.30掲載の回でも「つづく」となっていましたが、続く先はこの単行本です。
しかも、最初の2回はタイトルにも名のある主役二人の内しまむら視点だったのが、3月初旬に公式のメールマガジンでいち早く公開されたあらすじは以下の通りで、さり気なく安達視点になっていました。

体育館の二階。ここが私たちのお決まりの場所だ。今は授業中。当然、こんなとこで授業なんかやっていない。ここで、私としまむらは友達になった。好きなテレビ番組や料理のことを話したり、たまに卓球したり。友情なんてものを育んだ。頭を壁に当てたまま、私は小さく息を吐く。なんだろうこの気持ち。昨日、しまむらとキスをする夢を見た。別に私はそういうあれじゃないのだ。しまむらだってきっと違う。念を押すようだけど、私はそういうあれじゃない。ただ,しまむらが友達という言葉を聞いて、私を最初に思い浮かべてほしい。ただ、それだけ。日常を過ごす、女子高生な私としまむら。その関係が、少しだけ変わる日。


と同時に百合がほぼ確定。
その後3月10日発売のVol.30掲載分で上記あらすじに対応する安達視点の話が描かれるという、少々ややこしい順番になりました。

さすがに隔月で3回も連載したものがフェイクということはなく、今回は本当に、最後まで平和な話です。
ただ、人間関係の距離感に関わる心理描写はさすがにこの作者ならではのものですが。

しまむらはかなり無頓着なところがあります。

「お返しにこっちも」
 食べかけではあるけどこっちのドーナツを差し出す。安達がそのドーナツをじーっと見つめて、でも頭を動かそうとしない。なにか不満かなと思ってドーナツを一瞥し、気づく。
「あぁなるほど」
 戻してちょっとかじる。クリームが表に出てきたところで「はい」ともう一回差し出した。
「こういうことでしょ?」
「……じゃあそういうことで」
 (入間人間『安達としまむら』、アスキー・メディアワークス、2013、p.90)


同じものに口を付けたり、人を足の間に座らせたりすることを当然と思っているのは、小学生の妹がいるためという明確な背景があります。
これはある種、相手の気持ちに気付かない鈍感主人公の特性ですね。まあ同性相手なら無理もないのですが。

もっとも、入間氏の作品の場合、女の子の好意にまるで気付かない鈍感主人公というよりは、もしやと思いつつ「まさかね、自分が好かれる理由もないし、言ったら自意識過剰と思われるだろうし」という感じが多く、そこが比較的現実的なラインを感じさせるのですが、しまむらにもこんな場面もあります。

 安達が実は女の子大好き、ってわけじゃないだろう……多分。
 多分。安達の顔がなんとなく見られなくて、真っ直ぐ前しか向いていないけど。
 でも安達がもし、わたしのことを大好きですと言い出したらどうしよう。
 ……マジでどうなっちゃうのだろう。
 (同書、pp.95-96)


しかも、しまむらは無頓着ながら対人ガードが硬いところがあって、そこに距離感の原因もあります。

 きっとみんな、物珍しがっている。逃げようとするわたしの背中をつついて追いかけ回して、そうやって遊ぶのが楽しいのだ。逃げるから、追いかけられる。ただそれだけなのだと思う。
 わたしが開き直って周りを求めても、そこには追いかけ回されていた頃のわたしの面影はなくて、誰も相手にしてくれない。思い込みかはともかく、わたしにはそういう自覚があった。
 (同書、p.202)


他方で、安達はあらすじの通りキスする夢を見たりというもして、かなり意識しています。だから二人の間には少なからぬズレがあります。
でもレズビアン的感情というわけではないと思い、また自分の感情に思い悩んでもいます。

 実際のところ、しまむらと付き合うっていうのはどういうことなんだろう。
 私たちの今の歳でだれか男の子と付き合っても、結婚することもないし家庭を作るところまでいかないと思う。それなら別に男女つがいでくっつく必要なんかなくて、そうなると女同士というのもこの時期に限っては別段、問題がないような気もする。ないのか問題。
 いやいや、あるに決まっている。自分が納得できても世間は変な目で見るだろうし、しまむらがそういうものを受け入れるかもまったく別の問題だから。でもそれは世間とか、しまむらとか外側の問題であって、内側、自分自身については問題ないということなのだろうか。
 いやぁ、あるだろうと真剣に頭を悩ませて見ると、一つ思いついた。
 そういう価値観を引きずって大人になることがあり得る。そうなると子孫に繁栄に支障を来すことになる。私だけだから別にいいんじゃないの、ということはあるけど一つの例外が現れれば、じゃあ私もと続いて大きなうねりのようなものが生まれてしまうかもしれない。そんなにいるか分からないけど、あったら世の中は大きく困ってしまう。だから例外というのは怖い。
 なるほど。
「………………………………………」
 (同書、p.121-122)


