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手短に

「われわれが思考するのではない。思考がわれわれに到来するのである」旨を語っていたのはハイデガーだったと記憶していますが(現在、正確なページを見付けられず)、こう言われると学問をやっている人の多くは「そうだったらいいなあ」と思うかも知れません。
何をどう考えるべきか、という模索で苦労している人も多いのですから。

しかし、綺麗な形になるかどうかは別にして、自ずから引き受けねばならなくなる問題というのは、確かにあります。
そしてそれは、往々にして歴史的な文脈の中で登場してくるものです。

もちろん、歴史的に引き継がれてきた伝統だからといって、良いものばかりとは限りません。
ハイデガーも、たとえば『存在と時間』において、伝統はむしろ重要な事柄を見えなくするとして「存在論の歴史の解体」という課題を掲げていました。
伝統的に重要だと言われてきたことをそのまま引き受けるのではなく、その根幹にある問題を取り出すための絶え間ない努力は必要です。


哲学に限らず、歴史的な文脈に基づく問題意識というのはあるものだと思います。
私がサブカルチャーを論ずるに当たって、しばしば他作品との相互比較を重要視するのも、一つにはそうした考えがあるからです。
サブカルチャーの伝統というのはある意味では偏狭なくらい強固で、然るべきスタイルに沿っていないものを受け入れにくいところがあります。他方で、サブカルチャーの自己言及的な(つまり、現実のサブカルチャーを巡るあり方を作品内に取り入れる)性格も、――私としては前島賢氏の論に負うところが大きいのですが――繰り返し見てきた通りです。
そうして問題意識がいかに歴史的に受け継がれてきたか――私はまだまだこの点にこだわる予定です。


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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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