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凡庸なる天才の記――『ファンタジスタドール イヴ』

今回取り上げる小説はこちら。
野崎まど氏がハヤカワ文庫から出す作品としては『know』に続く2冊目であり、そして初のノベライズ作品でもあります。

ファンタジスタドール イヴ (ハヤカワ文庫 JA ノ 4-2)ファンタジスタドール イヴ (ハヤカワ文庫 JA ノ 4-2)
(2013/09/20)
野崎まど

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しかし、現在放映中のアニメ『ファンタジスタドール』と言えば、中学生の少女・鵜野うずめがある日、カードから召喚される美少女の姿の「ドール」達と出会い、ドールを召喚して戦うことになる話ですが……ドール達が呼ばれもしないで出てきてお風呂やおやつを要求することができるといった内容がツッコミ不在で展開されることで話題を読んでいた作品です。

 ニコニコチャンネル ファンタジスタドール

そもそも「前日譚」とのことで、アニメの内容とは直接重ならないわけですが、野崎氏がノベライズすればおよそ別物になるのは想像に難くありません。
と言っても、私はアニメの方は最初の方しか観ていないので、さほど比較はできないのですが……。

それは仕方ないとしてこの小説を見ると、まず、表紙からしてアニメ絵の欠片もありません。

手にしてみるとさらに驚かされます。
まず、ページ数が170ページと少し(谷口悟朗氏の解説を除くと160ページ程)と薄く、文字も微妙に大きめに感じられます。数えてみると、同じハヤカワ文庫で手元にあった『スワロウテイル』の1ページが40字×17行なのに対して、この『ファンタジスタドール イヴ』は39文字×16行でした。
これら薄さ、このフォントサイズ、この表紙は総じて新潮文庫辺りを連想させます(こればかりは実際に紙の本を手に取らないと実感していただけないかも知れませんが…)。

これは明らかに意図的なもので、何しろ文体からして明治~大正の文学風なのです。

 夏の夕方、私が自室で、夏休みの課題のドリルに取り組んでいると、ペンシルの芯が切れた。家の中には買い置きがあるだろう、なければ買いに行ってもらおうと考え、使用人を探した。男は用事で出ているらしくて姿が見えず、叔母さんは夕食の支度をしていた。私は自然の成り行きで若い女中を探した。ただ、男と叔母さんの手が空いていないからというのも、今思えばエクスキウズでしかなく、結局私が用事を言いつけられるのは、若い女中しかいなかったのだろうと思う。
 (野﨑まど『ファンタジスタドール イヴ』、早川書房、2013、p.20)


「ペンシル」「エクスキウズ」というカタカナ表記がとりわけ目立ちます。

内容は、とある女性記者が発見した一人の男の手記という形を取っています。
子供の頃に《ミロのヴィーナス》を見て以来、女の肉体に魅せられる一方で、女の心が理解できず、現実の生きた女を恐れ続けてきた男。彼は東大に進学し物理学の研究で成果を挙げ、やがて「理想の女」たるドールを作ることに向かう――そんな物語です。

谷口氏の解説を読むと明瞭に語られていますが、この小説はまず、アニメ本編では語らずにいた(しかし、谷口氏としては考えずにいられない)「ドールをカードから実体化させる設定」を前面に出し、それを軸に据えています。
と同時に、「現実の女は駄目だから、理想の女を人工的に作ってしまおう」という物語は、リラダンの『未来のイヴ』(1886年)に遡る伝統的なものでもあります。『ファンタジスタドール イヴ』というタイトルも――最初に作られた女性=イヴというのは至極普通の発想なので断言はできませんが――リラダンを念頭に置いている可能性はあります。

しかし、『未来のイヴ』においても、アンドロイドのハダリーは序盤で完成します。この手の話は普通そうです。
読者としても、「そんなものができてしまったらどうなるか」が見たいのです。加えて現代オタク文化においては、美少女を出しておきたいという事情もありますが…。
それに対して、この場合「ドールが出来上がった後の物語」、すなわち『ファンタジスタドール』本編は別に存在しています。それゆえ、『ファンタジスタドール イヴ』の作中にドールは登場しません。この小説はドールを作るに至る男の欲望と恐怖と自分の欲望に対する嫌悪、そこに終始します。

(その点で、本作はアニメとは全くの別物で、アニメを観ていなくても問題なく読める作品ながら、やはりメディアミックス企画ならではの作品です。「人工的に理想の女を作りたがる」男の心情を描くだけなら、実際に「作る」ことを可能にするSF的ギミック等は大して描かなくても構わないはずですが、本作は同時にドールを実現するSF設定の解説という役割を引き受けています。これは「ドール完成後の物語」があればこそです。そして、アニメのドール達がやたらとマスターに対して厚かましい理由も、彼女達が「使役される召喚物」である以前に「人間」として作られたからということで、一応の説明を見ています)

そして実際、彼が生身の女に対して感じる生理的な嫌悪や恐怖、あるいは自分が女の肉体に抱いている欲望への罪悪感は、実に生々しく見事に描かれています。

ただし注意されたし――「生々しく見事に描かれて」いるというのはつまり、よく理解できるということです。

本作の内容や構成が太宰治の『人間失格』のパロディになっていることを指摘する声は多々見られますし、上述の古典文学風の作りもそれを踏まえてのことでしょう。しかしまず、『人間失格』の人気の高さは、作中で描かれる「自分は人と共感できない、人間失格である」という心情こそが実は多くの人に共感されるものであることを物語っていないでしょうか。
本作の主人公も、自分は「特殊」であり、他人との間に「透明な膜」があると感じています。
しかし、女の肉体に対する欲望や、心を持って生きた女に対する無理解や恐怖、そしてそんな自分に対する嫌悪や罪悪感は、本当に「特殊」なのでしょうか。

この辺はそのままオチに関わってくるところでもありますが、ひとまずこう言っておきましょうか。
野﨑氏は今まで多くの作品で様々な「天才」を描いてきました。しかし、最原最早の怪物性は別格としても、前作の『know』など、超越的な天才もまた人間であることを、同時に示唆してはいなかったでしょうか。
本作において大発明をなす男は、(学者としては非凡ながら)一般的な欲望に悩む平凡な男です。
しかし、人間としては平凡な天才はありふれたことに悩んだ挙げ句、途方も無いことを成し遂げてしまったりするのです。


未来のイヴ (創元ライブラリ)未来のイヴ (創元ライブラリ)
(1996/05)
ヴィリエ・ド・リラダン

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【追記】
谷口氏の解説で、メディアミックス企画としての『ファンタジスタドール』のあり方も述べられていました。
アニメが原作としてあってそこからその他の作品が派生するのか、それとも(漫画、小説等の)原作から派生物としてアニメが作られるのか。『ファンタジスタドール』の場合いずれでもなく、「プロジェクトそのものが中心にあるという発想」(p.164)とのこと。
つまり、この小説は必ずしも「アニメのノベライズ」ではなく、むしと一プロジェクト内での、アニメと同等で相補的な作品ということになるでしょう(谷口氏の表現によれば「『ファンタジスタドール』の陰の側面、闇の部分」(p.165)と)。
そのことを踏まえるとなおさら、内容の独立性の高さも含めて、このメディアミックス企画なればこその作品だったと思えます。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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