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距離の取り方

届くまで現物を見られない通信販売で物を買うと、たまに思いがけないものを手に入れてしまいます。
単に思ったよりも状態が悪いとかいうのなら、大したことはありませんし、「不良品」はつねに存在することを考えれば珍しい話でもありません。落丁本を摑まされるのも、それと明記しないで出品する相手には問題を感じますが(もっとも、気付かなかったのかも知れません)、それだけです。あるいは上下巻セット販売のものを買ったはずが上巻しか手に入らないといったケースもありますが、意外とまでは言えません(そもそも、本の話ばかりですが)。

ところが今回、表紙と中身が違う本が出現しました。
Aという本を注文し、表紙も確かにAなのですが、中身はB。実はBはもう持っているのですが、まったく同じです。

……これが本当にイレギュラーな事態なのかどうか確認するため、図書館でAの現物を確認してみましょう……と思いましたが、タイミングの悪いことに明日か週末でした。大学図書館は土日には締まっていることも多いですし、そうでなくても休日に、他に用もないのに大学に行くのは面倒ですから。

 ~~~

話は変わって、先日も触れた『聖書考古学』から引用します。

「学術的」とは別の言葉で言えば、「批判的」とも言えるだろう。信仰を持っている人間が聖書に「批判的」になれるのだろうか、といぶかる読者もいるかもしれない。しかし、「批判的」に聖書を研究するのと、「否定的」に聖書を扱うことは根本的に異なる。人が「批判的」に聖書を読む、とは「聖書は無謬である」とか「神からの言葉である」という先入観を取り払って読む、ということである。
 こうした聖書の読み方はヨーロッパで啓蒙思想の風が巻き起こった一七世紀以来発展し、やがて「聖書学」と呼ばれるようになった。今日、少なからぬ聖書学者は同時にクリスチャンやユダヤ教徒であり、中には牧師など、教会において指導的立場にある人も少なくない。しかし彼らの多くも聖書を「批判的」に研究の対象としている。こうした学者たちは「妄信的」に聖書を読むことから離れ、批判的に聖書を読み、聖書とそれを書いた人間に関する洞察を深めるとともに、それによって得られる聖書に対する理解と自分の信仰を両立させているのである。
 (長谷川修一『聖書考古学』、中央公論社、2013、p.61)


 この分野〔=批判的な聖書学〕の研究は今日でも盛んで、聖書学の要の一つとなっている。一方でこうした研究に携わる研究者の中には、実際に過去に何が起こったのか、という点にあまり関心を示さない人々も少なくない。つまり、聖書の文学的研究それ自体が目的化しており、そこから歴史の再構成をしようとは考えない、ということだ。
 (……)
 またこうした慎重な立場は、かつて聖書記述を十分な史料批判を経ぬまま歴史資料として用いてきた過去への反動として生まれてきたものでもある。聖書の記述を無批判に史料として用いて書かれた族長時代の歴史や土地取得時代の歴史は、今や大筋で否定されていることはこれまで見てきた通りである(残念ながら、いまだに日本の歴史教科書の中には、モーセの出エジプトを史実として、具体的な年代とともに記述をしているものがある)。
 (同書、pp.212-213)


日本人にはキリスト教に対して独特の偏見があって、「キリスト教信仰を持っている人は距離を取って、客観的な視点からキリスト教について語ることができないんじゃないか」と考える人がいます。
しかし、そこで「キリスト教信仰を持っていない人」がたんに「キリスト教に疎遠な人」すなわち「よく分かっていない人」と取り違えられ、「よく分かっていない人による解説」が人気を博してしまうという奇妙な事態が時として見られます。

キリスト教圏では、聖書の記述がどこまで史実であり、どこが史実としては否定されるか、実証的な研究が非常に進んでいます。
他方で日本の高校の歴史や倫理の教科書では、「モーセの出エジプトを史実として」いたり、「イエスの生涯と事跡は新約聖書に書かれている」と述べていたりする記述が未だにまかり通っています。
聖書から距離を取ることができていないのはどちらでしょうか。

それが物であれば、「何だか得たいの知れない物体」から距離を取ることはできます。
しかし知識の場合、「よく分かっていない事柄」はそもそも「どこにあるか分からない、近くにあっても気付かない」のです。
そんなものからは「距離を取る」こともできません。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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