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知は人間存在を変えるか――『know』

今回取り上げる小説はこちらです。

know (ハヤカワ文庫 JA ノ 4-1)know (ハヤカワ文庫 JA ノ 4-1)
(2013/07/24)
野崎まど

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作者の野﨑まど氏はメディアワークス文庫でデビュー、7冊の作品を刊行している他、『電撃文庫MAGAZINE』で連載している短編シリーズ『野﨑まど劇場』も電撃文庫で単行本化されています。
今回はハヤカワ文庫からの新作となりました。

ライトノベル出身者の一般文芸移行は今では珍しいことではなく、ハヤカワというのも先例はいくつかありますが、やはりハヤカワ文庫ならば未来SFというのが王道なのでしょうか。本作の舞台も2080年代です。
非ライトノベルのレーベルを意識してか、コミカルな場面は少なめで、冒頭からベッドシーンを持ってきたりもしています。

本作の世界では、ほとんどの建築物にモニターと通信網の役割を果たす「情報材」が使用されると同時に、人間の脳には膨大な情報処理を可能にする「電子葉」が埋め込まれています。いわば、いつでも脳から直接インターネットに接続できるような世界です。
今聞かれたことを調べることも簡単にできますし、今誰それがどこを歩いている、といった情報もリアルタイムで取得されていて、調べれば知ることができます。

 だから今四十歳くらいの、二十歳以降に電子葉を備えた人は「今調べたけど」などと枕を付けて話すことが多い。逆にさっきの修学旅行生のように幼少の頃から電子葉に慣れ親しんだ世代は、ネットで調べられることは全て「知っている」と言う。ネットで調べられないことだけを「知らない」と言う。大人はそんな子供の態度が生意気だと感じ、子供は大人の話は回りくどいと言う。真ん中の僕はやれやれと思う。
 だってどちらも、少なくとも内閣府情報庁官房付審議官の僕に比べたらそれほど物知りではない。
 (野﨑まど『know』、早川書房、2013、p.24)


そんなわけで、タイトルはそのまま「知る」ことであり、これが主題でもあるのですが、同時におそらく「脳」とのダブルミーニングにもなっているのでしょう。

本作の主人公、御野・連レルは上の引用の通り、情報庁官房付審議官という高度情報社会におけるエリートです。そんな彼の人生を決定したのは、中学生の時にワークショップで京都大学(※)を訪れた時に、情報材や電子葉のシステムを作り上げて世界を変えた天才、道尾・常イチと出会ったことでした。
※ 本作の舞台は全て京都です。京都の風景は――文化財級の古い建物はもちろん、交通手段なども――現代とあまり変わっていないようです。
しかし、道尾・常イチはこの時に連レルと6日間話をした後、姿を消していました。

が、現在28歳になった連レルは常イチの残した「暗号」に気付き、追い駆けます。
そして再会した常イチに導かれて連レルが出会ったのは、「世界の全ての情報に手が届く」(同書、p.133)能力を備えた少女、道尾・知ルでした。

圧倒的な「天才」の描写、とりわけ人智を超えた存在をも作り出しコントロールしてしまう常イチは、、たしかに同作者の過去作品における最原最早にも通じるものがありますが、ストーリーの構造が大きく異なるのはもちろんのこと、イメージ不可能な描写がなく、ハードSF的な背景設定を作りこんでいるのが今回の大きな特徴でしょう。
とは言え、物語が「ハード」な領域を大きく超えていくことは、常イチと知ルが目指すのが「全知」という途方もない領域であることからも分かる通り。
全ての人間にとって絶対的な未来である「死」から宗教的・神話的なモチーフをも取り込み、思いもかけないラストに向かう展開は圧巻です。
究極の知の目標、それは――


今回はこれ以上のネタバレは避けておいて、別の角度から話をしてみましょうか。

まず、『know』の作中世界には圧倒的な情報格差が存在します。
連レルのような情報エリートの地位にある人間は多くの情報を取得できる一方、自分の個人情報はほとんど公開する必要がありません。逆に最下層の人間はほとんどの情報が得られず、プライベートまであらゆる情報にアクセスされてしまいます。

こうした情報格差は、常イチが理想としていた「自由」な「オープンソース」に反するのではないか、と連レルは悩みます。
中学生の連レルに、常イチはこう言ったのでした。

「ネットを脳と同じにするのは、たった一つの条件をクリアするだけでいい」
 先生は言った。
「“自由”であることだよ」
「自由……ですか?」
「あらゆる情報が、軽重なく、貴賎なく、別け隔てなく、どこにでも流れられる状態が必要なんだ。そうすれば活動状態は自然に脳と同じになる。なぜなら人の脳は自由だからだ」
 (……)
「大切なのはただ一つ」
 先生は僕に微笑んだ。
「開示情報(オープンソース)であることだ」
 (同書、pp.51-52)


