スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

野球のある世界、というファンタジー――『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』

名古屋―京都間だと、必要とあれば実家からでも大学に行くのは比較的容易なのですが……
先日、書類を取りに大学に行ったついでに生協を見ると、また古本市をやっていました。
格安で売られているものも多く、しかも生協組合員割引が効き、その上洋書まで扱っているので、買いたくなりますね(洋書は外界から取り寄せると送料もかかりますし)。とは言え、何が必要になるやらは分からず、今は消費額が増えすぎているなと感じていたところなので、有名な著者による名著と呼べそうなものなお、手堅いところに絞りました。
ここ数ヶ月の消費額が増えているのは、多分あちこちに出かけた交通費のせいですね。

それから、明日からは例年通り登山に行きますので、更新が滞るかも知れません(あまり記事のストックはありません)。

 ~~~

さて、今回取り上げるライトノベルはこちらです。
石川博品氏、今年2冊目の新作です。

後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール (集英社スーパーダッシュ文庫)後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール (集英社スーパーダッシュ文庫)
(2013/12/25)
石川 博品

商品詳細を見る

初版はどこで買っても正味3ページの特典書き下ろし短編が付きます。

後宮楽園球場 初版特典

舞台となるのは大白日(セリカン)帝国の、皇帝(スルタン)のもとに侍るべく女たちの集められた「後宮(ハレム)です。
主人公の海功(カユク)――後宮に入ってからは香燻(カユク)と改名――は街の悪童だった少年ですが、皇帝に復讐するため、女装して後宮に入り込むことに成功します。
が――後宮は成り上がりを目指す美少女たちが野球で競い合う世界でした。

しかし、白日人の衣装や習俗はアラビア風です。
百聞は一見に如かず、まずは口絵をご覧あれ。

後宮楽園球場 カラー口絵
 (石川博品『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』、カラー口絵)

彼らの宗教である「真教」も、酒を飲まないとか豚を不浄とするといった記述からしてイスラームをモデルとしていることは間違いありません。
さらに言えば、舞台の都カラグプタールは「千年の都」と言われていますが、この地が白日人のものとなったのはつい先代皇帝の時に義教徒を追い出して、ということで、義教=キリスト教、カラグプタール=エルサレムというイメージがある程度まで感じられます(もっとも、先帝に追われるまで義教徒の教皇がこの都にたとのことですが、これはもちろん史実には対応しませんし、あまり厳密に考えるべきではないでしょうが)。ついでに言うと、「祖国を失った流浪の民」であり商業に従事しているという唯教徒はユダヤ人でしょう。
しかし他方で、後宮を管理するのが宦官(去勢された男)であるというのは、まったく中国的な風習です。さらに、「女御」「更衣」「女房」といった宮廷用語(あるいは「妻戸」等の建築用語も一部)は日本の宮廷を思わせるものです。

そもそも言うまでもなく、野球というのは19世紀以降のアメリカで成立したスポーツであり、そして21世紀の現在においてもアメリカ、カリブ海諸国、日本など比較的少数の国でしかメジャーになっていません。
しかし本作では、遊牧民であるとか商業の民であるとかいうのと同じ感覚で、白日人の祖業は野球である、と言うのです。

「帝国の祖業は野球である」
 伽没路(カーマルー)はひとつ咳をしてからふたたび歩き出した。「我ら白日人は野球の巡業で身を立てる、いわば遊行の徒であった。先人は各地で野球の試合を見せて回りながら、同時に交易にも携わっていた。やがて有力な豪族(チーム)が周囲の弱小豪族を従え、いくつかの連衡(リーグ)が生まれた。それを統一したのが帝国だ。かつて王とは一番優れた野球選手を指す栄誉ある称号だった。今日、玉座は球場を離れた。代わりに後宮の女たちが陛下の私的な空間(ハレムリク)において投げ、走り、打つ。それによって我らの歴史は再現される。預言者さまの教えにもあるように――神の祝福を――『男は明日を見つめ、女は昨日を抱く』というわけだ」
 (同書、p.33)


