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散発的な話題

子供の頃から、セミと言えばアブラゼミでした。たまにクマゼミも見ます。ツクツボーシも声を聞くことや抜け殻を目にすることはあったのですけどね…

今まで、ミンミンゼミの声を聞いた記憶は、富山県黒部峡谷と東京でしかありません(東京は先日研究会で行った際に久し振りに)。
セミの分布について詳しく調べてみたことはありませんが……
それでも、漫画的にセミの声を書けば、第一の分かりやすいイメージは「ミ~ンミ~ン」なのですね。
これも実際にセミの声を聞くのとは別のところで植え付けられた固定観念です。

 ~~~

今日は久々の授業でした。
正式な後期授業の開講は10月からなのですが(国公立大学これが中々変わらないのは、事務職員を休みに働かせるのが難しいからだとか。私立大学だと9月中旬に後期授業開始というのも珍しくないようですね)。
本来は休みなので、事務に頼まないと教室が空いていなかったりしましたが。
研究発表の授業で2コマ(3時間)連続。まあ研究室に学生同士で集まる場合、それ以上の時間を費やしたこともありますが、先生のいる教室に拘束されるのは本当に久し振りな思いが。

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映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』シリーズの設定では、タイムマシンを使っても「過去の自分と会う」ことはできませんでした。
同じ時空間に同一人物が複数存在すると時空間が破滅してしまう、とか何とか。

で、まったく別のタイムマシンの登場する作品に関して、「『バック・トゥー・ザ・フューチャー』によれば不可能なはずなのに、なぜ二人の同一人物が出会っても大丈夫なのだろうか」と真剣に問うている人を、かつて見たことがありました(どこで、とは言いますまい)。
もちろん、時間SFにある程度慣れてくれば「作品によって設定が違う」ことは当然のように理解されることと思いますが、しかし笑ってばかりもいられません。
人間にとって、既知のよく似た事例を用いて物事を理解しようとするのは当然のことだからです。

その意味で、設定を理解するよりも難しいのは「設定などどうでにでもなる」ことを理解することです。
これは何もご都合主義を正当化しているのではなく、ご都合に陥らない範囲内でさえ、100の作品があれば100通りの設定があって然りなのです。
前例と違っていて当然、それでいて設定が「成り立っている」と「成り立っていない」の違いはある、これは驚いて良いことです。
一つの作品内で矛盾しているか否かという内的整合性について言うことはできると思うかも知れませんが、おかしいと思われたことが見方を変えれば成り立つこともあるので、内的整合性も実は必ずしもそれほど自明のことではないのです。

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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