オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
二つの異常の邂逅(?)――『姉ちゃんは中二病 地上最強の弟!?』
眠くて仕方ないのは天候のせいかそれとも……
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今回取り上げるライトノベルはこちら。
![]() | 姉ちゃんは中二病 地上最強の弟!? (HJ文庫) (2013/08/30) 藤孝剛志 商品詳細を見る |
本作は、今やライトノベル作家の供給源として大きな存在感を発揮しているWebサイト「小説家になろう」に投稿されていたものを第7回HJ文庫大賞に応募し、金賞を受賞したもの、とのこと(今更ですが、応募規定の「未公表の作品」というのは「商業媒体で」のことであって、Web で公開されていた作品は応募可能であり、それが新人賞を獲得することも一般的になっています)。
読んでみると……何とも不思議な作品です。
いや、設定やストーリーが幻想的だとか、そういう意味ではありません。むしろそこは比較的分かりやすいのです。
とりあえずストーリーを。
主人公・坂木雄一(さかき ゆういち)は高校入学を控えたある日、他人の頭上に謎の文字が見えるようになります。
家族には「姉ちゃん」「母さん」「妹」、道行く人には「公務員」「会社員」、そして学校では「同期生」や「クラスメイト」……これらの文字は場面によっても変化し、「エースストライカー」「腐女子」といった詳細な肩書きも見えるようになってきます。
そしてクラスメイトの中には「吸血鬼」や「殺人鬼」も……
しかも「殺人鬼」も人間の殺人鬼ではなく、事態は学園異能バトルの様相を呈してきます。
まあ、それは最初に主人公が妙な能力に覚醒した時点で分かっていたことかも知れませんが、主人公が覚醒したのはあくまで文字が見えるだけの能力であり、戦いは漫画を元ネタにして姉に仕込まれた格闘技で戦います(『バキ』『修羅の門』のネタが多いですね)。
タイトルの「姉ちゃん」、坂木睦子(むつこ)はと言うと、「突然の大地震、バイオハザード、孤島で殺人事件発生、遊星からのエイリアン来襲、突然荒廃した未来世界に、異世界に飛ばされたら……」(p.113)といった状況に備えて学校で「サバイバル部」という部活を行い、弟を世界最強にするべく漫画の格闘術を仕込んでいるというぶっ飛んだ人物ですが、他方でできないことには見切りをつける現実主義者でもあり、サバイバルの訓練も現実的に研究していますし、弟にも人間の範囲内でできる(?)技を仕込んでいます。
「つまりだ。姉ちゃんは実現出来る範囲内で中二的な妄想を追求してるんだよ。主に俺を使ってな!」
(藤孝剛志『姉ちゃんは中二病 地上最強の弟!?』、ホビージャパン、2013、p.209)
「中二病」とはどういうことか。これは作中に説明があります。
「……ああ中二病ってのもいろいろあるんだ。最初は中二ぐらいの奴が大人ぶった態度を取るようなことを指す言葉だったんだけどさ。そっからいろんな意味が派生していって、最近じゃ隠された力が俺にはあるとか言い出すようなのを中二病って言うようになってる。野呂さんが言ってるのもそれのことだろ?」
(同書、p.90)
というわけで、睦子は後者のような自分で考えた設定を主張するタイプではなく、むしろ妄想をきわめて現実的に実現しようとしているという人物です。
しかし、雄一の格闘術をはじめとした諸々が実現されてしまっている以上、それはもはや「中二病」という範囲で語れるものでしょうか。実例を見なければ不可能とおもわれるようなことを実現しようとし、成し遂げてしまうのは、歴史に残るような偉業をなす人物の多くに当てはまる特徴ではありますまいか。
しかし上の引用の通り、同時に「エイリアン」やら「異世界」といった実現不可能と思われる妄想の要素も彼女は併せ持っています。
睦子はその方面の知識も豊富で、たとえば鬼に対する呪術的な備えなどもつねに用意しており、しかも(なぜか)つねに的確で効果覿面です。
ただ、涼宮ハルヒのようにそうした怪異に遭遇するための虚しい努力をしないというだけです。
不思議さが見えてくるのはこの辺りです。
雄一がこのような姉を持ち、高い戦闘能力を仕込まれていることと、他人の頭上に文字が見える能力に覚醒して実際に吸血鬼や殺人鬼に出会ってしまったことは、(少なくとも、この巻の中で判明している限りでは)一応独立した事柄のように見えます。
にもかかわらず、睦子に相談すると対策が出てくるのです。
これはまさしく『涼宮ハルヒ』のように、よもやあるまいと思っていた妄想が実現してしまった物語の形式に当てはまります。
ただ本作の場合、『涼宮ハルヒ』と異なり、「実現してみると思っていたのと違う」というズレはありません。より正確に言うと、雄一の視点からすれば吸血鬼がほとんど特別な力を持たない上、一般に知られている「吸血鬼の弱点」があまり効かなかったりするといった意外性はあるのですが、ただなぜかつねに睦子の言うことは当てになるので、睦子の妄想を基準にする限りズレはないのです。
実在すること自体初めて知る怪異に対して、妄想に基づいた対応策があまりにも有効であれば、それはそれで奇妙さあるいは可笑しさがあります。
しかし、雄一自身が能力に覚醒した時にもまず姉のところに相談に行くほどに睦子の眼力を信頼していて、ツッコミ不在なので、この奇妙さも主題にはなりません。
(何度かヒロイン愛子の視点が入ることで、雄一にも傍から見ればかなりおかしいところがあるのは示唆されています。特に妹の依子のことなど、坂木家の謎はまだいくつか残されている感じですね)
「姉を中心とした坂木家の異常」と、「突然能力に覚醒し人外と出会ってしまう主人公の物語」という二つの要素が実はほとんど独立していて(少なくとも今のところ、一方があって他方がなかった可能性を否定する材料はありません)、それが「中二病の姉」を蝶番として独特の形で接続され、テンポの良い学園バトルコメディとして成立してしまっている――
私が「何とも不思議な」と形容したのは、そうした物語の成り立ちのバランスです。
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