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だれが差別を作るのか――『下ネタという概念が存在しない退屈な世界 3』

今回はライトノベル『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』の最新3巻を取り上げさせていただきます。

下ネタという概念が存在しない退屈な世界 3 (ガガガ文庫)下ネタという概念が存在しない退屈な世界 3 (ガガガ文庫)
(2013/04/18)
赤城 大空

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 (既刊レビュー:1巻 2巻
まず、今回の表紙はなぜこんなことになっているのでしょうか。
引き摺られている女性はダッチワイフ(本文中の表記ではラブドール)です。

サオリ三号

今巻、作中では夏休みに入り、主人公・奥間狸吉(おくま たぬきち)たち《SOX》は華城綾女(かじょう あやめ)の後見人(養母)である撫子(なでしこ)が経営している高級旅館にやってきます。
舞台が温泉という、普通ならお色気が期待される状況で、実際今回のカラー口絵は(前巻と違って)ちゃんと色気があります。
ただし、撫子は綾女を下ネタテロリストとして育てた人物でもある……となればもちろん、只者ではありません。

そもそも、2巻のラストで「雪原の青」こと綾女が「私は絶対悪として戦う」と、思想の合わない組織との敵対を宣言するとも取られかねない演説をしただけに、他の下ネタテロ組織は《SOX》との協力に慎重になっていたのでした。
しかし協力できる組織とは協力関係を築いておくべきであって、学校での活動が休みとなる夏休み中に他の組織とのパイプを再建する……というのが綾女の予定でした。
しかし撫子の曰く――1巻で入手したエロ本のコレクションとエロ絵師・早乙女乙女(さおとめ おとめ)という貴重な財産を抱える《SOX》が他の組織から敵視されている現状で、狙われたら守りきれるのか……というわけで、今巻はもっぱら狸吉の修行編です。
表紙も修行です。このような目立つ格好で人に見付からず活動するという……(本文中に、正確にこれと同じ場面はありませんが)

ストーリー上は前後編ということで、大きな動きがあったところで次巻に引きとなり、その分の尺で《SOX》のメンバーに関してはキャラクターの掘り下げも進みます(その代わり、それ以外のキャラの出番は少なめですが)。前巻ではすっかり妖怪染みたストーカーとなっていた早乙女先輩はエロ絵に嵌まったため、表向きに発表する「健全な」絵画が描けないというスランプに陥り、綾女は「好きなもの〔=下ネタ〕を否定され続けた」心境を語ります。
何より、前巻では最大のトラブルメーカーだった鬼頭鼓修理(おにがしら こすり)――頭が良く術策の手腕には長けていながら、行動動機は「かっこいいテロがしたい」というだけで、一時は《SOX》を裏切り危機を招いた彼女、助けられた後は綾女に心酔するようになったものの、その分狸吉を邪魔者として嫌がらせをする態度は相変わらず。しかし、そんな彼女にも変化の兆しがありました。
何より、――撫子にも期待されている通り――狸吉にも綾女のパートナーとして成長の機会が待っているのでしょう。

と同時に、世界観のこともあります。
「公序良俗健全育成法」が制定されたのは16年前、つまり主人公たちは生まれた時から性的な情報を遮断されて育った最初の世代です。ですから、こんな制度を作れば問題は山ほど生じてくるはずですが、それは現在進行形で生じているところなのです。
たとえば、今回の舞台である朱門温泉(あけかどおんせん)清麗指定都市内の高級温泉街で、卑猥なものなどないはずですが……

 華城先輩は僕たちをぐっと引き寄せ、たっぷりとためてからひそひそと耳打ちしてきた。
「朱門温泉ではその昔、長さ三メートル、直径五十センチもある木彫りのちんこ神輿を社まで運ぶ競争、通称ちんこ祭りが開催されていたのよ」
 (赤城大空『下ネタという概念が存在しない退屈な世界 3』、小学館、2013、p.74)


実際、性器を象った石の類を神体として祭るのはよくある習俗ですし、このような祭りは決して奇異なものではありません。けれども作中世界では、誰もこの話を信じすらしません。この祭りも、清麗指定都市入りに当たって中止され、隠蔽されたのです。
あるいは観光客は、野生のキツネを見ただけで恐慌に陥ります。

 しかしすぐに僕たちにも合点がいった。彼らが追いかけ回しているのは野性のオスギツネだったのだ。
 股間にぶら下がっているアレが、公序良俗に違反するという大人のご判断だろう。
 (同書、pp.80-81)


伝統行事も自然も遠ざけられる世界。

子作りはどうするのか? その辺の考え方も変わります。

 いまの日本は国が人工授精を暗に勧める制度があったり、《エイチ禁止法》の制定が画策されていたりと、魔法使いや魔女を量産するつもり満々の脳みそメルヘン国家なんだから、処女も童貞も別に恥ずかしいことじゃないんだよっ。
 (同書、p.153)


狸吉視点以外の三人称パートも適宜入り、複数の視点による場面が呼応してキャラクターと世界を掘り下げる様は確実に手腕の成長を感じさせます。

これらの要素と絡んでキーとなる新キャラが、温泉街で再開した狸吉の中学時代の同級生・濡衣ゆとり(ぬれごろも ゆとり)です。
狸吉に分かりやすく好意を持っている彼女ですが、狸吉と仲良くすることはできない立場にありました。