ここにおいて、「野球が存在する世界」というのは「魔法が存在する世界」と同様のファンタジー設定です。

『耳刈ネルリ』でも『ヴァンパイア・サマータイム』でも、こういう異質なものが混在するカーニバル的世界を実にさらっと描くのが作者の手腕でしたが、今回の世界観は『耳刈ネルリ』以上に混沌としています。
何しろ獣人や吸血鬼、宇宙人まで登場し、終盤では野球の試合で超能力を使い始めるのです。

こういう場合、たとえば西洋風のように思われた世界に突然東洋風のものが登場したら読者は戸惑い、違和感を感じますから、最初からチャンポンな世界観を「そういうものとして」描き、なおかつその世界独特の秩序を見せていくことが肝要です。
本作の場合、そのための技巧は、たとえば人名に発揮されています。
香燻(カユク)蒔羅(ジラ)蜜芍(ミシャ)迷伽(メイガー)幢幡(マニ・ハイ)……と、全て漢字に日本語でも中国語でもない読みを当てています(ちなみに、後宮には白日人以外の少女たちも多く集まってきますが、後宮に入る時に名を与えられるので、メインキャラのネーミング傾向は完全に統一されています。外国人はもっと西洋風の名前だったりしますが)。
ほとんどあらゆるページに登場する人名がこのような何語ともつかないセンスになっていることにより、世界観のチャンポンぶりを自ずから見せ付けられることになります。
人名だけでなく、「皇帝」と書いて「スルタン」と読むような作中用語も同様であって(「スルタン」はイスラームの世俗君主ですが、普通「皇帝」とは訳しません)、その延長として「豪族」を野球の「チーム」と読ませたりしてくるのです。

そんなわけで「後宮で皇帝に見初められて成り上がりを目指す少女たちが野球をする」という奇異な世界観を提示しておいて、本作のストーリーはれっきとしたスポーツ物として展開します。
キャッチャーミットから綿を抜いてグラブを自作するといった道具の工夫、守備や走塁のスリリングなプレイ、チームメイトとの絆、結果を出す喜び、強敵を攻略するための工夫、はたまた味方のための乱闘など、野球の魅力が実に丁寧に描かれます。
現在なら反則とされるプレイがまだ問題視されていないなど、現代的なルールの整備されていないところを感じさせる部分もありますが、現代的なプレイはかなり確立されていて、現代野球の知識で読んで不都合はありません。
また、試合は3回制、総得点ではなく取ったイニング数で勝負するという独自ルールがありますが、これは一試合の全てを一通り描いても冗長にならない工夫でしょう。


とは言え、主人公の香燻は性別を偽り、皇帝の命を狙う身です。
仮に後宮生活が上手く行っても、本来いつまでも後宮にいるつもりはありませんし、目的を達すれば(殺されなかったとしても)後宮にはいられません。
美少女たちに親切にされ、受け入れられるほどに不安も感じます。そんな彼が安心を感じるのは、仲間たちのもととは少し別のところであったり……

けれども、共通の敵を前に団結し、戦い、苦しさも勝利の喜びも共有することで、彼の気持ちも変わっています。そう、復讐よりもこの仲間たちと過ごすことを大切に思うほどに……
香燻(海功)が復讐を誓う理由としてどれほど苦しい思いをしてきたのか、ということはほとんど描かれませんし、復讐の動機そのものが後半まで語られません。おそらくその点はそれほど重要ではないのでしょう(実際、幼い時に没落を味わった海功自身は自分が皇帝のせいで何を失ったのかそれほど自覚しておらず、むしろ兄のためになりたいという思いが先行している印象も受けます)。

(……)自分が何者であるのか、決めるのは自分でも神さまでもない。同じ境遇にある仲間だ。
 (同書、p.297)


この観点からすると、復讐のため後宮に入り込んだはずの彼の志が急激に揺らぎ、仲間たちとの現状の方を大切に思うようになる流れの意味も明らかになります。海功(香燻)の生き方を規定しているのは今も昔も、共に野球をする仲間――かつては兄たちであり、今は後宮の少女たち――です。復讐という目的も仲間のためという思いで志したものであって、新たな仲間を得ることでその意味も変わってくるのです。

面倒見のいい蒔羅や、いつも野球のことばかり考えていて味方にも厳しく口うるさいけれど、認めることは認めて労いをくれる蜜芍など、チームメイトたちも魅力的で、そんな仲間たちに魅力を感じていく過程がよく感じられます。

しかしそんな中、意外なところで復讐という目的の方に関わってきそうな人たちが登場したり、また皇帝・冥滅(メイフメツ)皇帝としての現状に退屈し、飽き飽きしている様が描かれたり。
