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死していった者達へ――『魔法少女育成計画 episodes』

はい、今回取り上げるライトノベルは『魔法少女育成計画』の短編集です。

魔法少女育成計画 episodes (このライトノベルがすごい! 文庫)魔法少女育成計画 episodes (このライトノベルがすごい! 文庫)
(2013/04/10)
遠藤 浅蜊

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(既刊レビュー:無印 restart(前) restart(後)

今回の『episodes』は無印とrestartを合わせて計33人の魔法少女が――多寡はあれど――全員登場する短編集です。前半の8編は「このライトノベルがすごい!文庫 スペシャルブログ」に掲載されたものに加筆訂正を加えたもので、後半7編が書き下ろしとなります。
いずれも本編の補完として描かれたもので、場合によっては本編のネタバレも含むので、既刊3冊の後に読むのが妥当です(巻頭には全員の紹介も再録されていますが、ここでも本名が作中で判明する魔法少女については本名が書き加えられており、これも時に既刊のネタバレに関わります)。

日常のエピソードが多いですが、本編同様の戦いのエピソードもあります。ただこの中で「ゾンビウェスタン」は完全に無印のバトルロイヤルの中の1エピソードで、できれば本編に組み込まれるものだったと思いますが……コミカライズでは是非そうして欲しいものです。
また、意外なメンバー同士が、時には無印とrestartの枠をも超えて繋がりを見せることもあります。

また、変身前の素性などが不明だったメンバーについて、きわめて意外な正体が明らかになるケースもあります。


――と、ここで一つ言っておきましょう。
私は無印のレビュー時にこの『魔法少女育成計画』を山田風太郎の忍法帖と比較し、風太郎忍法帖よりもより「キャラを描く」ことに傾斜していると見て、こう書きました。

各登場人物を特徴付けるものとして、「キャラ」が生々しい身体に取って代わる――「キャラクター小説」としてのライトノベルにおける能力者バトルロワイヤルに相応しい事態ではないでしょうか。


これはもちろん、優劣を言っているわけではありません。
そもそも私は、「小説とは人格を描くものである」とか、それゆえに人格を「深く」描いている方が優れた小説だ、とは見なしません(もちろん、描くのが「人格」か「キャラ」か、という問題でもありません。再三主張してきたように、私の考えではやはりキャラは人格を前提とするのであって、両者が別々に存在するのではないからです)。
そもそも、「キャラクター/人格を描く」ことに重きを置くこと自体が、「キャラクター小説」=ライトノベルの基準です。他の小説も同じ基準で優れていなければならない(いるはずだ)と考えるのは、大変失礼な考え方です。

そしてさらに、キャラクター描写の厚みとは費やした文章量によるものでもない、と考えます。
短い一節にその人格が圧縮されていることがむしろ重要な場合もあります。もちろん長いストーリーで出番の多い人物には描写の量も重なるでしょうし、それが悪いわけでもありませんが、圧縮した表現ができなければ散漫になるだけということも多いのです。

たとえば、無印で最初にリタイヤするねむりんは、全く魔法を使って活躍することなく消えます。しかしまさにそのことにより、そして加えてリタイヤ時の発言により、彼女の魔法少女への想いは自分で活躍するよりも他の魔法少女の活躍を聞くことに向けられていたことが、よく分かります。それこそが彼女の人を伝える的確な描写というものです。
さて、そのねむりんですが、この『episodes』では意外なくらいの活躍を見せます。
少なくとも魔法少女の「能力」に関しては、この短編において初めて明らかになる部分が多々あります。もっとも、この手の作品においては、十分に活躍したキャラクターでさえ、作中で実現されていない組み合わせで戦うと誰が誰に勝てるのか、といったことはつねに議論の余地があるもので、真価を描き尽くすことこそ難しいものですが。

と言っても、人格について「意外な一面」が明らかになったり、人物の背景が分かってきたりするエピソードもあります。
ただそれも、単なる付け足しであればそれほど面白いものではありません。量を足せばいいわけではないのです。
今までに圧縮された描写があり、そこから期待される線上に自然と繋ぐからこそ、腑に落ちる補完となるのです。
たとえば『restart』において@娘々が登場した時――

(……)とことこと歩いてきた少女はチャイナドレスをアレンジしたコスチュームで、髪をお団子二つに結っていた。見た目は典型的なチャイナっぽいなにかという感じで、喋り方も、
「夢ノ島さんのお知り合いアルか?」
 ベタだった。(……)
 (遠藤浅蜊『魔法少女育成計画restart(前)』、宝島社、2012、p.43)


実際に中国人がこんな喋り方をするわけではありませんし、そもそも魔法少女としての外見と中身は別です。
外見に合わせて変身後はキャラ作りをしているのでしょう。そういうケースについては、この『episodes』でのマジカロイド44(ロボット)とラ・ピュセル(騎士)のエピソードがよく伝えています。

「シスターナナは我が師。弟子である私が協力するのは当然のことだ」
 我が師とはレクチャー役の魔法少女だったということだろうか。騎士らしく随分と時代がかった言い回しを使う。マジカロイド44自身が語尾や発音をロボットっぽくしようとする『成り切り』に拘る性質(たち)だったこともあり、古風な言い回しを選んだ騎士に対しちょっとした共感を覚え、話を継いだ。
 (遠藤浅蜊『魔法少女育成計画episodes』、宝島社、2013、p.37)


しかし@娘々は陽気な振舞いの一方で、過去の凄惨な記憶の断片をかすかに思い出し、苦しんでいる風もありました。そんな浅からぬ傷を抱えた彼女がベタなキャラを作って『restart』であの通りの振る舞いを見せるまでの物語は、実によく嵌まったものでした。

あるいは、『restart』のメンバー中でもアカネは完全に精神を病んでいましたが、今回『episodes』ではそうなってしまう前の彼女が描かれます。その意味で、彼女の場合は『restart』でのキャラと『episodes』でのキャラはほぼ別物です。
しかし、凄惨な展開そのものは描かれないのですが、彼女がなぜ壊れてしまったのかは、今回のエピソードから想像できるのです。何しろ彼女が「魔法少女選抜試験」で殺し合いを強いられ、喪うことになるのは――

その意味でこの短編集、平和でコミカルなエピソードであればあるほど、彼女たちがほとんど死ぬ運命にあることを思った時の落差は大きいものです。しかも場合によっては、心暖まる話が後の悲劇にそのまま繋がっているのです。これは陰鬱な話です。
けれども、だからこそ、彼女たちがこうして生きていたことを留めることが確かな意味を感じさせるのでもあります。

実際、生き残った魔法少女の多くは、今回の出番は比較的少ないめです。短編での活躍は本編で早々と消えた分の埋め合わせと考えればそれも当然ですが、最後のエピソードが『restart』の後日譚であるのを見ると、ここには同時に鎮魂の物語があるのかも知れない、と思わされます。
かつて生き、死んだ者達の物語を最後に、生きて語り伝える者達で締め括る――

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