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教育に「上がり」はない――『暗殺教室 4』

特に品切れの本をAMAZONマーケットプレイスで注文すると、思ったのと少し違うものが届くこともあります。
まさにAMAZONというだけあって、言葉のよく通じない原住民と交換している気分になりますね。
しかも、著作権の切れた本ならば無料公開されていることもあるので、まずGoogleブック辺りを探せば良かったと後で気付いたり……

学術振興会の特別研究員申請書類を提出してきました。
訂正する羽目になった箇所もありましたが、さらに出した時には何も言われなかったことに後で(同じ申請書類を出している他の人に聞いて)気付き、午前中に出したものを夕方になって直しに行ったり……お陰で本日唯一の授業に遅刻しますし(5分ほど)。

が、このため1日中大学にいて、寝ていることもなかった結果、フランス語の本を30ページくらい一気に読みました。このペースなら370ページを読了するのに2週間かからないはずなのですが、読み始めたのはおそらく3ヶ月くらい前だったのがようやく読み終わったところ……何をやっていたのでしょう。まあ、他の文献を当たる必要もありましたからね。

 ~~~

安西信一先生の『ももクロの美学』、特に第3章は「フラガール的想像力」なるものを論じています。
『フラガール』は、昭和40年代の閉山した炭鉱街を少女たちがフラダンスで救おうとする映画であり、「青春ガールズムービー」(主役が少女ばかりとは限らないので、「厳密な呼称ではない」と注記していますが)の代表作の一つとのこと。
そして、それらの映画の“身体的パフォーマンスとそれが引き起こす身体的共感を強調する”“目標達成よりも、少女たちの成長や戦いの過程そのものを重視する”といった点が、ももクロと共通している、というのです。

むろん地区予選での優勝は、重要な目標ではある。全国大会への出場を示唆する映画も少なくない。実在の「初動パフォーマンス甲子園」「俳句甲子園」に基づく『書道ガールズ』『恋は五・七・五!』など、ある種の全国大会を描いているといってもよい、オリンピックに出場したカーリング・チームの実話に基づく『シムソンズ』では、全国大会さえ超える物語が示唆される。しかし物語は、つねに決勝直前、決戦直前で終わってしまう。
 恋愛も同様である。「青春ガールズムービー」であるからには、恋愛は当然重要な話題をなす。しかしそれは結局、成就しない場合が多い。要するにこれらの映画において、優勝や恋愛は、ヒッチコックのいう「マクガフィン」(登場人物の動機づけとなるが最終的には重要でない仕掛け)の位置へと後退してしまうのである。
 宇野氏がいうように、これらの映画で重要なのは、あくまで成長や戦いの過程そのもの、そしてそれがもたらす連帯感、充実感である。優勝や恋愛といった最終的な目標は、過程を展開するための口実であり、究極的にはあってもなくてもよい。他者の打倒も副次的な意味しかもたない。あくまで自己自身との戦いが中心主題なのである。
 (……)
 そして注目すべきことは、少なからぬファンが、ももクロは紅白に出てほしくないというおもいを漏らしていたことである。さすがに2012年、ももクロの紅白出場が確定的になり、巨大な国民的現象となって以降、そうした意見は聞かれなくなった。が、たとえばももクロの戦友ともいうべき前山田氏でさえ、2011年6月の時点では、「『紅白』が上がりになってしま」うから出場しないほうがよいと語っていた。ももクロの魅力のひとつが、結果ではなく、あくまで成長と戦いの過程そのものにあることの端的な証左といえよう。
 (安西信一『ももクロの美学 〈わけのわからなさ〉の秘密』、廣斉堂、2013、pp.131-133)




ただし、私が今回扱いたいのはももクロでもなければ、青春ガールズムービーでもありません。
ここまでは例によって長い前置き、「目標」「過程」の話です。
そしてここからは漫画『暗殺教室』の最新4巻の話です。

暗殺教室 4 (ジャンプコミックス)暗殺教室 4 (ジャンプコミックス)
(2013/05/02)
松井 優征

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 (前巻についての記事

『暗殺教室』のE組の生徒たちには、明確な目標が設定されています。
まずは殺せんせーの暗殺です。
そしてもう一つ、成績で学年上位に入った上で元のクラス担任が認めれば、差別待遇を受けているE組から元のクラス(A~D組)に復帰することができるのです。
この「勉学の成果を挙げてE組脱却」は普通なら立派な目標たり得ます。もっとも、「元のクラス担任が認めれば」という条件の問題がありますし、今やE組は実に良いクラスになっているので、生徒たち自身が希望しない可能性は高いでしょうが、少なくとも、いずれかの目標が達成された――つまり殺せんせーが殺されるか、E組の主要な生徒たちがE組を離れた暁には物語が終わらざるを得ないのは間違いありません。

しかし本来、教育に「これで終わり」はありません。
ある成果(たとえば受験合格のような)を目標にしてしまうと、その後で「燃え尽き症候群」に陥る恐れもあります。

ここでポイントなのは、『暗殺教室』の場合、二つの目標が対立することです。E組の生徒として近くにいればこそ殺せんせーの暗殺を狙えるのですし、他方で勉学し成績を伸ばす上では「良い教師」としての殺せんせーは必要なのです。
そもそも、いずれかの目標が達成されれば「終わらざるを得ない」としても、一方だけで終わらせてしまうのは物語として片手落ちです。
かくして、本作はそう簡単に「目標達成でハッピーエンド」とはできないのです。

さて、本作のストーリーは大きく分ければ、殺せんせーが先生として生徒たちの問題を解決するエピソードと、学外から殺せんせーを狙う暗殺者が送り込まれてくる話の二種類です(それに加えて、烏丸先生やビッチ先生といった先生たちにスポットが当たるエピソードもあります。この4巻も最初はまずビッチ先生がメインです)。前者に関してはさらに、生徒たちが先生の暗殺を狙い、狙ってくる生徒を先生が「手入れ」するエピソードもありますが、修学旅行のように学外の相手とのトラブルもあり、何よりも多いのはA~D組および椚ヶ丘学園の理事長との敵対を描いたエピソードです。
理事長の初登場した2巻では中間テストで上位入りを目指すという形で学園のシステムおよびA~D組に「挑んだ」のですが、理事長の手段を選ばないやり口の前に敗れました。対して、3巻で嫌な連中に「仕返し」するエピソードは見事に成功しました。そして4巻では球技大会での勝負となり、ふたたび敵側に理事長が出てきたところで引きとなっています。
つまり、学園内において教師としては殺せんせーも無敵ではなく、理事長に敗れていますが、他のクラスに対する意趣返しはすでに一度成功しているのも事実です。しかしそれはそれだけのエピソードであり、そんなことで満足しているわけにはいきません。
それゆえ今回も、「勝っても負けても、これで満足して終わりとはならない」という空気が出ています。

また、この4巻では殺せんせーの弟を名乗る刺客・イトナが登場、殺せんせーが初めてのピンチに追い込まれると同時に、彼の素性についても少しだけ触れられます。
そして、直前に先生が手の届かない圧倒的な存在であることを実感していた渚たちは、先生が追い詰められるのを見て「自分の手で殺したい」という思いを強めます。

先生の存在が生徒たちにとって大きくなるほど、他の刺客に横取りされたくない、自分で仕留めたいと思うのですが、しかしそこで本当に殺すことに成功してしまえば、結果は悲しい別れです。

いずれの目標も容易でないと同時に、達成したところで「めでたしめでたし」とは出来ない仕組み、なかなかよく練られています。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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