しかしこれは、同性愛嫌悪という問題を思い起こさせます。
少なくとも男のホモセクシュアルについては「同性愛は流行る」という俗説が信じられ、だから同性愛者は排除したり矯正したりしなくてはならない、と考えられたことがありました(もしかすると今でも?)。
同性愛を否定しなければならない、という目的についてはここで当事者である安達も、同性愛を嫌悪する人々も共通しており、すると行き着く考え方は似たようなもの、ということなのでしょう。

差別は撤廃されるべきだとしても、当事者にとっては、同性愛でも構わない、とばかりも言えません。
世間の偏見はさておいても、相手が良いとは限らないのであって、そこで自分の気持ちを伝えれば、現状の関係を壊すことにもなりかねません。まあ相手(しまむら)のことまで「外側の問題」として、別の理由を探そうとする辺りは考えすぎとは思いますが、そこで関係を維持したい自分の気持ちを隠蔽してしまうのも心境としては分かります。
この辺の悩みは思春期らしくもあり、また行動するよりこのように考え込んでばかりいるのが人付き合いの苦手な人らしくもあり。
現に、安達の感情は性的なものとは違う風でもありますが、そもそも本気なのか否かなのか判然としないまま悩んでいるところも含めて、思春期的です。

さらに、相手の他の知り合いが一緒にいる時の疎外感や、相手にとっての特別になりたいという独占欲なども、実感の湧く描写揃いですね。

そんな中、しまむらの友人の日野がまた実にいい子で。

いかにもラブコメ的な描写や、男性の性的な視線に対応するものを抑えて、女子高生の日常を丁寧に描いているのも特徴で、卓球をするので上着を脱いで「どうせ汗をかくから化粧を先に落と」す(p.14)辺りなど、さり気ないところに描写のマメさを感じます。

劇的なストーリーはないのですが、青春小説としては珠玉の一遍かと思います。


ついでながら、しまむらの名前はファッションセンターしまむらを念頭に置いたもので、それに関わるネタがしばしば口にされます。

(……)私の名字は島村で、それがどうにも苦手だった。島村といえば、しまむらなのである。どうもみんなからひらがなで呼ばれている気がしてならない。島崎とかの方がよかった。
 (同書、p.19)


それから『電波女と青春男』とのリンクもあり。

 ―――

ここからは『安達としまむら』を離れますけれど、入間氏は一方でデビュー作以来、いわゆるバカップルを描いてきました。
バカップルという、いわば「自分たちだけの世界に閉じこもっている人たち」のみを純化して突き詰めれば、『多摩湖さんと黄鶏くん』のようになるわけですが、他方で狭い世界に徹せない人間の弱さへの眼差しも、氏の作品にしばしば見られるものです。

「わたし以外になんで触れるの?」
 マユは怒りより純粋に、不思議がる。人間には相応しくない質問だけど。
 それはまーちゃんより弱いから、だよ。
 マユと僕だけの、極小の世界で生きるのが怖くて、仕方ないから。
 (入間人間『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 3 死の礎は生』、アスキー・メディアワークス、2007、p.87)


「私は、自分の声が嫌い」「ん、ああ」
「だから手帳を使って会話する」あ、そういう意味合いだったのか。
 伏見が身体をずらし、僕を中心に見据える。
「それは、笑わないお前相手に喪同様、だけど。嫌われるのも笑われるのも、嫌で」
 目を伏せかける。でも、伏見は真正面を向き続けた。
「でもお前は私の声を笑わない。それにどんな過程があるかは問わない、ただその結果を尊び、感謝する。だから私は許容する。お前の怖さを認めるし、肯定もする」
 枯れた声音で。
 それが、頭中を駆け巡った。
 さぁっと、頭が一度漂白されて、それから、中身が掻き消えたように、軽々となる。
 機能が、回復した。
「うわぁ……」
 何だ、この爽快感。昇天して魂が抜けきる手前だと説明されても、今なら受け入れそうだ。
「だからお前は、その……ずっと、私の声を認めてほしい」
 汗を指で拭きながら、鼻先まで朱色の伏見が提案してくる。
「うん。……こちらこそ、よろしく」
 普段から特に意識していなかったからな。簡単である。
 ……けど、そうかぁ。
 失念してた。僕が生きることを維持するのに、水分とそれが必要だってことを。
 言葉で言い表すことに無礼と憤りさえ覚える、許容と妥協を得るもの。
 入院して以来、先生と病院で会話してなかったから、補給が滞っていたのか。
 どうりで、稼働率が低下の一途を辿っていたわけだ。
 先生との会話が如何に有意義だったか、今更ながら実感する。
 これだけは、マユが与えてくれないものだから。
「どした?」伏見が顔を覗き込む。
「柚々は癒し系だと実感してた」
 (同書、pp.244-245)


みーくんがまーちゃんという正妻がいることを内外への理由として他の女の子たちの好意を受け流しながら、結局誰も捨てられず「嫁が四、五人いる」まま終わることになったのも、この辺に理由があります。
一人の相手への気持ちだけで生きられない――だから悩みもするのです。

嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 3 死の礎は生 (電撃文庫 い 9-3)嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 3 死の礎は生 (電撃文庫 い 9-3)
(2007/12/10)
入間 人間

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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