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レジスタンスとペンの力――『人生 第5章』

今回取り上げるライトノベルは『人生』の5巻です。

人生 第5章 (ガガガ文庫)人生 第5章 (ガガガ文庫)
(2013/05/17)
川岸 殴魚

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 (前巻の記事

学校新聞の人生相談コーナーに寄せられた相談に答える中で脱線したり別の目的のために動いていたりしつつ、最期にはそれらしい答えをまとめる、という基本構成は変わらず。前巻の途中から四人目となる芸術系相談員・絵美が加入したという変化はありましたが。その絵美が今巻の表紙です。
この巻では相談に答えるに当たっては「うまく説明できない」と言って言葉に悩んでいる印象の強かった彼女ですが、その奇行も含めて第二新聞部にそれなりに馴染んでいる風です。

たとえば、親友を作るにはどうしたらいいかという相談に対して、「大切なものを分け合うの。……ゴッホとゴーギャンの関係を参考にするとおすすめは耳なの」と答えて――

 絵美は僕の実門に答えることはなかった。
 無言で立ち上がると、なにやら自分のカバンを引っかき回しはじめる。
 どうやら、粘土を取り出したようだが……。
 ひと言の説明もなく、一心不乱に粘土と格闘し始める。
 どうやら、人間の耳を作っているようだ。回答のゴッホとゴーギャンのエピソードを粘土細工で表現しようとしているのだろうか……。
 絵美は絵画だけでなく、造形でもすばらしい腕を持っていた。みるみる粘土がリアルな耳の形への変貌を遂げていく。
「この耳を……」
 絵美はそれだけ言うと、できあがった耳を隣に座っていたいくみに渡す。
「ありがとう……じゃあお返しに」
 いくみはうまい棒を絵美に渡す。
「それなら……」
 絵美は先ほど渡した耳を取り戻すと、うまい棒をそっとくるむ。
「ほほう……」
 うまい棒にへばりつく耳の形の粘土……それを見て満足げにうなずく絵美。
「……このほうがポップなの」
「ただ変人ふたりが会話しているだけではないですかっ!」
 なぜか絵美は誇らしげだが、まったくふみには伝わっていない。僕もさすがに、これがポップな親友のつくり方だと言われても納得できない。
 (川岸殴魚『人生 第5章』、小学館、2013、pp.52-53)


しかしストーリー上は――これまでも1巻以外は多かれ少なかれ、1冊を貫く話の要素があったのですが――、前巻で出てきたた生徒会長・白河香織との対決という要素が大きくなり、そのために人生相談に答える以外のことをやっている場面の比率が増えています。
その対決の舞台が高校のミスコンで、不正を暴くと彩香は息巻いているわけですが……

この作者の作品ではだいたいそうですが、悪役といっても悪としての魅力などというものからは程遠く、やることがセコいのです。
前作『邪神大沼』の6巻辺りではレギュラーの露都と姉小路が私利私欲のために暴走を尽くす小悪党に成り下がり、しかもその被害が主人公の大沼に集中していたことがありましたが、そのセコさは同類です。

ただ、『人生』の場合、主人公の赤松は直接に被害を被る立場ではありません。彩香が第二新聞部を立ち上げたのもお悩み相談コーナーを開設したのも香織との対決のためだった、ということ自体、前巻になって今更にように聞かされました。だから、彼は生徒会との対決に関しては距離感があって、彩香の意図はどうあれ「僕のお悩み相談コーナーだ」という意識をはっきりと持っていました。
実際、彼の視点で物語を読んでいる読者にとっても、香織のやることが――生徒会の予算から出ている賞金を不正でせしめるとか――ろくでもないのは間違いないのですが、対決しなければならない動機は今ひとつ弱いのではないでしょうか。
最後では第二新聞部そのものの存続を賭けての勝負という、赤松たちにとっても重要な戦いになりますが、つまるところ動く理由と言えば「女の子たちの前でいい格好をしたいから」「この場所を維持したいから」という程度である(しかも指摘されれば、それを認める)彼は等身大で率直で、そんな飾らないところが彼のいいところなのではないでしょうか。

こうして考えると、むしろ重要なのは、ラストで彩香も(力不足を悟ったこともあり)「正面から香織の不正を暴いて潰す」という姿勢を考え直していることです。

「引き下がるわけじゃないよ。ただ、生徒会長を引きずり下ろすんじゃなくて、ほかの方法はないかなって考えてるの。このお悩み相談コーナーをもっと発展させて……生徒会じゃない生徒のための組織に……」
 (同書、p.253)


元々、お悩み相談コーナーというもの自体、上を引きずり下ろすのではなく、下から皆を助けるためのものであるはずです。
そのお陰で、今巻の終盤では過去の相談者の一部が再登場して、第二新聞部に協力・応援してくれるという場面も見られたのです。
それに、権力者を失脚させても、その後のことを考えていなければ、事態が改善する保証もありません。

ペンの力とは、相手を切るだけではないのです。

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