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ただ彼女のため、それでいい――『僕の小規模な自殺』

今回取り上げる小説はこちらです。
またしても今月2冊目の刊行となる入間人間氏の新作。『瞳のさがしもの』は短編集でしたし、書き下ろしでメディアワークス文庫からの刊行は久し振り(『たったひとつの、ねがい。』以来1年と1ヶ月ぶり)です。

僕の小規模な自殺 (メディアワークス文庫)僕の小規模な自殺 (メディアワークス文庫)
(2013/12/25)
入間人間

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今回も発売1ヶ月前に作者の公式サイトで第1章を先行発表しています。分量から言うと全体の1/4が Web で公開されていることになります。
ついでに、メディアワークス文庫の公式サイトで新刊情報を見ると、内容を示すやたらとタグが多いのに気付きます。他作品はせいぜい5個前後なのに本作だけ10個、しかも「ほんわか」「しっとり」と「絶望」が共存していたりします。色々と気になる作品です。

ちなみに、同作者には『僕の小規模な奇跡』という作品もありましたが、作者は本作あとがきも含めて随所で内容的には無関係であることを強調しています。
ただ、『小規模な奇跡』文庫版のあとがきはすでに、本作の名前を予告していました。
それからかれこれ約2年半

 この本とは内容において関連性ありませんが、『僕の小規模な自殺』という話を思いついています。今年中に発表出来るといいのですが、もし出すことになった場合、また某漫画の先生に許可を頂く必要がありますね。そのときはどうぞ、お願いします。
 (入間人間『僕の小規模な奇跡』メディアワークス文庫版、アスキー・メディアワークス、2011、p.450)



そろそろ内容に入りましょう。しがない大学生の主人公・岬士郎(みさき しろう)のもとにある日、喋って未来人を名乗るニワトリがやって来ます。
このニワトリ「レグ」の曰く、「彼女」――熊谷藍(くまがや あい)3年後に病気で死ぬ、それを助けろ、と。
士郎は不健康な生活を送っている彼女に運動をさせ、食事の世話をすることになります。

タイムトラベルに関するルールで、レグは藍に直接干渉できないとのことですが、何とも迂遠なことです。
しかも、モノローグで「彼女」と言っていますが、藍は士郎の恋人ではありません。彼女を助けるべくやったことによってかえって別の男と仲良くなってしまったりと、歯がゆいことです。

……と、この辺までは公式サイトで無料公開されているのでそれを読めば分かりますが、帯でもあらすじでも大きなフォントで表示され、レーベルの公式サイトにも載っている本作の煽りは「人類vs彼女」です。不穏です。
まあそもそも、未来人がただ個人を助けるために過去を改変しようとするはずもなく、裏に何か大きな事態があるのは想像できます。
(ちなみに、未来人が未来世界での本来の姿ではなく、動物の姿でしかやって来られないという設定は、彼の正体に関する裏を予想させますが、レグが士郎自身の子孫であるとかいったオーソドックスな可能性は、士郎自身も早々に予想してしまいます。つまり、読者を驚かせる案件はそこにはない、ということです)

実際、未来人たちの複数の思惑も関与して、僕の周りには危険な事態が起こり始めます。
未来人からすればそこには人類の存亡がかかっているのですが、人類の命運を賭けてクマと戦う話は管見に入る限りでは初めてです。

本作は構想された時期が少し古い(上述のように、2年半前には予告されていた)せいか、彼女のためなら他の全ては見えないという主人公の一途な愛が目立ちます。
作者の近作では少し傾向が変わったように感じていたのですが、もっとも以前の傾向がふたたび顔を見せていけない理由はないのであって、これが構想時期の違いによるものかどうか、それほど確かなことは言えないでしょう。

 我ながらほんのりクレイジーな気もする。しかし人類というと壮大に聞こえるが、じゃあその人類が一体、個人にとってどれほど大きいものなのか? という話になる。
 俺が目を閉じている間、俺にとって地球は消える。俺が死ねば、俺にとっての人類や星はそこでお終いだ。
 星や宇宙を消すなんてことは、個人の観点からすれば非常にたやすいことだった。
 だから地球とか人類を大きく考える必要はない。そして大きくないのなら彼女と見比べて、一々答えに疑問を抱く必要はない。だって彼女の胸は大きいもの。
 (入間人間『僕の小規模な自殺』、アスキー・メディアワークス、2013、p.193)


