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渇望する目――『瞳のさがしもの』

アリストテレスの曰く、「もし眼が生き物であれば、その視力は魂であろう」(『魂について』、412b, 20)と。
もちろんこれはあくまで事実に反した仮定で、「魂とは何か」に関するアリストテレスの考えを示しているわけですが、確かに眼にはこういう例示に相応しく思えるものがあります。
身体の部分として比較的独立していますし、独自の力を強く感じさせる部位でもあります。

そんな前置きの上で、今回取り上げる小説はこちらです。

瞳のさがしもの (メディアワークス文庫)瞳のさがしもの (メディアワークス文庫)
(2013/09/25)
入間人間

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入間氏がメディアワークス文庫から刊行する単行本は『たったひとつの、ねがい。』以来10ヶ月ぶりですが、今回は短編集で、『電撃文庫MAGAZINE』に掲載された短編3本に書き下ろしを加えたものになります。タイトルも昨年頭に刊行された短編集『時間のおとしもの』と合わせていて、イラストレーターも同じですね。
実に久し振りの300ページを超えるボリュームの作品でもあります。

内容は青春恋愛物で、その上で「目」という題材が――『電撃文庫MAGAZINE』掲載の3編に関しては特に「片目」が――関わっています。
この作品群の主人公たちの目は、ある時には比喩的に、ある時にはほとんど文字通りに、見るべきもの、あるいは対をなすもう一方の目を求めます。それは時に、目の方が本体を牽引するような様を見せ、それが本人にも意のままにならない、相手を求める強い恋愛感情を象徴する表現になっています。


収録作品を順に見ていくと、まず「ひかりの消える朝」は田舎町の小学生を主人公にした物語。主人公の少年「シンバ」は「ひかり」という少女とともにある事情で仲間外れにされ、潰れたパチンコ屋の建物で二人ひっそりと遊んでいました。
けれども、後1ヶ月ほど、春休みの終わりにはひかりは転校してこの町からいなくなると聞き……
ひかりがいなくなることと、文字通りに失明することとが重ねられた表現が秀逸。

しかもここには、シンバはひかりのことが好きだけれど、ひかりはガキ大将の「クモイ」が好きだという捻れた事情があります。

 ぼくとひかりはそれぞれ、二番に望む現状を形作ろうと必死だった。一番はお互いの事情で、どうがんばっても成立しない。ぼくとひかり、どっちも改善の余地がないようだった。
 (入間人間『瞳のさがしもの』、アスキー・メディアワークス、2013、pp.19-20)


入間氏の短編には小学生を主人公にしたものもいくつかありますが、冷静かつ饒舌な一人称語りのお陰もあって、彼らの多くは精神年齢の高さが際立ち、およそ小学生らしくありません。この短編のシンバの場合、子供社会の理不尽をも諦めて受け入れ、打算的に行動していることからその印象はなおさら強く、「とても悪い意味で、ぼくたちは子供らしくなかった。計算ばかりの関係だ」(同書、p.20)とモノローグで口にするほど。
けれどもだからこそ、そうした冷静さに回収されない初々しさ、子供の日の想い出の甘酸っぱさが浮き立ちます。


続いて「静電気の季節」は、バスの事故に遭い、二人ともに片目を失った大学生の男女の物語です。
この事故の場面で、宙に飛んだ眼球が最後に見た光景が脳裡に焼き付くなど、普通に考えればあり得ない現象が描写されます。頭部から離れた眼球が何かを見ていたとして、それがいかにして本人に伝わるというのでしょうか。
実際、それは錯覚だったのかも知れません。
けれども何であれ、事故の瞬間、激突して女の子とキスをしてしまった場面は、主人公の青年を強く縛ることになります。

二人はその日、たまたまバスに乗り合わせただけでしたが、こうして主人公は彼女――西澤恵――に恋をします。
しかし、西澤恵は事故でボロボロになり連絡も取れなくなったことで、元々いた彼氏を失っているのです。
鏡写しのようにお互い片目を失いながら、両者の失ったものと得たものが実は対照的であるというのが印象的で、それが二人のすれ違いを象徴してもいます。

ちなみに、タイトルの「静電気」はところどころで触れられるだけですが、何かに触れた瞬間に爆ぜる静電気は、二人の接触を阻む見えない障壁の象徴です。


ここまでの二編は失恋の物語という面が強いのですが――実際、『時間のおとしもの』のあとがきで予告されていたもう一冊の短編集の仮題は『片目と失恋』でした――、それだけで終わるわけでもなく、少々の希望をも感じさせる終わりの余韻が心地良い作品です。