この点に関して常イチは、現段階での格差はそれほど重大な問題ではないと考えているようなのですが、それについての詳しい説明は必ずしも与えられていなかったように思われます。
ただ、ほとんどの個人情報が保護されず公開されるのが、ある種の「オープンソース」であることは明言されています(もちろん、一方では情報を得られず公開するばかり、他方では逆という非対称性は、情報が「どこにでも流れられる状態」からは程遠いのですが)。
しかし、その結果はどうなるのか。

 しかしクラス0の情報は保護されない。プライベートは垂れ流され、誰でも簡単にアクセス可能な状態に晒される。その気になればあの子供達は、簡単に集落の女の子の裸の映像すら入手できるだろう。クラス0とはそういうことだ。知られたくない秘密も、性的な情報も、全てが無差別に公開される。
 オープンソース(丸裸)
 (……)
 (……)あの子たちにとっては本当に些細な悪戯で、そもそもクラスメイトの女子の裸にそんなに興奮するわけでもないのだろう。
 なぜなら相手はクラス0だからだ。
 その体の情報は隠されていないから
 きっと彼らも他の女の子には興奮するはずだ。同じクラス2の、きちんと守られた身体情報には反応を見せるはずだ。だけれど一切隠されていなければ、それは全裸で歩き回っているのと同じなのだ。だから価値がない。そういう価値観が普通なのだ。
 (同書、pp.59-60)


本当に個人がすっかり「オープン」な情報網の一部へと解消されてしまうのであれば、もはやそこには個人はないも同然です。
個のないところ、一体誰の「自由」なのでしょうか。
情報だけが自由に行き来し、自由な「人」はいないのでしょうか。

ただし本作は(おそらく)ディストピア小説ではありません。
そうした情報化の恐ろしさや良し悪しが描かれているわけではないのです。
その上で、それが人間のあり方に対していかなる意味を持つか、問題はそこです。

繰り返しますが、この点に関する応えは必ずしも作中に明示されてはいません。ただ、話がそう単純でないことは確かです。
ヒントは、常イチがメゾ回路について講ずる場面にあります。

「メゾ回路はニューロンで作られる回路の名称で、この回路一つが脳の情報処理機構の単位になっている。神経細胞レベルのミクロな機構と、葉や脳全体のマクロな機構の中間、それがメゾ回路だ。メゾ、はまさに“中間”を意味する言葉だからな。脳は成長とともにメゾ回路を構築し、またメゾ回路の自己書き換えを繰り返しながら生きている」
 (……)
「一個のメゾ回路は他のメゾ回路の一部であり、大きなメゾ回路の中には小さなメゾ回路が幾つも存在する。重なりあい、絡み合い、機能的に連携し合いながら、全ての回路が多点並行的に活動し続けている。今書いた二次元模式図でさえこの複雑さだが、脳は三次元的に構築されるので複雑さは幾何級数的に増していく。脳は、多分君のイメージよりも多くの情報を蓄えているよ。さらにそれが経時的に変化し続けているんだ。御野君、想像できるか」
 (同書、pp.119-121)


大きな回路の一部になろうと、小さな回路は小さな回路で成立しています。
これが個人とネットワークとの関係にも対応しているとすると、いくら「オープン」になっても個は存立する、とも言えるでしょう。ですが言い換えると、そもそも個は一つの個としてまとまっている限りで「閉じて」おり、「オープン」にできない部分がある、とも言えないでしょうか(これに関しては、現実にもオートポイエーシスといった理論が存在します。)。
そしてこのことは、たとえ人の心まで「情報」として読み取れるようになろうと人は他者を求める、という一事により、『know』の作中でも明瞭に描かれているように思われます。

そう考えると、本作のエピローグは両義的です。
そこにあるのは、我々からは想像もつかない知を手に入れた人間たちの世界です。知のあり方が根本的に変わり、個の存在も、生きることの意味も変化した世界。
しかし他方で、それでも人はさほど変わらない日常を営んでいる――そうも見えるのです。

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テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

No title

あ、お久しぶりです。
お越しいただきありがとうございました!
私としてもこちらに来たかったのですが、何せリンクが無くて・・・
てことで、リンクに入れさせてもらっても良いですか?←
素晴らしい文章だなー、といつも感じて読んでましたので。

Re: No title

ご愛読ありがとうございます。
リンクはもちろんOKですよ。

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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