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舞台となるその地は

【学会あるある】
昼休みに行う理事会が長引いて、その分午後の部の開始が遅れる。

…私の知っている一部だけかも知れませんが。
そんなわけで、本日宗教哲学会の手伝いに行ってきました。もっとも、私はアルバイト料を貰っている正規の手伝いではありませんでしたし、様子を見ていると私がいなくても手は足りていたのかも知れません(一応、院生は全員参加と聞いていたのですが…)。まあその分、発表はタダで聞けたりしますけれど。

 ~~~

それはそうと、先日『耳刈ネルリ』の中国語版を入手したという記事を書きました。その続きです。

ライトノベルには多くの場合あるもの、それはあとがきです。
西洋語訳にはあとがきまでは翻訳されていないことが多い(管見に入った限り)なのですが、この台湾版『耳刈ネルリ』ではちゃんとあとがきも訳出された上、さらに台湾版あとがきが追加されています。
私の心許ない中国語で重訳となりますが、なかなか興味深いのでここに訳出・引用してみます。

 これは架空の国で展開される物語である。
 インターネットの書評では本作の舞台が「旧ソ連をモデルにしている」と常々言われているが、実際には私は「本地=中華」のイメージで書いたのだった。
 四方を東夷西戎南蛮北狄に囲まれ、しかも万里の長城を備えている。
 サブタイトルの「万歳万歳万々歳」についても、私がある本で西太后の写真を見て受け取った啓発である。
 私はその時写真の背景の横断幕に「……(前半の文言は見えなかった)万歳万歳万々歳」という文字があるのを見て、この種の権勢を誇張する感覚と誰もがかつて体験した「入学」が一度に組み合わされば面白いと思ったのだ。
 当時の私の考えは確かにこのようなものであった……
 しかしインターネット上の評価は意外にも……
 あれ? 涙が止まらない……
 さて、気を取り直して。台湾版が出ることになった。
 ついに「万歳万歳万々歳」の本場に上陸することになった。
 「タイトルがマジキチ」という汚名を雪ぐ時が来たのだ。
 何だって? やっぱりマジキチ?
 ああ、涙がまた……

 この本を出版するに当たって、多くの人のお世話になった。
 [謝辞につき省略]

 最期に、この本を買ってくれた読者に向けて一言…
 「ありがとう&万歳万歳万々歳!」
 (石川博品『割耳奈露莉 恭賀萬歳萬歳萬萬歳』、尖端出版、2012、pp.327-328)


ここで本文冒頭を見ると……

 列車が長々と横たわる様は壮観だった。かつて夷狄の侵入を防ぐために築かれた長城のようだと思った。だが、平和な日常を守ってくれるはずの防壁の似姿は、かえって僕を不安にさせた。
 (石川博品『耳刈ネルリご入学万歳万歳万々歳』、エンターブレイン、2009、p.8)


なぜこれが目に入らなかったのか、我々の目が節穴であることをよく示しています。
……というのは半分冗談で、本作中には(作中世界にあるものと言うより)現実世界のもののパロディも数多く登場しますから、これだけで世界観が言えない面もあるのですが。

それはさておき、なぜ本作の舞台のモデルがロシアと思われるのかと言えば、

・人名の音感(特に2巻で登場するコーチキンとその作品は、プーシキンとその『大尉の娘』であるとあとがきでも明言されている)。
・1巻「ネルリの源流をもとめて」で元ネタとして真っ先に挙げられているのがプリシュヴィン『ネルリ』、ついてアルセーニエフ『デルスー・ウザーラ』とロシア文学(ただし、他にウェブスター『あしながおじさん』も挙げられているという事実もある)。
・雪が多いという風土(シャーリック王国まで列車で帰省すると短い夏休みが終わってしまうというのもシベリア横断鉄道を思わせるかも知れません)。

といったところでしょう。
政府機関の名称が「委員会」であるのは確かに共産党を思わせますが、これは中国共産党にも当てはまります。
そもそも、これは私がすでに指摘しておいたことですが(「『耳刈ネルリ』再論――政治的コミットメントの観点から」)、本作の舞台となる「活動体連邦」が共産主義である等とは一言も書かれていませんし、「委員会」なるものが顔の見えない組織である様は強い独裁者を頂く共産主義国家にありがちな体制とはむしろ対照的です。その意味で、共産党との類比を過度に読み込むのは正当ではありません。

まあ、上の三つの要素だけで中国よりはロシア的に見えるのはやむを得ないことかも知れません。周辺の異民族を統合した巨大国家というのもソ連に当てはまりますし(だからこそ、それらが独立して崩壊しました)。

それと、中国語訳を入手した機会に再読していて改めて気付くのですが、本作の叙景文は大変美しく、風土の引証が強いのですね。

 見渡す限りの黒い大地だった。
 雪解け水を吸った土の匂いを、腐敗した枯れ草を踏みしだく感触を、今しも地平線の彼方に沈み行く太陽の余熱を、僕は想像することができた。
 (同書、p.6)


冒頭からこれですから、私はここに付け加えるコメントをもはや持たないのです。


【追記】
ネルリの侍従ワジがネルリの臣下として喋る時の一人称が「臣」(「わたくし」とルビを振る)なのですが、この「臣」は中国語でも「臣下の君主に対する自称」(『クラウン中国語辞典』より)として用いるらしく、中文でもそのまま使われています。見事なものです。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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