特に皇帝に関しては、彼は暗愚な君主として国を揺るがすのか、それとも皇帝の憐れさは別の方向に事態を動かすのか……
宮廷の外でも海功を後宮に送り込むのに協力した連中の動きが少し描かれていますが、これはまだほとんど物語に関わっていませんし、政治的な動きや復讐という目標に関しては、まだ物語は始まったばかり、先が見えません。

野球の方でも、最上位の「七殿五舎リーグ」を筆頭に、そこに使える上臈・中臈・下臈たちがそれぞれリーグ戦を行っているという、いわばメジャーとマイナー(それも3Aから1Aまで)の関係が成立していて、新入りの主人公はまずは下臈リーグからスタート、今巻中ではまだまだメジャーたる「七殿五舎リーグ」には届いていません。
最後には昇格するものの、シーズンオフのチーム再編で移籍し、何人かのチームメイトとも別れることになったり。一番親しかった仲間は一緒ですが、別のチームに移ったメンバーにもなかなかキャラの立っているのがいただけに寂しさも感じさせます。

つまり、作者としては『ネルリ』以来久々に、複雑な政治的設定をも含んだ壮大な世界観で続刊のあり得る――むしろ求める――作品となったわけで、是非とも今後を期待したいところです。


ただ、広大な風景の描写から始まった『ネルリ』と異なり、本作の舞台はほとんど宮廷の中です。
もちろん宮殿も広大なのですが、印象的なのは宮殿内の風景よりもむしろ、浴場や食べ物にまつわる生活描写です。
豪華な大浴場で、頂点たる更衣女御となれば高級な石鹸を用い、豪勢なお菓子が食べられる生活。

 ぷっくりと膨れた蒸しケーキが大皿の上に並べられている。蜜芍が飛びつくようにして一皿取り、大広間へ引き返していく。香燻もそれにならった。
 両手で抱え持つ皿から香ばしい熱気が立ちのぼる。小走りに浴場を目指す香燻は口に溢れる唾液で溺れそうになった。
 円い皿を乳白色や褐色の蒸しケーキが埋めつくしていて、その頂は砂糖の雪で覆われている。
 甘味屋の前にたむろして、中から漏れる香りで空腹を紛らせていた頃を思い出す。(……)
 (同書、p.53)


香燻が物乞いをしていた頃の暮らしの苦しさそのものはあまり描かれていないのですが、宮廷生活の並外れた魅惑はよく感じられます。


視覚的な面で印象深いのは、明るさでしょうか。
後宮内は浴場にしても天上一面が天窓で、光に満ちています。野球も中庭の球場で、基本的には昼間にやります(七殿五舎リーグは巨大な篝火を焚いてナイターもやっていますが、まだ主人公は選手として参加してはいません)。
他方で夜の闇の中では、主人公が関わる相手も昼間とは違います。「闇が凝り固まってよく見知った幢幡の姿になり」(p.230)といった暗さの描写とその中で交わされる密会や密談は、昼間の少女たちの元気で解放的な様と対照的です。(昼と夜の対比を主題にしていた『ヴァンパイア・サマータイム』を思い起こさせる点でもあり、また昼間がメインなのは相違でもある、と言うべきでしょうか)


『ヴァンパイア・サマータイム』で発揮されたエロティシズムも健在。
美少女たちが浴場で陰部を開陳して剃毛するとか、内容から言えばむしろ相当に直接的で強烈です。
ただ、女装している主人公は大っぴらに欲情することのできない身であり、三人称の文章も彼の内心の動揺や興奮を過度に強調することはなく、男がいるとは思わない美少女たちの開けっぴろげな様と相俟って、結構濃厚なエロスをさらっと描いている感があります。その辺のバランス感覚がまた巧みですね。

――とまあ、過去作品にも見られた作者のエッセンスを凝縮していっそう拡大したような作品で、いやもう繰り返しますが、続きが楽しみで、是非続けて刊行してほしい作品です。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

野球に見るリーダーの資質――『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール 2』

今回取り上げるライトノベルはこちら、実に1年半ぶりの新巻となる『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』の2巻です。  (前巻の記事) 一時は続巻は困難とも言われていたのですが……やはり『このライトノベルがすごい! 2015』で全体5位、新作1位となった影響が大きい模様。帯にも露骨にそのことが書いてありますし、『このライトノベルがすごい! 2015』の発売後に1巻の重版もあ...
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。