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ケーキ屋を巡る苦悩――『リリーベリー ―イチゴショートのない洋菓子店』

発売から間が空いてしまいがちですが、今回取り上げる小説はこちらです。

リリーベリー―イチゴショートのない洋菓子店 (メディアワークス文庫)リリーベリー―イチゴショートのない洋菓子店 (メディアワークス文庫)
(2013/03/23)
大平 しおり

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これがデビュー作のようですが、著者プロフィールには「第15回電撃大賞応募をきっかけに本作『リリーベリー』を執筆」とあります。
投稿作品がデビュー作にならず、担当編集者が付いてデビューするための新作を書いたというパターンでしょうか。
もっとも、第15回というともう5年近く前の計算ですが…

さて、洋菓子店という女性向けを感じさせる題材で、表紙イラストも少女漫画風ですが、実際に読んでみると登場人物の印象はかなり違います。
そもそも、主人公は女(女子大生)ですが、――「ケーキ屋さん」は女の子の夢、という通俗的見方に反して――作中に登場するパティシエは全員男です。しかもなかなかに癖のある連中で、金髪に皮ジャンでバイクを乗り回している元ワルだったり、よく聞くと「普通のワルですらな」い「変なワル」(p.200)だったり。
主人公も肉が好きで、お菓子作りをしている男たちにも焼肉のおにぎりばかり差し入れたり、甘いものを食べながらも「焼肉も食べられれば言うことはないだろう」(p.341)と言っていたり、盆踊りをハードロックで踊ったりと、独特に変です。

ストーリーとしては、そんな女子大生の明海(あけみ)が家の近くの辺鄙な山の中で「一年間限定開店」とある奇妙な洋菓子店を発見、そこでアルバイトをすることになる、というもの。実はこの店を経営している竹下という男、東京で名の知れた店をやっていたのですが、父の死後あっさり店を潰してここにやってきたのだとか。
もちろん、こんな辺鄙な山の中にわざわざやってくるのには、祖父の代からの事情があって……

やはりというかストーリーの軸は恋愛要素。
ただ、明海には中学校の頃から6年間も想い続けながら友人止まりだった和志(かずし)という男がいます。その和志は竹下のケーキに衝撃を受けたのがきっかけで、フランス留学に旅立ってしまいます。
そんなわけで明海は最初、「この店に好きな男を奪われた」と恨みめいた思いを持っているのですが…

このような「最初に好きだった相手との関係」は一つの問題です。
たとえば――現代の翻案者には無視されがちなところですが、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』でも、ロミオは最初ロザラインという女性への恋で悩んでいます。それが気分転換に連れ出された舞踏会でジュリエットに会うや否や、もう彼女に夢中になってしまいます。それから二人が死ぬまで作中時間ではあっという間。
別のライトノベルでこの点に関する言及があったので引いておきましょうか。

「このお話、よく『純愛』って言われるじゃないですか。でも、ロミオはジュリエットに会うまではロザラインに惚れてるし、かなり軽い奴ですよね?ジュリエットに会った瞬間、あっさりロザラインのことを忘れちゃって」
 (……)
「作者はどっちの立場だったのかなって。ロミジュリは純愛のつもりだったのか、それとも、若者の無軌道を風刺していたのか」
「それは解釈がわかれるところよね。あちらの国にはシェークスピア学って学問があるくらいだもの。作品の解釈だって、いろいろあるはずよ」
 (海冬レイジ『も女会の不適切な日常 3』、エンターブレイン、2012、p.169)


最初の恋は一時の気の迷いのようなもので、もっと深い恋に出会ったからこそそのことは忘れてしまったのか、それとも…?

一つ言えるのは、現代のオタク文化においてはしばしば「幼馴染」が特別な存在と見なされる辺り、関係の起源の古さは重要なものと見なされているらしい、ということです。
とは言え、それが全てとは限りません。
こういう場合のポイントとして、最初の相手に惹かれた理由と後の相手に惹かれた理由はどう違うのか、ということがあるでしょう。本作ではそれが男のケーキ屋という仕事を巡る姿勢と結び付けられて、まずまず上手く描かれていたかと思います。
父親の死で苦しんでいる男を相手に、パワフルな女子が話を引っ張る構成も読んでいて楽しいものです。そんな明海が恋愛に関してはやたら臆病なのも悪くないところですし。

さらに、タイトルにあるように店に「イチゴショートがない」ことには竹下の父との関係が関わっていて、それが終盤の一つの山場にもなるのですが、父との確執に関わる問題を解決した後でも苦悩している場面があって、トラウマを乗り越えてめでたしめでたし、というところには留まらなかったのも好印象です。

題材である洋菓子の描写ですが、風味に関する描写はあまりなく、外見に関する描写が目に付きます。
しかし、高級スイーツにとって見た目の艶やかさも重要な要素なのは確かでしょう。独自の菓子の鮮やかなイメージがしっかり浮かぶ表現になっています。


ちなみに、ストーリーはコメディベースというわけでもないのに、随所に挟まれるギャグが何とも言えずシュールです。

「だーかーらー、猫のしっぽは引っ張ればちょっと伸びるんだって! うちのチビ太で証明してみせようか?」
「ぴ、そんなことして取れたらどうするんだ。チビ太が可愛くないのか!」
「取れるわけないじゃない。大丈夫だもん!」
「大丈夫でも許さん! チビ太をいじめたら許さないからな」
「チビ太のこと見たこともないくせに! あんたなんかチビ太の猫パンチで数メートル吹っ飛ぶわよ。なんせ街では知られたボス猫だからね。チビだったのは最初だけ、いまじゃあ体重三十キロオーバーの巨漢、いえ巨猫よ」
「いやそりゃ猫じゃなく別の生き物だろ」
 待ち合わせの山頂付近に至ったところ、不毛な喧嘩が聞こえてくる。
 (大平しおり『リリーベリー ―イチゴショートのない洋菓子店』、アスキー・メディアワークス、2013、pp.66-67)


「この曲の原型は、市の無形文化財にも指定されている伝統行事、『餅投げ』の際に歌われていたものです。かつて、モチ米の収穫期に盛んに行われ、市内のありとあらゆる病院を大繁盛させたその伝統行事も、高度経済成長とともに姿を消していきました。現在では、我が社の社長の田んぼでしか見られない光景です」
 まだそんなことをやっている人がいるのか。しかも社長だけか。
 (同書、p.207)



ただ最後に、この小説とは直接関係ないことを一つ。
今では皆、クリスマスにイチゴのケーキを食べることを疑問に思っていませんが、これは温室栽培の普及以前には考えられないことでした。
私もこの冬何度かイチゴを買ってきて食べていましたし、別に文句を言うわけでもありませんが、これは季節感の喪失には違いありません。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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