この「自分の人生の終わり=(自分にとっての)世界の終わり」というテーゼも入間氏の作品中にしばしば見られるもので、最近では『クロクロクロック2/6』にも登場しました(もっともこの作品の場合、突き放した筆致もあって、それほど肯定的な扱いではありませんが)。
これはともすれば、「我がなき後に洪水は来たれ」という無責任な態度にも繋がります。
実際、彼女のことしか見えず、それだけに一途な主人公たちに、社会的な意識はあまり見られません。

しかし本作の場合、一方の未来人の企てはむしろ裏目、藪蛇な行いであり、他方の未来人が干渉によって?み取った未来もまた崩壊の予兆を見せ、何とも不穏で後味の悪い締めとなります。
「人類を救うため」など、実は虚しいものなのでしょうか。

そもそも本作は、「本来の歴史」という考え方にはっきりと疑問を唱えています。

「本来の歴史なんて、タイムマシンが存在する時点で夢物語なんだよ。選べるのは積み重なった時間の中で、どの層に潜んで生きるかぐらいさ。(……)
 (同書、p.227)


未来人は人類が滅びる歴史を改変して人類を救おうとしているのか、それとも改変を阻止して本来の歴史を守ろうとしているのか、それは本人たちにとってすら、もう分からないことなのかも知れません。
つまり、もはや時間犯罪者とタイムパトロールの区別も明瞭ではないのです。
結局、タイムトラベルとはどこかおぞましいものであり、改変できるとなれば際限なく改変しようとするのが人間の浅ましさ――これもまた、入間氏が『昨日は彼女も恋してた』/『明日も彼女は恋をする』『アラタなるセカイ』で描いてきたテーマです。いずれにせよ、誰かを――あるいは人類を――「救う」ためであれ、過去に介入するなどということはつまるところ、あまり肯定的には扱われません。
人類の滅亡というテーマが絡んでいる点で、本作は『アラタなるセカイ』の方に近いでしょう。

もっとも本作の場合同時に、岬士郎個人の(もっぱら藍のことのみを関心事とする)立場から見ても、未来人たちの介入が必ずしも悪いことだったとは言えないのです。レグは確かに藍の命を救いに来ていたわけですし。
やはり、事態は両義的です。
そして、全人類にとっていずれが良いか、等ということを括弧入れして、士郎はただ今を、目の前の彼女のために生きます。
そこに、自分が彼女と結ばれるという報いすらなくとも、それどころか、自分の命も危ういとしても。

そもそも、遠い将来に人類が滅びるかどうか、等という選択肢を突きつけられることそのものが、通常はあり得ないのです。ましてや人類と彼女を天秤にかけることなど。
彼女に生きて幸せになってもらうために最善を尽くすことが非難される謂われは、普通ならばありません。
タイムトラベルという特殊な事柄ゆえに発生したこの状況において、未来世代に対する責任やら世代間倫理やらを持ち出して社会的な視点の欠如を非難するのが正当とは思われません(作中人物には実際に、人類の犠牲を選ぶ士郎を非難する者もいますが)。

遙かな時を越えて人類を救おうとする未来人の戦いはもしかしたら虚しく、無用のことであり、そもそもそんな企ては善いことでもなかったのかも知れません。今の「俺」はそんな問題を別にして、ただ彼女のために生きて、戦います。そこに何の悪いことがあろうか――これが、「彼女とせいぜい自分の周囲のことだけを見て邁進する主人公の恋愛物」と「タイムトラベルの負の面」という、氏がこれまでにも描いてきた二つの題材を合わせた成果でしょう。
「人類を救うための戦い」の意味が括弧入れされ、時を越えた視点からすらいずれが良いと言えなくなったところで、主人公と彼女の周囲の世界への閉ざされが、もはや否定されるいわれのないものとして確認されるのです。
もっとも、そこにおいてすら主人公が報われないのが哀しく、二重に虚しいのですが。


僕の小規模な奇跡 (メディアワークス文庫)僕の小規模な奇跡 (メディアワークス文庫)
(2011/05/25)
入間 人間

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プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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