スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

どこで道は分かれたか――『強くないままニューゲーム Stage2 アリッサのマジカルアドベンチャー』

今回登場するライトノベルはこちら。5ヶ月ぶり、しかし作者が最近数多く(電撃文庫MAGAZINE連載を含めると5つ)のシリーズを並行して書いていることを考えると思ったより早かった感もある『強くないままニューゲーム』の2巻です。

強くないままニューゲーム (2) Stage2 アリッサのマジカルアドベンチャー (電撃文庫)強くないままニューゲーム (2) Stage2 アリッサのマジカルアドベンチャー (電撃文庫)
(2013/10/10)
入間人間

商品詳細を見る

 (前巻の記事

ゲーマーズ購入特典はサイン入りの表紙絵。といってもサインごと印刷ですが。

強くないままニューゲーム2巻 色紙

本作はまさに1巻あらすじに「この世界がゲームであることに気付いた」という通りのゲーム的タイムループ小説です。もちろん、登場人物はゲームが始まる以前の人生の記憶もありますが、もしこの世界がゲームとして構築されたものであるならば、それも偽の記憶なのか…実際、主人公はそうした疑いも持ちますが、答えはありません。そうしたことを問う必要はないのでしょう。
いわゆる「プレイヤー」に当たる、ループの記憶を残す登場人物が二人で、どちらか一方でも死ねば揃ってゲームオーバーというのが通信型ゲーム、あるいはネットゲーム風で、最近流行りのネットゲーム物(ライトノベル界でネットゲームを題材にした作品が流行りという意味で)を念頭に置いた感もあります(これは類似したモチーフを含む『All You Need Is Kill』との大きな違いであり、時代の変化を感じさせるところでもあります)。

ただ、この作品は主人公達のプレイヤーとしての地位を解体しているところもあるのは、1巻で見ました。
しかしでは、彼らがむしろゲームの駒として弄ばれているのだとすると、そういうストーリーの一つの定石は、理不尽なゲームを強いられ極限状態に追い詰められた人間の思考や行動を描くもので、暴走して仲間割れする奴が出てきたりもします。
ですが、本作はそのような方向には向かいません。追い詰められて壊れるどころか、むしろ死ぬことにも慣れていきます。この2巻では、「仲間割れ」の要素は少しありましたが……
その最大の理由はおそらく、作者の作品において、人間は極限状態によって狂うものではないからです。おかしい人間は最初からおかしいし、狂気は極限状態でなくても描くことができる、それが作風です。

それにしても……この世界では肉体の痛みも怪我も普通に生じますし、現実にあるものは全てちゃんと存在していて、奇妙な表示が出てきてリプレイが起こらなければ、ゲームだとは分からなかったでしょう。
しかし、今巻では新システム「スキル」が登場し、主人公達が魔法のような力を使えるようになりますが、その結果、たとえ魔法であっても物理的に奇異過ぎる、作中でも「バグ」と呼ばれる現象も生じます。バグが発生するということはこの世界はやはり作り物なのか……と改めて確認した思いです。手から炎を指すと自分の手も焼けるとか、そういうところは変に現実的(そしてしょっぱい)なのですが。
まあ、バグ技やバランス調整ミスを攻略に活用するのもゲームの楽しみの一つ、ということなのでしょうが。


ここから先はどうしても、1巻はもちろん2巻のネタバレも含みますので、追記に回します。


1巻の後半で生じた衝撃の事態は、ルートの分岐でした。
しかも、主人公達の記憶まで含めて完全に「セーブデータ」として複製され、二つのデータが別のルートを経験するのです。
かくして、彼らの「プレイヤー」としての地位は急激に怪しいものとなりました。

この2巻は前半と後半に分かれてそれぞれの続きを展開しており、分岐の結果として Stage.2 ではゲームの内容も別になっています(名称は「ラットマン」「ねずみおとこ」と、英語と日本語の違いだけですが…)。

そしてこの二つのルートは、二人のゲーム参加者、アリッサ・藤(女性名ですが男、語り手)と敷島弓子どちらが主力となってクリアするかによる分岐でもありました。
藤は善良な男子高校生で、自分が生きてゲームを攻略できても他人が犠牲になることを思い悩み、そのせいで余計な時間を費やしたこともありました。今回も、敵クリーチャーに操られた人間を――たとえもう助からないとしても、まだ生きている以上――殺すのを躊躇い、何とか助けようとします。
他方で敷島は、クレバーで行動力があり、精神的にも並外れてタフですが、その分、それと決めたら犠牲を厭わず、悪をなすことを恐れない人物でもあります。

1巻で藤のアイディアにより攻略した方は2巻前半「ラットマン」に、敷島の主導により攻略した方は2巻後半「ねずみおとこ」に続いています。
しかも、今回から導入の「スキル」も、二人の内一人、活躍した方にしか与えられませんでした。

