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箱庭のような街――『超粒子実験都市のフラウ Code‐1# 百万の結晶少女』

「ボーカロイド」というのは、元はヤマハの開発したプログラムのことなのですが、転じてそのプログラムに画像等を付加したキャラクターのことをも指すようになっています。
これはすっかり人口に膾炙した言葉である「アンドロイド」との連想も大きいのかも知れません。

「アンドロイド」について言うと、本来「オイド」が「~に似たもの」の意味であって、「アンドロイド」あるいは「ヒューマノイド」とは「人間に似たもの」ですが、「ロイド」「ノイド」で切るのは日本語ならではの感覚ですが。
しかし、その手の用法も見慣れたものとなりました。


前置き(?)はそのくらいにして、今回取り上げるライトノベルはこちらです。

超粒子実験都市のフラウ    Code‐1#百万の結晶少女 (角川スニーカー文庫)超粒子実験都市のフラウ Code‐1#百万の結晶少女 (角川スニーカー文庫)
(2013/03/30)
土屋 つかさ

商品詳細を見る

本作のヒロイン・フラウ「グロアロイド」――グロア粒子という特殊な素粒子を活用して作られたロボットです(「~ロイド」の用法についてはこれ以上語るに及ばず)。
序盤でこのグロア粒子が「第五の素粒子」(p.15)と説明されていたところで、まずそれまでの「四つ」として何が想定されているのか不思議に思ってしまいましたが…物質を構成する「素粒子」に絞って電子、陽子、中性子とすると足りないですし、その他を数え始めると膨大な数になりますし…
さらに放出されたグロア粒子が街中に「滞留」しているという表現もなにやら引っ掛かるもので、まるで霧か埃のような…。

ついでに、フラウは初めて外に出てきたので多くのことを知らない……のはいいとして、「『追いかけてる』って、なんですか?」(p.8)とか「『つかまって』ってなんですか?」(p.36)といったレベルの質問をする割に日本語が流暢なのもいささか作りが甘いというか、カタコトや言語障碍系のキャラ造形にも今ではもっと発達したものがあるのではないか、と思います。


まあ、その辺は措いておきましょう。

本作は、主人公の少年が空から落ちてきた美少女を助けて、追っ手と戦いながら逃避行をしたりする話です。

――と言うと当然、古典的名作『天空の城ラピュタ』が思い出されるわけですが、敵に追われる少年少女を助けてくれる人たち、つまり『ラピュタ』で言うと炭鉱街の大人たちに当たるキャラクターがやはり美少女たち(いわゆる「サブヒロイン」)であるのはライトノベルならではの仕様というところでしょうか。
双子なんかはなかなかノリが良くて、いいサブキャラクターではありますが……その上で、本作の特色とは何でしょうか。

 幼なじみで同い年の女の子、海妃(うみさき)かなめは、当人が持っている非凡な才能から、実験都市(ポリス)内で幾つかの特権が与えられている。ついでに、ネットオークションで五桁の値がつくようなチハチナのペアチケットなんかも、気軽にプレゼントされる立場にいるのだ。
 とはいえ、かなめだって誘えるなら誰でもよかった筈はない。なにせCHIHA―CHINAのライブである。隼人を誘ったからにはそれなりの意味があった筈で――
 ――という方面には隼人の頭は全く働かない。芸能方面に疎い隼人は今なお「ファンの人を誘った方がいいんじゃないかなあ」と思っている。
 (土屋つかさ『超粒子実験都市のフラウ Code‐1# 百万の結晶少女』、角川書店、2013、pp.18-19)


この辺は実にありがちな「鈍感主人公」の描写であり、かなめのツンデレなキャラクターともども定番であり、さらに言うならかなめが隼人(主人公)を好きなことと合わせて、特にそれ以上の説明もなく物語の最初から所与のものとして描かれています。こういうところは工夫なく取り込んでいるだけで、とりわけて「作者の書かんとしたこと」はないと見て良いでしょう。

まず目に付くのは、グロア粒子を使ったテクノロジーや超能力が使用可能なのは、24時間グロア粒子を放出し続けているこの街――超粒子実験都市(グロアポリス)の中だけという設定です。
決して「全世界でグロア粒子が実用化されている」わけではありません。
グロアロイドであるフラウが特殊な力を持つのはもちろん、隼人やかなめもPSY能力と呼ばれる超能力を持っているのですが、それが有効なのはあくまでこの街の中だけです。

さらに、それゆえグロアポリスは全世界からグロア粒子関係の研究機関が集まるところであり、研究機関同士の銃を持っての抗争まで存在します。

グロア粒子に満たされているのはこの街だけ、というのはフラウが「街と同調している」という設定に関わっていますし、研究機関の抗争というのはもちろん、「敵と戦いつつ逃走する」物語のための設定でしょう。
が、それだけではないのかも知れません。

主人公たちはやはりライトノベルの通例に従い高校生ですが、この1巻の物語はゴールデンウィークの連休中のことで、学校に通っているシーンはありません。
また、グロアポリスの子供たちは独自のコミュニティを形成しているという設定で、かなめの所属するコミュニティ「レイニーレインボウ(RR)」の仲間たちが隼人たちに力を貸してくれます。ここで出てくるのは学校を介した繋がりではありません。
(現実の日本よりは治安の悪いところがあるとは言え、子供たちのコミュニティが生きていくために荒事までしなければいけないというのはまるでスラム街の話のようですが…)

物理的にも社会的にも外界と法則の異なる箱庭のような街を舞台に、少年少女の独自のコミュニティが走る――とあれば、ここには共同体の描き方に対する意識が感じられます。
とは言え、それがそれほど強く感じられないのも事実です。何しろ(今のところ)物語は街の中に終始するため、外界に対するグロアポリスの独自性はかえって際立ちませんし、RRのかなめ以外の子供たちに至っては姿すらほぼ見せません。
結局これは、ドラマを紡ぐための小道具止まりなのでしょうか。
1巻段階での評価は何とも微妙なところですね。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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