「みんなおかしい(ぼく含む)」は、子供の頃から鏡の中にだけ見える「彼女」に恋い焦がれてきた「ぼく」の物語。
この作品だけはファンタジックな設定になりますが、その真の意味は最後で分かります。衝撃の落ちにして、数々の記述の意味が腑に落ちる、入間氏らしい仕掛けの作品でした。
サイコサスペンス的な作品でもありますが。


「瞳のさがしもの」は、子供時代から視野の狭かった一人の男の物語。
子供時代に近所に住んでいた女の子の「旅」と称したちょっとした家出に付き合い、高校・大学と女の子と縁あり気な接触をするものの何もなし。
会社に勤めて29歳になったものの、病気でいずれ失明するかも知れないと知り……
これが決して致死性の病気でなく、失明して仕事ができなくなるかも知れないというレベルであるところが生々しさを感じさせます。

「たとえば真田さんに結婚を前提にお付き合いする彼氏がいたとします」
「はいします」
「その彼氏が目の病気を患って将来が不安になったとき、それでも結婚する?」
 (同書、p.251)


ただし、この短編のラストは王道にロマンチックです。
だからこそ「不治の病」や「死」での感動からは方向性を逸らしたのかも知れません。


最後の「にゃんと素敵にゃ」は、飼い主(人間)に想いを寄せる猫の一人称語りです。
もちろん、猫の想いが伝わるはずはなく、彼女には別に好きな相手(人間)がいたりしますが……
種族の違いという絶対的な壁、そしてそうした事態を知っても彼女を元気付けようとする猫。
これも、主人公が猫ということを除けばオーソドックスな片想いの物語ですね。


例によってクロスオーバーもあり。とりわけ、本単行本収録短編同士で、他の作品の主人公がさらっと姿を見せていたりする結び付きが楽しめます。


さて、最初の3編が雑誌掲載作品で、初出は2010~2011年です。
この3本はいずれも、(たとえ結果が失恋であろうと)一組の男女を中心にした物語であり、主人公の視線はブレようもないほど、一人の女の子を追い続けています。
元々、入間氏はデビュー作からしてステディなカップルを物語の軸に据えていましたし、パートナーとの関係を幸せの基本形とする図式は、この時期にも多くの作品の基調をなしていることがよく分かります。

対して、近年の作品では、『安達としまむら』のようなもどかしい過程としての二人の関係(女同士ですが)に徹した作品もある一方で、群像劇の比率がますます上昇する中で、どちらかというとカップルが物語の軸からは外れる傾向が感じられます。
『トカゲの王』は恋愛要素そのものがあまりありませんし(おまけにメインヒロインが最大の悪役)、『アラタなるセカイ』には左京山とアラタ、八草と桐島という二組のカップルがありながら、ともにストーリー上カップルとして成立することを禁じられ、それでいて最後に印象を残すのは必ずしも悲恋や別れの悲しさではありませんでした。
『強くないままニューゲーム』で、主人公の当初の「片想いの相手」とは別の相手との間に強い連帯感が成立しているのは、どう出るかまだ分かりませんが。

何より、今年になってWebで発表された長編作品の続編は、一気に子供を作って家庭を持つところまで行っていた辺り、何か心境の変化があったのかと思いました。
まあ、漫画『最強伝説黒沢』(福本伸行)の主人公が言うような「カップルより家族連れの方が目に痛くなる」には作者はまだ若い気がしますし、真相は分かりませんが、今回の書き下ろし、すなわち比較的最近書かれたと想われる2編にも同じ傾向は窺えました。
「瞳のさがしもの」の主人公は嫁と子供を持つ前から「孫の顔を見ることはできるのかなぁ」(同書、p.234)と言い出しますし(もちろん、失明で文字通りに「顔を見る」ことができなくなることを踏まえての発言)、「にゃんと素敵にゃ」の主人公は去勢・避妊手術を施されて子孫を残すことのできない自分たちについて「それって生き物としてどうなの?」(同書、p.290)という疑問を抱きます。


そうした時期的な変化も含めて楽しめる短編集でした。


魂について (西洋古典叢書)魂について (西洋古典叢書)
(2001/06)
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