(……)……ゆとりの実家は、酪農を営んでるんです。でもあって僕は奥間善十郎の息子。これでわかるでしょう?」
 そこでようやく事情を察してくれたらしい華城先輩が「ああ、それで」と口を閉じる。
 ただ、鼓修理だけが「えー、ちょっと、鼓修理の明晰な頭脳をもってしても意味がわからないっスけど~」と腹立つ言い回しでつっかかってきたので補足する。
「いわゆる“卑猥な知識”と切り離せない職種の人とその関係者は、不健全な精神生を有していて他人に感染させるに違いない、《公序良俗健全育成法》に反抗心をもってるんじゃないか、って理不尽な扱いを受けることが多いんだよ。必要以上に育成法に賛同している風を装わないと、社会からすぐ排除されちゃうんだ」
 農林水産業系のほかに、医療関係者などもそういった風潮に晒されている。
 医療関係者の場合は昔からのエリートイメージや身近の頼りになる存在として比較的差別も少ないけど、特に畜産業は《公序良俗健全育成法》違反者が強制労働の体で参加することも多いせいで、余計に負のイメージを与えられてしまっている。
 (同書、pp.87-88)


それゆえ、下ネタテロリストの息子と仲良くするわけにはいかない、と。

これはまさしく職業差別、当代の穢多(えた)です(畜産業と食肉加工業の微妙な近さがなおさらそれを感じさせます)。
そして、今までのように極端な形でおかしくなった人ではなく、「ごく一般の、そこら辺に溢れているだろう日常の話」(同書、p.138)に現れる現体制の歪みを知ることが、鼓修理にも変化をもたらします。

ゆとりに関しては、さらに多重のネタが込められています。

「“さりげないボディータッチ”を実践しようとしたら、なんか拒絶されたんだぜ!」
「“おなかさすさす”のどこにさりげなさがあるんっスか……これだからゆとりは……」
 (同書、p.186)


現実では「ゆとり」は「ゆとり教育世代」の短縮語として、「これだからゆとりは」は今や(相手の世代を実際に確認しなくとも)定型句として使われるスラングになっています。

ところで、今巻で冒頭から不穏な動きを見せているのは下ネタテロ組織の支援者にして鼓修理の父親・鬼頭慶介です。
彼はすでに、現体制の歪みがもたらす破局を見越していました。しかし――

「君たちの世代はかわいそうだよねぇ。《公序良俗健全育成法》に歪められた挙げ句に、育成法を放逐するための生贄としてこの先ずーっと“法律のせいで卑猥な欲求にくるった被害者世代”なーんて偏見に祭り上げられる運命なんだからさ」
 (同書、p.231)


「公序良俗健全育成法」を「ゆとり教育」に置き換えても違和感がないこと、もう(ゆとりの名前との合わせ技もあって)よくお分かりでしょう。
しかも――現実の方の例で言いますけれど――、「ゆとり教育はいかなるバカを生み出すか」と吹聴していたのは往々にして、予備校業界・受験業界の関係者だったりしなかったでしょうか。そうして公教育への不信を煽り、自分の予備校や勉強法本を繁盛させるために――
今回はまさにそういう話です。

本作の巧みなのは、現体制を肯定するわけではない、それどころか現体制の歪みが生み出す「被害者」を凄絶な状況を描きながら、その体制を批判するために「被害者」を被差別層として祭り上げることをも同時に批判している点です。
差別されることになる人を救わずして、何が体制批判なのか。


そんな中、《SOX》は真剣であるがゆえに敵ばかり増え、この巻では苦境に追い込まれます。
しかしこれは、前巻で現体制のボスである錦ノ宮祠影が見通していたことでした。

 こんな、自分たちの主張に沿わない組織はすべて潰すというような青くさい主張をしているようでは、たとえそのあり方が望ましくとも、人は寄りつかないだろう。オブラートに包んだ一見、正しいっぽい主張でもしていれば、少しは違っただろうに。やはり、まだ青い。
 (『下ネタという概念が存在しない退屈な世界 2』、2012、p.313)


けれどもこの巻において狸吉は、風紀取り締まり側と一時的に組むという、下ネタテロ組織としては「正しくない」選択を選びました。
大事を成すためには団結が必要です。細部で潰し合っていては、結局権力システムに奉仕することになるでしょう。小異を捨て、清濁併せ呑むことが――そして時には、敵対する者とも手を組むことが必要になるのです。
対する祠影は、政治家としては多分「度量の大きいリーダー」なのでしょう。
《SOX》も今巻で下ネタテロ組織同士の団結を目指したはずが、想像以上に敵が多いことを思い知らされました。
人はいったいどんな相手と、いかにして手を取り合うことができるのか――その答えは作中では未だ出ていません。
その答えを求めることこそ、これから状況を動かすことと一体でしょう。


文章の下ネタもますます冴えています。
まずあらすじからして、

「白いカラスや白いヘビは神聖視されるのに、どうして白いパンツは神聖視されないのかしらね」「……やめろ」


と始まります(これはAMAZON版。裏表紙は少し文面が違います)が、本文はこうです。

「白いカラスやヘビは神聖視されるのに、どうしてザーメンは神聖視されないのかしらね……」
 ラーメン喰ってるときにザーメンの話をするな。
 (p.19)


本の外側に書けることと書けないことの境を感じさせます。
イメージ、言葉遊び、パロディ等々がことごとく下ネタに結び付いているのはもう見事の一言。「二次関数の接点はパイズリ」(p.40)という発想はありませんでした。
巻が進むにつれて主人公も侵食されているのか、前巻から地の文もどんどん下ネタが増えていますし…。

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少なからぬ論者が指摘するように、駄洒落というのはまったく意味に関わりのない、言葉の表面的な形だけの結び付きです。 だから笑いのネタとしてはつまらないものとされます。 実
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愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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