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ディストピアのスーパーヒーロー大戦――『エクゾスカル零』

本日の『獣電戦隊キョウリュウジャー』で、ストーリーはさておいて、ある意味で画期的なネタがありました。
武器であり変身アイテムであるガブリボルバーを拘束され、変身を封じられたキョウリュウジャーですが、イアンが「ウッチー〔空蝉丸〕にはまだとっておきの変身がある」と言い出します。
もちろん出任せですが、空蝉丸は話に合わせて踊って見せます(変身時に踊るのがキョウリュウジャーの特徴)。
実はこれ、己を失った状態のダイゴを逃がすための時間稼ぎなのですが、これが「時間稼ぎ」として成立するのは、変身ポーズ中は敵が待っているという前提があればこそです。
実際、そろそろ時間稼ぎという目的を果たした頃になって敵も「いつになったら変身するんだ」と言い、空蝉丸は「さあ、三日後ぐらいでござるかな」と答えます。

変身ヒーロー物の演出上の前提を自覚的に利用しています。
「名乗り」ではなく「変身ポーズ」が長い(踊るので)という『キョウリュウジャー』ならではの特徴も活かしていますし。

そもそも「なぜ敵は待っていてくれるのか」という疑問は、それらしく答えようと思えば何とでも言えるのです。
画面上では演出のため時間を割いているけれど実際には一瞬なのだと言ったっていいでしょう(ポーズの内容にもよりますが)。
また名乗りの場合、一般的にはヒーローが名乗りのは登場してすぐ、あるいはこれから押していく場面など、ヒーロー側が勢いに乗っている場面です。負けているところで名乗っても締まりません。
だから、ヒーローの登場や攻勢に相手が怯んでいる場面で名乗るのだ、と言うこともできます。
しかし、あくまで「相手は待っていてくれる」という前提を正面から取り上げたところが、なかなか印象的だったわけです。

 ~~~

おそらくゲーム『スーパーロボット大戦』に由来するのだと思いますが、今や「スーパーヒーロー大戦」と言えば多くの人にイメージできる言葉になっているのではないかと思います。
つまり、複数の異なる作品でそれぞれ主役を張った「ヒーロー」が一同に会するお祭り的な作品ですね。
それは基本的には、それらの「ヒーロー」達が活躍しているオリジナル作品を知っているファン向けのものとなるでしょう。

しかし、いささか異なる趣向の「スーパーヒーロー大戦」と呼ぶべき作品がありました。
山口貴由の『エクゾスカル零』です。

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山口氏の『覚悟のススメ』はストレートで熱い変身ヒーロー漫画(メタルヒーロー風)でした。
『エクゾスカル零』は『覚悟のススメ』の続編ですが、設定の違いもありますし(主人公の性格の違いは記憶がないせいかも知れませんが)、パラレルと言った方がいいでしょう。

作者も歳月とともにだいぶ作風を変えており、昔のようなヒーロー物をそのままで描けないのは、あとがきで本人も語っている通り。

舞台は遙かな未来、まともな人間の残っていない荒廃した世界で、主人公・覚悟をはじめとする「零式防衛術」の使い手――すなわち、それぞれに異なる時代に活躍した「ヒーロー」達が冷凍冬眠から目覚めます。
彼らはそれぞれ「自らが主役の物語」を持っていたヒーロー達であり、『覚悟のススメ』もそれらの物語の一つである――という設定になっています。
彼らがヒーローであった時の回想シーンが、ちゃんとそれぞれの物語のタイトルロゴ付きで描かれるのが素晴らしい。
つまり、スーパーヒーロー大戦を描くためにオリジナルのヒーロー達を設定し、遡って「彼らが主役の物語があった」かのように扱うわけです。

それは例えば、以下のような単行本の予告ページにまで発揮されます。

エグゾスカル零 5巻予告
 (山口貴由『エクゾスカル零 5』、秋田書店、2013)

もちろん、これでは「ファンサービスとして既存のヒーロー達を出演させる」という役割は果たしませんから、作品の意図は自ずから異なったものになります。
本作の場合、ポイントはほとんど一点――「ヒーロー」の相対化ということに集中します。

何しろこの世界では、人間が怪物化していたりして、「守るべき人」というものが存在しません。
さらに5巻になると、悪の撲滅と平和を達成し、ヒーローが存在意義を失ったゆえに決定的に壊れてしまった世界の実情が描かれます。
そのような世界では、(元)ヒーローが何をすべきかも明瞭ではなくなり、方針を巡ってヒーロー同士の対立も生じます。
ヒーロー以外にまもとな人間がおらず、それゆえにヒーローも成り立たない世界で何を求め得るのか――そんな、未だに救いの見えない、絶望的な物語です。


ついでながら、このような“オリジナルのヒーローによるスーパーヒーロー大戦”という形式は、これはこれで一つのモデルを提供する可能性もあります。

たとえば、『エクゾスカル零』の場合、零式防衛術という基本設定は共通していますから、――用いる技の多様性はあれど――ヒーローによってそこまで世界観が違うということもありません。
が、異なる世界観、異なる能力の体系を持ったヒーローが対決する作品を同じスタイルで描くことも(一人一人が「ヒーロー」であることを描く筆力次第ですが)可能かも知れません。

それぞれが主役であるはずのヒーローが複数相見えたり、その結果としてヒーローという立場を相対化したり、異なる世界観が共存したり……オリジナル作品のファンへのサービスという点を除いても、スーパーヒーロー大戦ならではの楽しみというものは少なくないのです。
それを過去作品(それも複数)の既読者向けでなしに描けるというのは、大きな可能性ではないでしょうか。

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愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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