オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
被り物の正義――『デスニードラウンド ラウンド2』
![]() | デスニードラウンド ラウンド2 (オーバーラップ文庫) (2013/08/22) アサウラ 商品詳細を見る |
(前巻の記事)
オーバーラップ文庫は普通に早売りがあるようで、本来の発売日は25日だったような気もしますが…
例によって店舗により購入特典が付くのですが、私はとらのあなにて。
ここだと以下のようなペーパー(イラストレーター・赤井てら氏書き下ろしの4コマ漫画および、特別書き下ろしSS「これぞユリの華麗なる食卓!? 『エクストラヴァガント・ディナー』」――裏面――)と、


さらに番外編「イン・トレイン」の小冊子↓(二つ折りなので表紙を除いて3ページ)が付きます。

さて、今回の敵は表紙を見ればお分かりの通り、警視庁のマスコットキャラクター「P君」です。
企業名と違って「警視庁」には名前のもじりもありません。堂々と帯にも書いてあります。

(カラー口絵より)
この口絵を見ても、戦う少女の魅力や、いつも笑っているマスコットキャラクターが迫ってくる恐ろしさは伝わってきますが、なぜこうなっているのかはさっぱり分かりません。でも本当にこういう話です。
(カバー折り返しのコメントやあとがきを読んでも、作者とイラストレーターの息が大変よく合っているのがまた素晴らしいところ)
この巻のストーリーは台湾からやって来たスナイパーの少女・林美鳳(リン メイフォン)とユリが出会うところから始まります。
が、事件を持ち込むのは1巻でも登場していた学校の先輩・宇佐美玲奈(うさみ れいな)であり、一応それと美鳳のこととは独立しています。
宇佐美がP君に襲われ、ユリに「ユリ……お願い、助けて。あ、あたし、殺される」(p.76)と電話してくるのです。怪しい電話ですが、別に罠ではありません。相手が警視庁のマスコットなので警察がグルかも知れないと思い警察には連絡できなかったとか、ユリがつい仕事での活躍を誇張して吹聴してしまっていたといった理由もちゃんと付いています。
しかし、ユリの所属する松倉達のチームは今までも非合法な仕事をしていましたが、それは警察に根回しをした上でのこと。警察を正面から敵に回すわけにはいかず、しかもこれは仕事ではない(戦えばコストがかかるにもかかわらず)ということで、松倉達は動きません。ユリは単身、先輩を助けるため戦いに臨むことになります。
ユリや宇佐美と仲良くなっていた美鳳も、友達として助けに向かうことに。
そして、今回も敵はSF的な設定のある怪物で、ちょっとやそっと銃で撃っても倒せません。
とは言え1巻のロナウダほどではなく(ロナウダは元々超能力者という特殊な素材で、他に何人も作れるようなものではないという設定でしたから、まあ当然でしょう)、ユリが単身活躍する機会となるわけです。
1巻では最後までそれほど戦力にならない一兵卒だったものの、終盤で覚悟を決めたユリ。といっても急に強くなれるものではなく、この2巻の中でさらに成長するというより、1巻で覚悟を決めたその成果を今回発揮したという感じです。
もちろんさすがに――美鳳と二人がかりでも――怪物を倒すには至らず、最後に松倉達の活躍もあります。「不死身の部隊」と恐れられた松倉チームの本領が見られます。
ところで、上の何だかよく分からない口絵に戻ると、P君の台詞「それが正義なのかい?」は存外重要です。
本作のテーマは「マスコットキャラクターに象徴される楽しいファンタジーの裏には、過酷な現実がある」ということであり、それがマスコットが恐ろしい敵として襲ってくるというブラックジョークによって表現されています。
そう、今回の話で外見を飾る虚飾は「正義」です。
法律では裁けない悪を断罪する、と称して残虐な殺人を行うP君(の中の人)の本音には私怨と自己欺瞞があります。
おそらく彼は、そんな自分を糊塗するために正義の遂行者たる警察のマスコットの皮を被っているのでしょう。色々と(おぞましい)設定はあって、P君スーツ着用時には本当に乗っ取られて人格まで変わっていることが描かれているのですが、それはつまり、彼がいかにして自分を正義だと思い込もうとしているかの表れのように思われるのです。
それに対してユリは、たとえ正義でなくとも「友達」を助けるため戦うことを選びます。
1巻の敵・ロナウダは決して悪人ではなく、他方でそれを殺すために松倉達は手段を選びませんでした。客観的に見れば、松倉の方が悪でしょう。けれども、味方の非道さにショックを受けつつも、いざ自分に危機が迫ればユリは生きるために足掻き、戦うことを決意しました。
今巻はまさしくその延長上です。
なお、タイトルにある「デスニードラウンド」(テーマパークの名前)はここまで、ストーリーにそれほど関わってはいません。
ただ1巻では、作中世界において「埋立地」が口にも出すのも許されないタブーであることが言及されていました。
そして今巻では、ロナウダやP君のような怪物の存在の背景にデスニードラウンドが関わっていることが仄めかされます。
「八七年に初代P君がロールアウトされたということは、製造自体はさらに過去に遡る。最低でもP太からP君の体型にするまで四年はかかる。……つまり八〇年代初頭に製造されたと予想出来るわけだが……その頃、東京近郊にける大きな出来事があったはずだ」
『その頃で、しかも米国と東京が関係することとなると……まさか、八三年か!?』
(アサウラ『デスニードラウンド ラウンド2』、オーバーラップ、2013、pp.229-230)
千葉の某テーマパークの開園('83年)と警視庁マスコットの導入('87年)の時期を結び付けてくるとは、強引ながら感心してしまいました。
そして、虚飾の下に隠された現実というテーマと合わせて考える時、もっとも隠蔽すべき現実が件のテーマパークにあるのはもはや間違いなさそうです。
そして今後のストーリーで、都合の悪い現実の隠蔽を巡る戦いがありそうなことも想像できます。
ついでに、そのテーマパークと同じ'83年生まれの私としては、その時に日本の大きな転機があったなんて、実に期待したくなる話です。
ただ、最後に帯の折り返しを見ると「ついに始まる夢の国でのサバイバルゲーム!!」と。
上記のようなわけで「夢の国」編は最終章になりそうな気がするのですが、それほど長くは続かないのでしょうか。
【追記】
タイトルがこれで1巻の敵が敵だっただけに、何となく敵は外資系企業だと思い込んでいたこともあって、警視庁のマスコットというのは意外でした。
あとがきを見ると、当初の2巻のプランは「漠然と某企業に法的措置を執られる気配を感じた」(同書、p.316)ようなものだったのが、打ち合わせのノリで現在の内容に変更されたとか。妙に納得してしまった次第です。
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