FC2ブログ

その大作が成るまで――『等伯』

今回の小説はこちら、昨年第148回直木賞を受賞した『等伯』です。
直木賞などチェックしてもいなかったので、受賞したから…というわけではありませんが、まあおそらくは受賞したお陰で店頭に積まれていたから目に付いたのであることを考えると、やはり受賞効果で読むことになったと言えるかも知れません。

等伯 〈上〉等伯 〈上〉
(2012/09/15)
安部 龍太郎

商品詳細を見る

等伯 〈下〉等伯 〈下〉
(2012/09/15)
安部 龍太郎

商品詳細を見る

著者の安部龍太郎氏はもっぱら時代小説を書いて20年以上になるベテランで、今作は安土桃山時代に活躍した絵師・長谷川等伯の生涯を取り上げたものです。

まず一般的な歴史知識を確認しておきましょう。同世代人で、ともにその時代を代表する絵師であるという意味で、等伯のライバルは狩野永徳です。
能登の絵仏師であった等伯は33歳で上京しましたが、その頃、4年年下の永徳はすでに京で活躍していました。

ついでに、これは小説中にも多少の説明があることですが、絵師と絵仏師は別の職業です(もちろん、等伯自身がそうであるように、両方の領域にまたがって仕事をすることはあり得ます。なお、「信春」は後の等伯)。

 信春は三十三歳になり、絵仏師としてすでに一家をなしていた。日蓮宗に帰依し、寺におさめる仏画を専門に描くので、絵師ではなく絵仏師という特別な呼び方をされている。
 (安部龍太郎『等伯 (上)』、日本経済新聞出版社、2012、p.9)


しかし、この小説では直後にこう書かれます。

 このまま田舎の絵仏師で終わりたくない。花鳥画や山水画にも筆をそめ、今をときめく狩野永徳と肩をならべるような絵師になりたい。そうした思いが旨の中にふつふつとたぎっている。
 (同書、p.10)


つまり、小説中の信春=等伯は、最初から永徳をライバルとして見定め、都に出て絵師として大成するという野望を持った人物として描かれています。
小説の主人公ならばやはりそうであって欲しい、その方が面白いのであって、その点で本作はエンターテインメントとして分かりやすい人物造形と配置をしています。

さらに、たとえば信春が上京したのは織田信長による比叡山焼き討ちの年ですが、小説では京に着くなり焼き討ちの現場に出会ってしまったりと、その時代の事件と絡めて最大限盛り上がるよう話を組んでいることがよく分かります。さすがに手堅い仕事です。

ただし、絵師として大まかな野望以外の点では、本作の信春はむしろ巻き込まれ型の人物です。
彼は武家の生まれで商家の長谷川家に養子に出されたのですが(これは史実)、小説中では何かと実の兄や主家の姫君に「主家の畠山家再興に力を貸せ」と要求され、騙されて、振り回され続けます。
京で成功を収めた下巻になると狩野派との対立が生じ、ますます政争に悩まされることになります。

しかも信春自身、上京したいと思ってはいるものの、戦国の状況下で家族を危険に晒すことを考えると…と悩んでばかりの状態がしばらく続いたりと、煮え切らないところがあります。
絵のためには無茶もしますが、『今昔物語集』の(ひいてはそれを元ネタとして芥川龍之介『地獄変』の)絵仏師良秀のように絵のためには何もかも犠牲にできるほどぶっ飛んでいるわけでもなく、後から家族を苦しめたことを悩んでばかりです。

けれども、クライマックスではそんな彼の家族への想いが故郷の風景を描いた《松林図》に結実し、そこまでの彼の悩みっぷりも全てが生きてきます。さすがの出来でした。


さて、美術というものはその人の手による仕事が現在に残っています。署名や周辺記録によって年代の分かる作品が一定数あれば、それを並べるだけでその作家の画業がある程度見えてくるかも知れません。
しかしその上で、追究し始めると謎は尽きません。

歴史的には長い間、画家でも彫刻家でも仕事は注文制作でした。では、その作品は誰の注文で作られたのか? 注文主が分かっているとして、なぜその仕事は他でもないその作家に依頼され、作家はなぜこのような作品でそれに応えたのか?

実のところ、等伯の代表作《松林図》制作事情の不明な作品です。
元々は屏風ではなかったものを後から屏風に仕立てたのだとか、下絵だったとかいう説が有力ですが、確かなことは分かりません。
さらに、田舎の絵仏師から狩野派を押さえて当世一の絵師となるまで、等伯は何度か大抜擢を受けています。その抜擢にいかなる背景があったのかも、つねに明瞭とは限りません。

そうした点について、本作は上手く創作で補いつつ、ちゃんと面白い筋立てを見せてくれます。
もちろん、肝心な抜擢はやはり腕を見込まれたことになっていますし、大仕事の注文主は――本法寺の日堯上人にせよ、豊臣秀吉にせよ――見る目のある人物として描かれています。話としてはそうあるべきで、コネや周辺事情で成功した、では芸術家伝として面白くありません。
しかしその一方で、等伯を振り回す政治的事情を絡めることも忘れない、そこにまたドラマがあります。

――といった点から、十分にお勧めできる作品です。


もっと知りたい長谷川等伯―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい長谷川等伯―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
(2010/02/20)
黒田 泰三

商品詳細を見る

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
04 | 2021/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告