オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
暴力的解決からの卒業へ向けて――『サイコメ 3 殺人希と期末死験』
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(1,2巻の記事)
前々から引きはありましたが、今回はいよいよ京輔の妹・綾花が転入生としてプルガトリウム更正学院に入学してきます(今まで明言されていませんでしたが、殺人犯として有罪判決を受けたところで送り込まれる施設という性質上、同学年でも年齢の開きはあるようです。だから2年年下の妹が同じクラスに入っても問題はなし)。
しかし、兄に会うため、同じところに行くために殺人を犯そうとするような妹です。まともではありません。
(さすがに殺してしまうという結果は重すぎるためか、銃の不発により未遂ということですが。未遂でも本来殺人者だけを集めるはずのプルガトリウム更正学院に送り込まれたのは、この学院の特殊な実態と関わっています)
というわけで、今回はもっぱら綾花と他のヒロイン達の確執を巡るラブコメです。
とりわけ、煉子は「京輔には“アヤカ”という想い人がいるがゆえにフラれた」と思っていただけに、「アヤカ」が妹と知って豹変、一時期は激しい嫉妬も見せます。
ただそれでも、妹への気持ちは家族愛だという京輔の言葉を受け、煉子は割と早めにいつもの明るいペースに戻ります。
やはり問題は、美少女に囲まれている兄を目にした綾花の方です。
兄に会うために人を殺そうと決断し、周りが殺人犯ばかりの施設に望んで赴く時点で、彼女は人の命を何とも思わないという歪みを抱えています。要するに、兄以外の人間はどうでもいいのです。
しかし、兄は長く一緒に普通の日常生活を送ってきたがゆえに、――自分のために妹が殺人まで犯そうとしたことに責任は感じつつも――なかなかその実態に気付きません。
他方で妹は、まさに二人だけの世界に生きているがゆえに、兄が自分と同じ二人だけの世界に生きているのではないということを理解しません。
そうしたズレは、当然炸裂します。
何だかんだで最後はラブコメらしく和解を見ますが、病み加減は今まで一番。
また、そんな中で煉子が見せたさらなる変化も印象的です。
それが、次巻で煉子の「生みの親」が登場するらしき引きにも繋がります。
なお、タイトルの「期末死験」は、成績上位者には仮釈放が認められるという話だったのですが、綾花が入学してきてしまった時点で「綾花に会いに行く」という目標がなくなったせいか、ストーリーの主題からは外れます。ヒロイン達は仮釈放でデート等を夢見ており、皆で勉強会というイベントはあるものの。
とは言え、試験の実施そのものもその結果も一切描写がないのは気になりますが……あるいはその辺はまだなのか。
ただ、今巻はエピローグの章タイトルが「復習」、最後の引きが「追試」と試験にかこつけたものになっていて、これが試験の終了を思わせるものであるのが、若干混乱を招くところです。
ついでに余談ながら、人肉食というのは強いタブーであって、それを描いた漫画のエピソードが消えたとかいう類の話もしばしばあります。
今のライトノベルでは、描いても問題にはなっていないようですが…
本作にも食人趣味の美少女・安藤千尋が登場します。今のところ出番のあまり多くないサブキャラに留まっているというのもありますが、あまりその重さを感じさせない辺りが雰囲気を物語っている気もしますが……
やはり、物理的に噛み付きはするものの基本的に人懐っこいいい子だというのもあります。生きたまま噛み付かれるのは、武器で狙われるのは実害は少ないわけで。
といった余談を差し挟みつつ、以下は一応、既刊を含めたネタバレに関わる部分です。
1巻終盤で明かされる真相――それは「プルガトリウム更正学院」が実は普通の意味で殺人を犯した少年少女を「更正」させる施設ではなく、殺し屋を養成する施設だったということです。
(警察に逮捕されて裁判を受けた少年少女がここに送られてくるということは、司法と殺し屋業界の癒着なしでは不可能だと思われますが、まあこの点の詮索はよしましょう)
だから、卒業してもその先は裏社会であり、一般社会に復帰はできません。
そして京輔がここに入学することになったのも、殺人こそ犯していないながら、並外れた身体能力に目を付けられてのことでした。
綾花の入学も同様に差し金あってのことです。
それでも京輔は、卒業まで殺されず、また誰も殺さなければ一般社会に復帰させてやる、という約束を得ます。
今まで京輔は腕力にものを言わせて力づくで敵を退け、自分と妹を守ってきました。しかしここでは状況が変わります。命を狙ってくる相手を殺さずに退けるというのは大変なことです。その場は片付いても、相手が諦めるとは限りません。
今回はさらに大きな転機がありました。
京輔は以前、腕づくで綾花をいじめから救いました。そんな乱暴で怖い兄がいるとなれば、周りの人はますます綾花を避けるようになりますが、それでも綾花には救いとなりました。
しかし、それは綾花が兄ばかりに依存し執着する原因にもなったのでしょう。
京輔自身、薄々わかり始めていたことだ。
かつて京輔が綾花をいじめから救い出した手段はあまりにも強引で、それが綾花の世界を狭めてしまったこと。限られた関係は異常な執着心をはぐくみ、その強過ぎる愛情が綾花の倫理を歪めてしまっていたこと。
(水城水城『サイコメ 3 殺人希と期末死験』、エンターブレイン、2013、p.295)
暴力で敵を退けてきたことは、兄妹の間にも歪みをもたらし、また京輔が裏社会にまで目を付けられる原因にもなりました。
そう考えると、本作のバトルがしばしば今ひとつ煮え切らないちうか、少なくとも「相手を倒して締め」という形にならないのも、こうした主題と呼応しているようにも思われます。
もう強引なやり方だけでは片付かない。
これは暴力を卒業する物語です。
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殺し屋にも人並みの情――『サイコメ 4 殺人忌と裏盆会を』
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