「ラットマン」では、藤は自分のスキルを決めるにも敷島と相談し、作戦立案も実行二人で協力して攻略していきます。
敷島も他人を助けたいという藤のお人よしに可能な限り付き合っていますし、何度もその命を藤に預ける場面もありました。多くはアクションの結果としてですが、抱き合ったりする身体的接触の場面が目立ち、敷島もそれを積極的に受け入れている感が窺えます。
そもそも文字通りの運命共同体、怪物が現れタイムループして戦っている等という人に言っても信じられないであろう事情をただ二人共有していたわけですし、1巻では一緒に襲われる場合、「どちらかに死ぬ役を押しつけて喧嘩になっては困る」(1巻p.147)という理由で何度も二人並んで死を待っていたくらいです。そんな中で強い連帯感が生まれるのは当然でしょう。
それに敷島自身、大きな犠牲を出す自分の「ろくでもない」案をできれば避けたくて、藤に代案を求めていましたし、実際上手くやった藤を評価する思いもあるのでしょう。
ちなみに、この「ラットマン」パートでは舞台が学校から病院に移っており、藤の片想いの相手である山崎真希が登場しないのも、二人の仲の接近をいっそう印象付けます。

クリーチャーに襲われた人達は結局助からなかった可能性が高いですし、自分で手を下さなかった等というのは「自己満足」だと藤自身も認めていますが、とにかくもその自己満足を満たしつつクリアすることにも成功しました。ましてや、被害を必要最小限に留めているのは見事な成果です。

これに対して、「ねずみおとこ」は敷島の独擅場です。
元々、クレバーさや行動力、精神力という点で、ただゲームを攻略するという観点からすれば敷島の方が遙かに有能でした。その上、一度犠牲を出してしまったことで吹っ切れて、歯止めが効かなくなっているのもあるのでしょう。敷島はスキルの選択から作戦までほとんど全てを独断で進め、藤はひたすら「敷島はこのゲームに向いている。自分は駄目だ」と「お荷物」としての自分の無力感に苛まれ続けます。
敷島の藤に対する感情も、「ラットマン」の敷島との温度差は明らかで、携帯電話の番号を教えることへの躊躇いといったちょっとしたところに、藤を異性として意識しているかどうかの差もはっきりと見えます。
結果、こちらの藤は役にも立てず、さらなる犠牲が出て多くが失われていくのをただ見送るばかり、ただ一人運命を共有する敷島との関係すら冷たいものになっているという、過酷な状況です。


ルート分岐した時にはここからどう展開するのか、語り手が経験を共有せずに分裂したままというのもかなり特殊な事態ですし、『涼宮ハルヒの分裂』『驚愕』のように合流でもするのか、等と考えましたが、ああなるほど、話は単純、この明暗の対照を描くためだったのか、と2巻を最後まで読んで納得した思いです。
この悲しさは同作者の『彼女を好きになる12の方法』を思い出させます。『12の方法』は逆転もどんでん返しもなく、ただその落差を見せ付けました。
(もっとも、本作はまだ続くと思われるので、今後はこれだけで終わらない可能性が高いのですが)

今回は『12の方法』のように小刻みに交互ではなく、前半と後半で分かれていますが、前半でいい感じのところを見せられた後だけに後半の落とされ方はショッキングです。
しかも、明暗両方が同じ人物によって行われるのだからなおさらです。

そもそも、登場人物には学校の友達や家族もいるはずですが、極端に名前のある登場人物が少ない本作において、それは読者にとってはモブに過ぎません(今巻の新キャラとして、藤の母親と敷島の兄は登場しましたが)。
無関係な人であろうとできれば死なせたくないし、まして自分で手を下したくはないという藤の気持ちは至極まともなものとして理解はできますが、それもモブキャラであれば読者にとっては所詮他人事です。
しかし本作は、そこに唯一事情を共有する仲間との――恋愛も含めた――関係を重ねることで、多くを失う道を選んでしまったことの辛さをありありと伝えます。
読者の視点は「他にもっと上手くやれる可能性があった」ことを知っているがゆえに、痛恨の思いを抱くのです。

設定上は、今回の二つのゲームがさらにそれぞれ二つのルート分岐が用意されていることになっていますが、さすがにこれ以上増えることはありませんでした。そこからしても二つのルートの対比こそが主軸にあるのは間違いないでしょう。

一体どこで道は分かれたのか、最初はほとんど偶然のようなものなのか、新しい敵が追加されたことが藤がアイディアを出すのを妨げたのか。後者だとすればゲームマスターによる露骨な介入こそが原因だったわけで、気まぐれな運命等と聞こえのいいことを言って済むものでもありません。
いずれにせよ、それがここまでの落差になろうとは。




敷島さんはダンバイン好き。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。